2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《沖縄に学ぶ》(47)

機密文書「日米地位協定の考え方」(4):内容の検証(1)


(これまでに検討してきた事項と重複する事柄もあるが、煩をいとわず取上げていくことにする。)

 増補版の「はしがき」は次のように書かれている

 「地位協定の考え方」は昭和48年4月に作成され、地位協定の法律的側面について政府としての考え方を総合的にとりまとめた執務上の基本資料として重用されてきている。本稿は同資料が作成以来10年を経過したこともあり、この間の状況の変化を踏まえて条約課担当事務官が補加筆を行ったものである。
 昭和58年12月
            条約課長
          安全保障課長

 増補版は原本が執筆された1973年から10年後に書かれている。その間に起こった米軍に関する事件や事故、環境汚染、裁判などの具体的な事例をふまえ、地位協定を適用するなかで生じた矛盾や課題、問題点への対応なども踏まえて大幅に加筆したものである。原本・増補版ともに「秘 無期限」と記されているが、増補版は、原本と異なり、機密文書全ページの余白に「秘」の文字が付されている。[機密]レベルが高くなっているということだろう。これから「…考え方」の内容の検証に入るが、当然、増補版を用いることになる。

 まず、「秘 無期限」とされる理由を再確認するため、「…考え方」の基本的姿勢を見ておこう。前泊さんは次のように分析している。

 (「秘 無期限」となっている)理由について外務省は、「〔こうした〕文書の開示は日米の信傾関係を損ねる」(北米局)からと説明していました。

 しかし、実際には「考え方」を新聞で公開したあとも、外務省がいう「日米の信頼関係」は損なわれていません。それもそのはずで、「考え方」の内容をみると、そのほとんどが「アメリカと米軍の特権を追認し強化するための解釈上の変更」なわけですから、アメリカが文句を言うはずはありません。

 「…考え方」のなかには、米軍優位の地位協定運用のために生じた超法規的措置や解釈の限界に苦慮する外務官僚たちの苦悩ぶりが、ありのまま記録されています。

 「国会で追及されれば対応に苦慮する〔だろう〕」
 「行政府の独断決定は、司法権、裁判権の侵害との批判を免れない」
 「(協定の運用には)明文化が必要」
 「米軍特権を認める法律がない」
 など、悲痛ともいえる本音が書かれているのです。

 日本側に権利のある(=地位協定で認められている)、罪を犯した米兵を裁く「第一次裁判権」さえ放棄し、米軍の特権をひたすら追認する「考え方」の姿勢は、「増補版ではなく「譲歩版だ」と、揶揄される内容となっています。

 外務省が「秘 無期限」とする理由も、「米軍に譲歩を重ねる対米追従外交の実態をおおい隠し、国民からの批判をかわすためではないか」という見方さえあるのです。

 では次に、重要事項ごとに、前泊さんによる内容の検証を追ってみよう。

《「外国軍」が日本に長期駐留する理由》

 『《『羽仁五郎の大予言』を読む》(35):番外編「アメリカによる日本占領は終わっていない』で取上げた「ポツダム宣言第12項」をもう一度読んでみよう。
『前記諸目的が達成セラレ且日本國國民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府が樹立セラルルニ於テハ聯合國ノ占領軍ハ直ニ日本國ヨリ撤収セラルベシ

 1952年のサンフランシスコ講和条約の発効によって、「被占領国」を脱して「主権国家」としての再スタートを切ったはずなのに、敗戦によって駐留するようになったアメリカの占領軍が、ポツダム宣言に反して、64年もたったいまも駐留しつづけている現状をおかしいと考える日本人は少数派のようだ。

 この問題を外務省はどう説明しているだろうか。

 「…考え方」の前文に【一般国際法と地位協定】と題する項がある。そこには次のように書かれている。

 地位協定(外国に駐留する軍隊の当該外国における地位につき当該軍隊の派遣国と接受国との間で締結される協定)は、主として第二次大戦後に関係国間に締結されたものであり、その典型的なものとしては、ナト当事国間のナト地位協定(1951・6・19署名)がある。日米地位協定も基本的にはナト協定を踏襲したものである。

地位協定が第二次大戦後の一般的現象となった理由としては、次のことが考えられる。

  即ち、第二次大戦以前には、特定の例外的場合を除き、平時において一国の軍隊が他国に長期間駐留するということが一般的にはなかったということである。いわゆる戦時占領的な駐留は、歴史的に多々存在したが、この場合には、一方が勝者であり他方(被占領国)が敗者であるという関係から、被占領国における占領軍の地位は、そもそも問題になり難い面があったろうし、又、戦時占領に関連する特定の問題については多数国間の一般的条約で一定の準則が設けられた(1907年の陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約)ところが、第二次大戦後には友好国の軍隊が平時において外国に駐留することが一般的になり、かかる軍隊の外国における地位を規律する必要が生じたことである。この場合、従来、外国に寄港中の軍艦の地位については一般国際法上一定の原則が確立していたとみられる(例えば当該軍艦内における刑事事件については旗国が第一次裁判権を有する等)が、これも必ずしも網羅的なものではなく、又、陸上に平時において駐留する外国軍隊の地位については歴史的な実績がないため一般国際法といえる如き原則は存在しなかった(従来、歴史的に問題になりえたのは、たかだか他国の領域を通過中の外国軍隊の地位であり、この場合についても何が一般国際法上の原則であるかについては必ずしも確立したものは存在しなかった。)ので、一般に第二次大戦後の右で述べた如き外国軍隊の地位を明確に規律するために地位協定が必要とされたものである

(緑字部分について)
 一国の軍隊が他国に長期間駐留することは、第二次大戦以前は「特定の例外的場合をのぞき」一般的ではなかったが、戦後は一般的になったと説明している。戦前の「特定の例外的場合」については、「戦時占領的な駐留」をあげている。米軍の日本駐留はこのケースであったが、先に確認したように、それは講和条約の発効によって終了したはずだった。それなのになぜか、占領軍がそのままの形で日本に駐留しつづけている。

 世界史を振り返れば、外国軍の駐留は「戦時占領的な駐留」のほかに、「植民地への宗主国軍隊の駐留」がある。つまり外国軍の駐留は、占領駐留か植民地駐留の二種類ということになる。歴史的な視点からいうと、米軍が駐留する日本は、アメリカの被占領地か、植民地ということになる。そうでないとしたならば、いったいどのように位置づけできるのだろうか。

 「…考え方」は「第二次大戦後には友好国の軍隊が平時において外国に駐留することが一般的になり、……一般に第二次大戦後の右で述べた如き外国軍隊の地位を明確に規律するために地位協定が必要とされたものである」と地位協定の必要性を主張しているが、これは誤った認識である。「日米地位協定」は決して「一般的」ではないのだ。知った上でこのように主張しているとすればウソをついていることになる。その証拠を過去記事から引用しておこう。

(沖縄問題の本質(2)から)

 通常の安全保障条約や協定なら、駐兵する基地の名称や場所を条約や付属文書に書きこむのが常識です。

 フィリピンがアメリカと1947年に結んだ「米比軍事基地協定」の付属文書でも、有名なクラーク空軍基地やスピック海軍基地のほか、23の拠点がフィリピン国内で米軍の使用できる基地として明記されています。

 フィリピンはその前年まで、本当のアメリカの植民地でした。それでもきちんと限定した形で基地の名前を書いています。ところが日米安保条約にも日米地位協定にも、そうした記述がまったくないのです。

(「沖縄問題の本質(8)」から)
「本土の日本人以外、世界中の人が知っていること」でもあるのですが、それは、「外国軍が駐留している国は独立国ではない」という事実です。

 だからみんな必死になって外国軍を追い出そうとします。あとでお話しするフィリピンやイラクがそうです。フィリピンは憲法改正によって、1992年に米軍を完全撤退させました。イラクもそうです。あれほどボロ負けしたイラク戦争からわずか8年で、米軍を完全撤退させています(2011年)。綿井健陽さんという映像ジャーナリストがいますが、彼がイラク戦争を撮影した映像のなかで、戦争終結直後、50歳くらいの普通のイラクのオヤジさんが町で大声で、こんなことを言っていました。

「アメリカ軍にアドバイスしたい。できるだけ早く出て行ってくれ。さもなければひとりずつ、銃で撃つしかない。われわれはイラク人だ。感謝していることもあるが、ゲームは終わった。彼らはすぐに出て行かなければならない」(『Little Birds イラク戦火の家族たち』)

 普通のオヤジさんですよ。撃つといってもせいぜい小さなピストルをもっているくらいでしょう。しかし、これが国際標準の常識なんだなと思いました。占領軍がそのまま居すわったら、独立国でなくなることをよく知っている。

 前出の孫崎享さんに言わせると、実はベトナムもそうなんだと。ベトナム戦争というのは視点を変えて見ると、ベトナム国内から米軍を追い出すための壮大な戦いだったということです。

 こうした誤った認識に外務省も忸怩たる思いを持っているようだ。いま私が用いている琉球新報社編の「増補版」には省かれているが、元の文書では「平時において」という部分に白丸形の傍点がふられ、強調されている」という。前泊さんはこれを取上げて
『このことから「有事(戦時とも言いかえられます)」ではない「平時」に他国の軍隊が駐留することにについて、外務省もその特異性を認識していたことがわかります。』
と述べている。
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