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《沖縄に学ぶ》(29)

沖縄問題の本質(6):爆音訴訟

 前回までに、日本の裁判所が用いる詭弁理論は、アメリカ軍基地関連裁判では統治行為論であり、原発関連裁判では裁量行為論であることを知った。こうした詭弁を臆面のなく用いる日本の官僚・政治家の姿勢は、具体的に言えば
『強い国の言うことはなんでも聞く。相手が自国では絶対にできないようなことでも、原理原則なく受け入れる。その一方、自分たちが本来保護すべき国民の人権は守らない。』
ということになろう。アメリカ側の交渉担当官は、アメリカ側の要求通りのことを受け入れているのだから文句はないが、心の中では完全(な状態)、高潔、正直、誠実、全体性と軽蔑しているそうだ。「インテグリティ(integrity)」は辞書を引くと「完全(な状態)、高潔、正直、誠実、全体性」という意味とされているが、人物評価の場合の意味を、矢部さんは次のように解説している。

 「インテグリティ(integrity)」というのは、アメリカ人が人間を評価する場合の非常に重要な概念で、「インテグレート」とは統合するという意味ですから、直訳すると「人格上の統合性、首尾一貫性」ということになると思います。つまりあっちとこっちで言うことを変えない。倫理的な原理原則がしっかりしていて、強いものから言われたからといって自分の立場を変えない。また自分の利益になるからといって、いいかげんなウソをつかない。ポジショントークをしない。

 そうした人間のことを「インテグリティがある人」と言って、人格的に最高の評価をあたえる。「高潔で清廉な人」といったイメージです。一方、「インテグリティがない人」と言われると、それは人格の完全否定になるそうです。ですからこうした状態をただ放置している日本の政治家や官僚たちは、実はアメリカ人の交渉担当者たちから、心の底から軽蔑されている。そういった証言がいくつもあります。

 さて、「インテグリティがない」日本の官僚・政治家たちが用いている詭弁理論がもう一つある。「第三者行為論」と呼ばれて、爆音訴訟で用いられている。

(以下は『地位協定入門』を参考書にしています。)

 爆音訴訟は沖縄では嘉手納基地爆音訴訟・普天間基地爆音訴訟があるが、本土でも厚木基地騒音訴訟・横田基地爆音訴訟が起こされている。訴訟は「激しい騒音(爆音)による住民の被害を訴え、補償を求めると同時に、今後被害をおよぼすような米軍機の飛行について差し止めてほしい」という内容だが、裁判所が下した判決は、「損害賠償は認めるが、米軍機の飛行差し止めは棄却する」という内容である。

 第三者行為論は第一次厚木基地爆音訴訟の最高裁判決(1993年2月)から使われ始めた詭弁である。裁判所は米軍基地による住民被害を認めながら、その被害の原因である米軍機の飛行差し止めを行なわない理由を「第三者である米軍の飛行を規制する権限は日本政府にはない」と述べている。以来全ての爆音訴訟でこの詭弁が踏襲されている。前泊さんが普天間基地爆音訴訟についてまとめているので、それを読んでみよう。

 米軍機の爆音訴訟について、沖縄の普天間基地を例にくわしく見てみましょう。

 鳩山政権以来、本土でもすっかり有名になった普天間基地は、人口約9万人が柱む宜野湾市の中心部に位置しています。本土ではときどき、
「最初に基地があって、住民はあとがら来たんだろう。だから文句をいうな」
というようなムチャクチャなことをいう人がいますが、この基地はもともとほとんどが私有地でした。1945年4月の沖縄戦で、沖縄本島に上陸した米軍が、住民を収容所に強制収容したあと、宅地や農地などを次々と接収して建設した基地なのです。

 その面積は宜野湾市全体の約32パーセントを占めています。市の中心部に位置しているため、周辺には住宅が密集して、学校や病院などが数多く建っています。

 普天間基地は、岩国基地とともに在日米海兵隊の中核的な航空基地です。固定翼機やヘリコプターが多数配備されていて、日常的に離発着訓練や旋回訓練を頻繁に行かっています。そのため基地周辺の住民は、日々、米軍機による基地騒音による健康被害(難聴、高血圧、不眠症)、精神的被害、生活妨害、睡眠妨害などをこうむっているほか、米軍機の低空飛による墜落の恐怖を感じつづけているとして、米軍機の飛行中止を求めて再三、国を訴える爆音訴訟を起こしてきました。

 これまでの裁判で、原告である住民側は健康被害に加え、低出生体重児(出生時の体重が2500グラム以下の子ども)、幼児の問題行動、低周波による健康被害などもデータにもとづいて訴えてきました。

 すでにお話ししたとおり、裁判中の2004年8月21日には、普天間基地を飛びたった米軍の大型輸送ヘリコプターCH53Dが普天間基地に隣接する沖縄国際大学構内に墜落・炎上しています。

 このため訴えた住民たちは軍用機墜落の危険性や墜落の恐怖についても重ねて訴訟のなかで訴え、飛行中止を強く求めるようになりました。

 普天間爆音被害の特徴は「W値」といわれる「うるささ指数」では測れない、墜落の具体的不安、ヘリコプターによる低周波騒音、爆音による健康被害(とくに虚血性心疾患のリスク)などが多いことで、訴訟においてもその基地としての欠陥性が訴えの内容となっています。

 訴訟では当時現職の宜野湾市長だった伊波洋一氏の証言も行なわれ、伊波市長は普大間基地の基地としての危険性、不適格性、騒音防止協定がまったく守られていない状況などを説明しています。

 その判決は2010年7月29日、福岡高裁・那覇支部で言いわたされました。

 結果はどうだったでしょう。普天間爆音訴訟は夜間・早朝の飛行差し止めと損害賠償を求めた裁判でしたが、先ほどふれたように判決は、爆音被害を認めて「損害賠償」も認めたものの、米軍機の飛行差し止めは棄却しました。

 裁判所は判決で、海兵隊のヘリコプターによる低周波被害も認定しています。日米間で結ばれている「騒音防止協定」についても、米軍が協定を守っていない状況が普通になっていることも認めています。
「国も騒音防止措置を効力のあるものとするために適切な措置をとっておらず、騒音防止協定は事実上形骸化している」
とさえ指摘しました。

 判決は、普天間基地のクリアゾーン(航空法上、離着陸する飛行機の事故の可能性が高いため居住などを禁止している場所)内に学校や病院その他の施設が存在し、基地と民間施設とが極めて近接していて、「世界で一番危険な基地」といわれていることも指摘しました。

 その上で、爆音訴訟で長年来変わらなかった損害額の基準を「うるささ指数」の高いW75地域で月額6000円、さらに高いW80地域では月額12000円と、過去の判決から倍にする判決を下しています。

 もしもこの判決の結果を全国の爆音訴訟に適用した場合、国の賠償額は数百億円単位に跳ね上がることになるほど、影響力の大きい判決となりました。

 それなのに、住民が求めた肝心の「飛行差し止め」は、棄却されたのです。

 棄却の理由は、これまでの爆音訴訟と同じく「第三者行為論」といわれるものでした。第三者行為論とは、簡単にいうと、米軍は日本の法律がおよばない「第三者」なので、米軍に対して飛行差し止めを求める権限を日本政府はもっていないというものです。

 日本国内に米軍の駐留を認め、その米軍がもたらす行為によって日本国民が被害を受けているというのに、被害をおよぼす行為を止める権限を政府がもっていない。これはどう考えても、納得できない論理です。

 判決文をくわしく読むと、米軍に対して裁判所はなにも口出しできないという「司法の限界」がよくわかります。 「米軍機の飛行差し止めについては、司法による救済はできない」
と裁判所は、はっきり断言しているのです。

 現実に日本国民に対して人権侵害が行なわれている。そのことを裁判所は認めています。だから「賠償金の支払い」を国に求めているのです。それなのに、人権侵害の根源については司法では「救済」できないとするその論理は、「人権救済の砦という裁判所の役割を放棄したにひとしいものだ」という批判を受けました。まったくそのとおりです。

 ただし、判決は国に対しては「米軍機の騒音の改善をはかるべき政治的責務がある」ということを認めています。

 裁判所は、普天間基地に所属するヘリの騒音に特有の低周波音被害が、通常の騒音被害と比べて「心身に対する騒音被害がいっそう深刻化するという経験則」があることを認めています。さらにそのうえで、航空機騒音のこれまでの評価基準であった「うるささ指数(W値)」では評価できない被害があるということも認めています。

 また墜落などの事故の恐怖を真正面からとらえて、一審判決と同じく「墜落への不安や恐怖は慰謝料算定の要素になる」ということも判断しています。福岡高裁のこの判決は、一審判決からさらに踏みこんで、米軍機の墜落への恐怖はたんなる不安ではない「現実的」なものとして認め、不安感や恐怖感は「生命または身体に対する危険への不安感」であると認めています。米軍機の飛行があたえる恐怖について損害賠償の対象としたという意味では、非常に重要な判決だともいえるのです。

 福岡高裁の判決は、日米地位協定についても「決めたことが守られていないと、はっきりのべています。それは具体的には、1996年の日米合同委員会で合意された騒音防止協定のことを意味しています。

 その騒音防止協定では、「夜間早朝の飛行禁止」や「住宅地の上空を避けた経路の設定」などが合意されています。しかし実際には、「午後11時までの飛行が常態化」しているとして、福岡高裁は国の責任を次のように追及しているのです。

 「被告(日本政府)は、米軍に運用上の必要性について調査・検証するよう求めるなど(略)適切な措置をとってはいない。そのため、平成8年の規制措置(騒音防止協定)は、事実上、形骸化している」

(中略)

 過去三次にわたる爆音訴訟を起こし、そのたびに勝訴しながら、爆音はいっこうに減ることなく、むしろ激しくなっているのです。日本の裁判制度というのは、いったいなんのために存在している のでしょうか。

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