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《沖縄に学ぶ》(43)

沖縄返還後の闘い(11):辺野古問題の経緯(2)


 野田政権が、「誠心誠意、沖縄の理解を得て……」と繰り返しながら沖縄の総意を無視して辺野古移設を押し付ける手段の一つが、「普天間固定化か、辺野古移設か」という二者択一を迫る恫喝であったが、もう一つの手段は、12年度予算から始まる新たな沖縄振興計画であった。10年刻みの沖縄振興特別措置法に基づく振興計画は、11年度末でちょうど期限切れとなり、新しい振興計画が必要になっていた。沖縄県は、従来の国主体の振興計画に代わる県主体の振興計画を求めていた。ひも付き補助金を自由度の高い一括交付金に置き換えることも要求していた。

 その12年度予算が、大幅に増額された。当初見込み2600億円が、土壇場で(12月24日)、2937億円となった。前年度比636億円の大幅増で、一括交付金は五倍増であった。

12年3月30日
 改正沖縄振興特別措置法(沖振法)と軍用地跡地利用推進特別措置法(軍転法)が参議院本会議において全会一致で可決、成立した。適用期間は12年4月1日から10年間。
<琉球新報から引用する>
 沖振法は、12年度から始まる沖縄振興交付金(一括交付金)の根拠法。
軍転法は、軍用地主への給付金支給期限を「使用収益が可能となる時期を勘案する」と、現行法よりも最大数年延長できる仕組みに変更。不発弾や土壌汚染処理の対応地域も米軍に起因するものに限らず、跡地全域に拡大した。

 政府案の最終調整段階では、自公両党も加わり、知事の求めに120%応えるものであると評価された。

4月8日
 谷垣自民党総裁が沖縄を訪問。
仲井真知事に対して「自民党が引っ張って使い勝手のいいものができた。これをどう生かすかが県議選のテーマになる」とはっぱをかけたという(12年4月9目付沖縄タイムス)。

11月16日
 野田民主党政権、突然の国会解散。

12月16日
 衆議院議員総選挙投開票

12月26日
 自公連立・安倍晋三内閣成立

 前々回の「オスプレイの普天間配備」で、初期の安倍内閣が辺野古問題に対して取った言動に触れたが、改めて抜き書きしておこう。

2013年2月22日
 アメリカに出張した安倍はオバマと首脳会談を行ない、その後「日米の共同声明」を発表。

 このときの会談で、安倍は米側が強く要求したわけでもないのに、自ら積極的に、集団的自衛権容認とともに、辺野古新基地建設促進を約束した。また、オバマは安倍に「(沖縄県に)埋め立て申請の提出をしてほしい」と、移設に向けた手続きを進めるよう直接迫ったという。

3月22日
 政府は沖縄県知事に対して、辺野古の公有水面埋立承認願書を提出。

 これに対し仲井真知事は「県外移設こそ問題解決の早道」という公約の路線をなんとか維持し続けていた。実は13年8月、菅官房長官がひそかに来沖し、知事を長時間にわたって説得した痕跡もある、と言われているが、それでも、11月初めの定例記者会見までは仲井真知事は「辺野古移設が出来なければ普天間固定化という発想自体が一種の堕落だ」と述べていた。

11月25日
石破自民党幹事長は、沖縄選出の5人の国会議員を従えて記者会見し、「辺野古沖を含むあらゆる可能性を否定しない」ことで意見の一致を見た、と発表。

 12年12月の総選挙では沖縄から立候補した自民党公認候補は全員「県外移設」を公約していた。つまり、自民党本部は党の方針と正反対の公約をしている候補者を公認したわけである。そして、公認して当選させたうえで、離党勧告までちらつかせながら時間をかけて各議員に圧力をかけ、有権者を裏切らせたのである。保身に汲々として公約変更で裏切った議員も汚いが、自民党本部のまるで詐欺のような遣り方はそれに輪をかけて汚い。

 これは仲井真知事による辺野古埋立承認への環境作りの発端である。以後、その環境作りは着々と続く。

12月1日
 自民党県連は、「辺野古移設を含むあらゆる選択肢を排除しない」と政策を変更。翁長政俊県連会長は政策変更の責任を取って辞任。

 政権与党の公明党はどのように動いたか。

12月13日
 公明党県本部は、独自のプロジェクトチーム を作ってこの問題を検証し、知事に対して埋立承認をしないように申し入れる。

 山口那津男公明党代表は、12日の記者会見で「沖縄の声を踏まえて、県本部が検討してきた。それをこちらが妨げるという考えは持っていない」と県本部とのねじれを容認していた。

12月17日
 仲井真知事、沖縄政策協議会出席のため上京。
 知事はそのまま東京の病院に缶詰め状態になって菅官房長官や安倍首相と談合していた。

12月27日
 沖縄に帰った仲井真知事は、辺野古の埋立承認を発表。

知事は、埋立承認を発表したが、「埋立申請は行政手続きとして承認するが、県外移設を貫く姿勢は変わらない」とし、「県外移設案をすべて検討し、(普天間の)5年以内の運用停止を図る必要がある」とつじつま合わせに腐心していた。

 談合ではどんな取引があったのか。知事が埋立承認をする見返りは、
① 「沖縄振興予算の数百億円の増額」
② 「5年以内の普大間基地の運用停止」
であった。

①について

 沖縄振興予算は、大田昌秀県政末期、98年度の約4700億円をピークに国の財政事情もあって漸減傾向をたどり、11年度には、約2300億円になっていた。これをせめて3000億円台に戻したいというのが、仲井真知事の悲願であった。

 沖縄振興予算は、概算要求を上回る3501億円が計上された。沖縄振興予算と称されるものにはからくりがある。例えば、福岡空港整備の予算が「福岡振興予算」と呼ばれることはないが、那覇空港整備の予算は、沖縄振興予算として計上される。あるいは学校法人沖縄科学技術大学院大学の関連予算も沖縄振興予算である。

 安倍政権は、それに多少の上積みをしたにすぎない。さらに安倍首相は、21年度まで3000億円台を確保することを約束した。これは野田首相が、将来の政権を拘束するものとして応じられなかったものであるが、安倍首相は意に介さなかった。それを世論に大きくアピールし、「結局沖縄は金で動く」という宣伝材料にもなった。仲井真知事もまた、「これでいい正月が迎えられる」と応じ、県民の顰蹙を買った。

 仲井真知事が安倍首相と会談した翌日(12月26日)、沖縄タイムスの社説は、次のように書き出している。
「仲井真弘多知事は、別人のようだった。菅義偉官房長官の作ったシナリオの上で踊らされているパペット(操り人形)のようにも見えた」

②について
(これについては「日本にとって…」から全文をそのまま引用する。)

 では、「5年以内の普天間基地の運用停止」とは何か。

 辺野古新基地建設の工期は、約10年と見積もられている。しかし、世界一危険な基地といわれる普天間基地を10年間放置しておくわけにはいかない。「せめて5年以内に普天間基地の運用停止を」というのが仲井真知事の要望である。これに対して安倍首相はその実現を約束したという。

 しかし、そのイメージはまったく具体的ではない。5年以内に運用停止ができるのなら、即座に運用を停止することも可能ではないか。あるいは、普天間基地の機能を、一時的にせよ5年以内に県外、あるいは国外に移設することができるのなら、辺野古に新基地を建設し、再移設する必要はないのではないか。疑問が次々と湧いてくる。

 結局、政府が、知事選への影響も考えて、14年9月に、19年2月までの普天間の運用停止の見通しを発表すると、直ちに、日米合同委員会の米側代表が、それは「空想的な見通し」であり、「最も早くて22年」と断言した(14年10月16日付共同通信)。

 ここでも「アベコベ軽薄姑息うそつきオカルト」政権はちぐはぐな空約束を行なって恬として恥じない。

 安倍の成蹊大学での恩師(加藤節名誉教授)の厳しい安倍批判がネットで広く取上げられているが、その批判の中に次のような指摘がある。
「安倍さんを表現するとき、私は、二つの『ムチ』に集約できると思うのです。ひとつはignorantの無知、もうひとつはshamelessの無恥です。」
『安倍首相の政治思想史の恩師である加藤節成蹊大学名誉教授の安倍批判』から転載しました。)

 辺野古新基地反対の闘争はますます大きく力強くなっている。私は目取真俊さんのブログを愛読しているが、そのブログ『海鳴りの島から』を紹介しておこう。

 また、5日に行なわれた沖縄県議会選挙でも「辺野古ノー」という沖縄の民意が示された。翁長雄志知事を支える「オール沖縄」に拍手喝采を送り、「辺野古問題の経緯」を終わることにしたい。
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