2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《沖縄に学ぶ》(32)

沖縄問題の本質(9):辺野古問題

 辺野古問題の発端は普天間基地問題にある。普天間基地の危険性については何度か触れてきたが、改めて取り上げておこう。

(以下、新崎盛暉著『日本にとって沖縄とは何か』を教科書にしています。)

 新崎さんは普天間基地の危険性を次のようにまとめている。

 普天間基地の危険性がとりわけ強調されるようになるのは、04年に沖縄国際大学に普天間基地所属のヘリが墜落したことをきっかけとしている。普天間基地が、アメリカであれば米軍の飛行場安全基準違反で存在しえない基地であることを具体的資料を探し出して明らかにしたのは、当時の伊波洋一宜野湾市長だった。06年11月1日、伊波市長は、「普天間基地安全不適格宣言」を発し、速やかな危険性の除去を訴えた。普天間基地周辺には、米軍の安全基準が土地利用を禁止しているクリアゾーンであることが明らかにされていなかったために、そこに公共施設・保育所・病院が18ヵ所、住宅約800戸もでき、3600人もの住民が住みついてしまったのである。

 ここに住み着いた人たちに対して、「アメリカ世の沖縄(3)」で取り上げたように、百田という作家がとんでもない妄言を披瀝している。しかし驚いたことに、同じ妄言を発しているのは自民党議員かネトウヨだけかと思っていたが、大学の教授までいると言うのだ。

 普天間基地の危険性が強調されるようになると、ネット上には、「危険への接近論」が登場する。誰もいないところに基地をつくったら、カネを求めて住民たちが寄って来たという主張である。この荒唐無稽の主張は、瞬く間に広がり、大学の教壇から、自民党議員の勉強会まで、さまざまなところで語られるようになった。13年10月18日付の琉球新報のコラム「金口木舌」には、次のような話が紹介されていた。

 先月、安全保障を学ぶ関東の大学生が宜野湾市の嘉数高台を訪れた。そこで驚き、戸惑ったのは、住宅に囲まれた米軍基地の光景だけではない。「ここには戦前、六つの集落があった」との案内人の説明に、だ。
 学生は国際政治学の教授からこう教わっていた。「普天間飛行場は何もない原野に、米軍が適正な手続きを経て造った。その後、基地からの金を求めて、周りに住民が住み着いた。今になって反対する沖縄の人はおかしい」と

・・・・・・・・・・・
(注)
「金口木舌(きんこうぼくぜつ)」という四字熟語に初めて出会った。手元の「四字熟語の読本」(小学館)で調べてみた。次のような意味だった。
〔意味〕
 すぐれた言説によって社会を教え導く人のたとえ。
〔参考〕
 元来は、木製の舌(木舌)をもった金属製の大きな鈴の意で、木鐸(ぼくたく)と同義。昔中国で、官吏が命令や法律を人民に示すときに振り鳴らしたものをいう。 ・・・・・・・・・・


 ところで、教科書にも沖縄への偏見記述があることが報道されている。そしてその偏見は文部官僚が共有しているらしい。琉球新報の2016年4月24日付の社説を転載しておこう。

<社説>帝国書院教科書 文科省が「間違い」正せ

 2007年に公表された文部科学省の教科書検定結果は「集団自決」(強制集団死)の記述に関し「沖縄戦の実態について誤解する恐れがある」として修正を求めた。

 軍関与を断定的に表現しないという新基準を設け、各社教科書は沖縄戦の実相を伝えられない結果になった。沖縄の歴史、事実をゆがめるという意味で、文科省は今、同じ過ちを繰り返そうとしている。

 17年度から使われる高校教科書、帝国書院「新現代社会」のコラムで沖縄経済への事実誤認があった問題は、帝国書院の訂正申請が認められたが、本質的に沖縄への無理解は改められていない。

 この問題で教科書への軍命記述復活を目指す「9・29県民大会決議を実現させる会」は、文科省に帝国書院への再訂正申請を促すよう求めた。しかし文科省側は「完全に間違いという判断に至らなかった」と事実誤認を放置する姿勢だ。

 帝国書院教科書コラムは「誤解する恐れ」どころか、誤解と構造的差別を助長する記述にあふれる。

 「毎年約3000億円の振興資金を支出」「(基地が集中するのは)東南アジアに近く地理的な要衝」「アメリカ軍がいることで、経済効果があるという意見」があり「基地を容認する声もある」。

 コラムの記述は、ネット上に流布するデマと変わらない。それどころか教科書という権威でデマにお墨付きを与えることになりかねない。基地への経済依存度が高いなど一部は修正されたが、まだ明らかな事実誤認は残っている。

 帝国書院は再訂正するかどうか言及していない。ならば「誤解する恐れ」のある記述には、文科省が修正を求めるのが筋であろう。

 教科書検定制度は、適正な教育内容の維持、教育の中立性の確保といった社会の要請に応えるものとされる。適正でもなければ、中立でもない記述は県民の要請に従って直ちに見直すべきものだ。それができないのであれば、検定制度そのものの意義が失われる。

 論語に次の言葉がある。「過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ」。また「過ちて改めざる、これを過ちという」。

 そもそも文科省が検定の過程で、事実誤認に気付いて修正を求めれば、こうした問題は起きなかったはずだ。今からでも遅くはない。文科省は指導力を発揮して、沖縄の現実を反映しない教科書が社会に出ることを止める責任がある。

 さて、普天間基地の危険性が認められて、それでは何故その代替基地が辺野古なのか。私には、普天間基地を返還するだけで代替基地を新設する必要など無い、と思えるのだが。

 一方では逆に、危険性の除去が新基地建設促進の口実として強調されるようになった。その傾向が最も顕著なのが、安倍政権である。普天間基地の移転先をどこにするのか。日米両政府が、名護市辺野古を候補地として挙げた理由の一つも危険性の除去だった。普天間基地周辺には、基地の危険性が及ぶ地域に8万5000人が住んでいるが、辺野古周辺は1500人しか住んでいない、というのである。

 基地の危険性が及ぶのは、必ずしも基地周辺の住民だけではない。普天間基地所属の軍用機の墜落事故は、乗員の死亡を伴うものだけでも何件もあるが、それらは、基地から離れた訓練場や海上で起きている。事故の発生件数やその被害ということでいえば、最も危険な米軍基地は、嘉手納基地である。

 嘉手納基地所属の米軍機の事故は、普天間基地をはるかに上回り、その中には、死者17人・負傷者121人(後に一人後遺症で死亡)を出した石川市(現うるま市)の宮森小学校へのジェット機墜落事故(59年6月30日)、死者2人・負傷者4人を出した具志川市(現うるま市)のジェット機墜落事故(61年12月7日)など住民を巻き添えにしたものもあるが、それは、必ずしも基地周辺で発生するわけではない。

 実は日米両政府が辺野古にこだわるのは、米軍が、60年代に、大浦湾のキャンプ・シュワブ沖を埋め立てて、現在とほぼ同様な基地建設を計画していたからである。ベトナム戦争当時の沖縄の政治情勢やアメリカの財政事情もあって、この計画は実現しなかったが、普天間返還の代替施設として、この基地建設計画がよみがえったのである。しかも経費はすべて日本が負担する。

 「撤去可能な海上ヘリ基地」から、「辺野古沿岸沖2キロのリーフ上の15年使用期限付き軍民共用空港」へ、そして「大浦湾から辺野古沿岸を埋め立てV字型に2本の滑走路を持ち、強襲揚陸艦も接岸可能な港湾施設や弾薬搭載場も持つ」現在の案へ、計画は軍事的観点から見れば理想的な形に近づきつつある。

 米国防総省の報告書によれば、この基地は、「運用年数40年、耐用年数200年」といわれている。「埋め立て」といっても、海面から10メートルもある、見上げるような基地がジュゴンの餌場の上にそびえたつ。沖縄の未来は闇に閉ざされる。このころになると、基地容認、安保容認の現実主義者たちも、安保が必要なら日本全体で考えてほしい、普天開基地の代替施設が必要なら県外へ、と主張せざるをえなくなったのである。

 かつて沖縄は、「太平洋の要石」と呼ばれたこともあり、軍事的観点からその地理的位置が重視されたこともあった。だが、軍事大国としての中国の台頭は、かえってその脆弱性を浮き彫りにしつつあり、「沖縄の負担軽減」を口実に、海兵隊の一部を日本が基地整備の経費を負担してグアムなどに移転させようとしている。

 軍事専門家の森本敏は、防衛大臣を辞任するときの記者会見(12年12月)で、普天間代替施設は、「軍事的には沖縄でなくてもよいが、政治的に考えると、沖縄がつまり最適の地域である」と述べている。こうした発言をする彼と同じ立場の軍事専門家は少なくない。すなわち、軍事的観点からは、沖縄である必要はないが、米軍基地はできるだけ沖縄に閉じ込めておくほうが、全国的な政治問題化しにくい、というのである。中谷元も防衛大臣就任前の14年3月、学生団体のインタビューに対して「理解してもらえる自治体があれば(県外にも)移転できるが、なかなか「米軍反対」というところが多くて移転は進まない」、「分散しようと思えば九州でも分散できる」と答えている(14年12月25目付沖縄タイムス)。

 これまでの学習により私たちは森本も中谷もウソをついていると分る。沖縄以外の自治体への働きかけなど全くやる気はない。辺野古以外を選べないのはアメリカの意向に逆らえないからだけなのだ。前回に取り上げた1957年の秘密文書には次のような一項(日本政府が合意してしまった)があるだ。
「新しい基地についての条件を決める権利も、現存する基地を保持しつづける権利も、米軍の判断にゆだねられている」

 辺野古問題の大きな側面として「海を埋め立てる」ことの是非問題がある。新崎さんは次のように解説している。

 もう一つ、那覇空港の沖合展開(第二滑走路の建設)に関して、「危険性の除去」を「新基地建設促進」に利用しようとするのと似た議論があることに触れておこう。

 那覇の埋め立ては容認しながら辺野古の埋め立てに反対するのは、ダブルスタンダードだというのである。復帰後沖縄は、47都道府県の中で、もっとも埋立面積の比率が高くなっている。広大な米軍用地に押し出された形である。だが、埋め立てられた土地が必ずしも有効利用されていないこと、著しい環境破壊につながることなどを理由に、金武湾闘争から現在の沖縄市の泡瀬(あわせ)干潟の埋め立て反対運動まで、埋め立て反対の運動は強まりつつある。那覇空港の沖合展開も好ましいことではない。

 解決策は何か。那覇空港の民間専用空港化である。さらに言えば、世界一危険な嘉手納飛行場の返還である。

 那覇空港の沖合展開を認めるなら、辺野古の埋め立ても認めろといった転倒した議論は、やがて、非軍事化こそ、自然環境の保護と経済的文化的交流拠点の構築・発展の両立に最も望ましいのだという議論を呼び起こし、強めていくことになるだろう。

 沖縄のアメリカ軍基地はすべて「銃剣とブルドーザー」によって住民から奪った上地に建設したものである。もし、辺野古での基地建設を認めてしまったら、それは沖縄県民が初めてアメリカ軍基地の存在を容認すること意味する。これが辺野古での新たな基地建設に対して、沖縄の人たちが体を張って粘り強い抵抗運動を闘っている最大の理由だ。上記のような密約に合意をして、今でもそれを後生大事にしている傀儡日本政府には何も期待できないことを沖縄の人たちはよく分っているのだ。
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