2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《沖縄に学ぶ》(27)

沖縄問題の本質(4):日米合同委員会(2)

 『地位協定入門』の共著者のお一人である矢部宏治さんの著書『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を併読している。どちらの本にも『日米合同委員会組織図』が掲載されているが、この図についてのお二人の解説をまとめてみよう。

 田中耕太郎という売国最高裁長官のとんでもない砂川判決については過去に何度も取り上げている。その中から、機密指定を解除されたアメリカ側公文書により明らかになった事実、田中がアメリカの傀儡だったという事実を取り上げた「《『羽仁五郎の大予言』を読む》(9)」を紹介しておこう。

 矢部さんはこの砂川判決が日本のアメリカ属国化を確定したのだったと言う。

 深刻なのは、田中耕太郎が書いたこの最高裁判決の影響がおよぶのが、軍事の問題だけではないということです。最大のポイントは、この判決によって、
 「アメリカ政府(上位)」>「日本政府(下位)」
 という、占領期に生まれ、その後もおそらく違法な形で温存されていた権力構造が、
 「アメリカとの条約群(上位)」>「憲法を含む日本の国内法(下位)」
という形で法的に確定してしまったことにあります。

 安保条約の条文は全部で10ヵ条しかありませんが、その下には在日米軍の法的な特権について定めた日米地位協定がある。さらにその日米地位協定にもとづき、在日米軍を具体的にどう運用するかをめぐって、日本の官僚と米軍は60年以上にわたって毎月、会議をしているわけです。それが「日米合同委員会」という名の組織なのですが、左ページの図(日米合同委員会組織図)のように、外務省北米局長を代表とする、日本のさまざまな省庁から選ばれたエリート官僚たちと、在日米軍のトップたちが毎月二回会議をしている。そこでいろいろな合意が生まれ、議事録に書きこまれていく。合意したが議事録には書かない、いわゆる「密約」もある。全体でひとつの国の法体系のような膨大な取り決めがあるわけです。しかもそれらは、原則として公表されないことになっている。

 そうした日米安保をめぐる膨大な取り決めの総体は、憲法学者の長谷川正安・名古屋大学誉教授によって、「安保法体系」と名づけられています。その「安保法体系」が、砂川裁判の最高裁判決によって、日本の国内法よりも上位に位置することが確定してしまった。つまり裁判になったら、絶対にそちらが勝つ。すると官僚は当然、勝つほうにつくわけです。

 官僚というのは法律が存在基盤ですから、下位の法体系(日本の国内法)より、上位の法体系(安保法体型)を優先して動くのは当然です。裁判で負ける側には絶対に立たないというのが官僚ですから、それは責められない。

 しかも、この日米合同委員会のメンバーがその後どうなっているかを調べてみると、このインナー・サークルに所属した官僚は、みなそのあと、めざましく出世している。

 とくに顕著なのが法務省で、省のトップである事務次官のなかに、日米合同委員会の元メンバー(大臣官房長経験者)が占める割合は、過去17人中12人。そのうち9人は、さらに次官より格上とされる検事総長になっているのです。


 このように過去60年以上にわたって、安保法体系を協議するインナー・サークルに属した人間が、必ず日本の権力機構のトップにすわるという構造ができあかっている。ひとりの超エリート官僚がいたとして、彼の上司も、そのまた上司も、さらにその上司も、すべてこのサークルのメンバーです。逆らうことなどできるはずがない。だから鳩山さんの証言にあるように、日本国憲法によって選ばれた首相に対し、エリート官僚たちが徒党を組んで、真正面から反旗をひるがえすというようなことが起こるわけです。

 この章のはじめで、私が沖縄に行ったきっかけは、
「鳩山首相を失脚させたのは、本当はだれなのか」
「官僚たちが忠誠を誓っていた『首相以外のなにか』とは、いったいなんだったのか」
 という疑問だったと言いましたが、この構造を知って、その疑問に答えが出ました。  彼らは日本国憲法よりも上位にある、この「安保法体系」に忠誠を誓っていたということだったのです

 最近アメリカの大統領選のトランプという共和党候補者の乱暴な言説が日本の新聞にも報道されているが、その発言の中に、私が「それいいじゃないの」と思ったものがある。「日本が在日米軍の駐留経費を大幅に増やさなければ、在日米軍を撤退させる」という発言だ。もしそうなるのなら、当然安保条約や地位協定は廃棄されることになる。これは日本が真の独立国になるため第一歩である。この場合、もちろん憲法9条や自衛隊をどうするかという問題が真摯に議論されなければならない。この問題については矢部さんが『本当の意味での「戦後体制からの脱却」とは』と題してご自身の見解をまとめている。後ほど取り上げる予定です。

 さて、昨日から国会で自民党の公約違反のTPP審議が始まった。その審議のために開示されたTPP関連文書が、なんと、表題を除いて黒く塗りつぶされていたことを今日の東京新聞が一面で写真付きで報道していた。実は日米合同委員会組織図に関する前泊さんの言説はこのTPPと関連させて書き始めている。

 一方、話は少し飛びますが、下はTPPの分科会の一覧図です。
TPPの分科会
 私〔前泊〕はTPPそのものについてはあまりくわしくないのですが、日米合同委員会についての知識をあてはめると、TPPの未来については見えてきます。Q&A⑨で見たとおり、安全保障問題について、日米間で結ばれた条約は日本の国内法よりも上位にあります。米軍ヘリ墜落事故のところで見たように、米軍の法的地位は日本政府よりも高く、事実上、行政権も司法権ももっています。  しかしそれがあまりにもあからさまになってしまうと困るので、「日米合同委員会」というブラックボックス(密室)をおき、そこで対等に協議しているふりをしているのです。

 結局TPPとは、いままで安全保障の分野だけに限られていた、そうした「アメリカとの条約が国内の法体系よりも上位にある」という構造を、経済関係全体に拡大しようという試みなのです。TPPの11の分科会での協議がどうなるかは、日米合同委員会を見ればわかります。分科会ごとにアメリカの官僚と日本の官僚がひとりずつ選ばれて代表をつとめ、さも対等に協議しているようなふりをしながら、実際には密室でアメリカ側がすべていいように決めてしまう。そうなることは火を見るよりもあきらかです。

  TPPと日米合同委員会については面白い話があります。NHKスペシャルで、TPPの参加問題をめぐって討論が行なわれたときのことです。(2011年11月18日「NHKスペシャル徹底討論TPP どうなる日本」)

 政府を代表して、参加推進派の論陣を張ったのは、民主党の山口壮外務副大臣。おそらく外務大臣である玄葉光一郎氏がまったくの素人なので、彼をサポートするために任命されたのでしょう。外務省出身の人物です。

 その山口外務副大臣が、
「一度TPPに参加表明してしまうと、あとで抜けるのはむずかしい。だいたい日本政府がアメリカと対等な交渉をするのは非常にむずかしいので、慎重に考えるべきだ」
と、みずからの経験をまじえて語る榊原英資・元大蔵省財務官に対し、次のように答えました。
 アメリカとの交渉について私がひとつ思いだすのは、戦後すぐに吉田茂さんが交渉したときは、部分講和か全面講和か迷って、そのあとに行政協定で統一指令部、要するに米軍が〔日米〕の全軍を指揮するんだと、それを吉田茂は断りきったんですね。
 そのなかでダレス〔アメリカ国務省顧問〕という人がいて、あんまり断るんだったら日本のサンフランシスコ講和条約をオレは上院で批准するのをやめるぞ、ずっと占領国でいろ、そこまで脅かされた。
 だけど吉田茂という人は悩みながら、〔最初の主張を〕守りぬいた。だからいま、日本とアメリカの指揮権というのは並列から始まっているんですね。そのあといろいろな経緯があって、なかなか日本とアメリカとの交渉はそんなに簡単じゃなかったと思います。だけど私たちのアメリカとの関係はそういうオリジン〔出発点〕から始まっているということを、もう一度私も大事にさせていただいて、今日諸先輩から本当に重いアドバイスをいただきましたので、そこは本当に慎重にやらせていただきたいと思っています」

 しかしこれは、まったく事実に反しているのです。

 統一指揮権(合同司令部)については、吉田茂は日米行政協定には書きこまないよう頼んだものの、その後、口頭で了承したことがすでに30年前、アメリカの公文書によってあきらかになっているからです。(古関彰一・獨協大学法学部教授が発見しました。1981年5月22日号「朝日ジャーナル」)

 山口副大臣は、まちがいなく民主党きっての外交通だったと思います。外務省出身のそうしたエキスパートが、まったく史実に反する「絵本のような歴史」にもとづいて外交交渉を行なっている。これでは対米交渉が百戦百敗になるのは当たり前の話です。

 1951年に日米合同委員会が密約によって設置されたことは前回で取り上げたが、「統一指揮権」という密約まであったとは!! この密約は1952年7月と1954年2月の二度、ロ頭でアメリカに伝えている。

 前泊さんはTPPをめぐる山口副大臣の「絵本のような歴史」認識に負けず劣らずの事例をもう一つ挙げている。あのダメナ野田首相である。

 さきほどの「絵本のような歴史認識」と似ているのは、2011年11月にAPECの首脳会議でTPPへの交渉に参加することを表明をした野田首相(当時)が、出発する前日の時点でISD条項というTPPの基本知識について、なにも知らなかったことです。いまやネット環境があれば、だれでも普通に知っているISD条項を首相が知らない。内容を知らないのにどんどん参加表明だけはしてしまう。野田内閣という1年4ヵ月つづいた政権が、最初から最後まで日本人の民意とはなんの関係もない存在だったことは、このエピソードをひとつ見ただけでも、すぐにわかります。

 以上のような情けない官僚や政治家に牛耳られている限り、日本が属国から真の独立国に脱皮することは夢のまた夢と言うほかないだろう。
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