2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《沖縄に学ぶ》(26)

沖縄問題の本質(3):日米合同委員会(1)

 欠陥だらけの地位協定が復帰後の沖縄にもそのまま適用された。そのためアメリカ軍政下の過酷な負担がそのまま沖縄に継続され続けることになった。『沖縄の記憶』から引用する。

 米軍による直接軍事占領のもと、沖縄には(日本)本土よりもはるかに高密度で米軍・米軍基地が配備され、(日本)本土とは異なる種類、あるいは(日本)本土にはない種類の米軍部隊も配備され、(日本)本土では行なわれない軍事演習や訓練、作戦が行なわれ、しかも(日本)本土とは比較にならないほど多くの米兵犯罪が起こっていた。にもかかわらず、(日本)本土と同じ日米地位協定で在沖米軍を規律しようとしたのである。このこと自体に大きな問題があった。それに加え、地位協定を実際に運用する日米合同委員会は、個々の「施設及び区域」について、沖縄返還前と同じ使用条件を確保するとした補完措置を講じた。

 この「保管措置」とは「沖縄返還協定(3)」で取り上げた「5・15メモ」で明らかにされた日米合同委員会での密約である。『地位協定入門』は日米合同委員会を「密約製造マシーン」と呼んでいる。今回はこの日米合同委員会を取り上げよう。

 日米合同委員会は地位協定第25条に基づき設置された委員会である。

第25条

 この協定の実施に関して相互間の協議を必要とするすべての事項に関する日本国政府と合衆国政府との間の協議機関として、合同委員会を設置する。合同委員会は、特に、合衆国が相互協力及び安全保障条約の目的の遂行に当たつて使用するため必要とされる日本国内の施設及び区域を決定する協議機関として、任務を行なう。

 合同委員会は日本国政府の代表者一人及び合衆国政府の代表者一人で組織し各代表者は一人又は二人以上の代理及び職員団を有するものとする。合同委員会は、その手続規則を定め、並びに必要な補助機関及び事務機関を設ける。合同委員会は、日本国政府又は合衆国政府のいずれか一方の代表者の要請があるときはいつでも直ちに会合することができるように組織する。

 合同委員会は、問題を解決することができないときは、適当な経路を通じて、その問題をそれぞれの政府にさらに考慮されるように移すものとする。

 しかし、実は合同委員会の起源はもっとさかのぼる。行政協定の第26条は上とほとんど同じ文章の条文である。そして、その起源は講和条約の交渉過程の中にあった(以下の引用文は『地位協定入門』より)。

 1951年2月、ダレスとの交渉で、日本を再軍備させ、その軍隊を米軍の指揮下におくという内容を見せられたときに、吉田首相はこんなとり決めが国民の目にふれたら大変だ、どうしても削除してほしいと頼んだ。

 その代わりに、再軍備問題もふくめた幅広い内容の米軍駐留に関する問題を議論するために、合同委員会を設けたいという提案をしたのです。つまり協定には書かないが、委員会をつくって、あたかも対等に協議しているようなふりをしながら、そこで必ずアメリカの要求どおり決めることにしたわけです。それが現在の合同委員会の起源なのです。

 ですからすでにのべたとおり、いまでも地位協定の問題点というと、必ず「合同委員会の透明性の確保」という項目があがります。密室での合意事項をすべて公表しろとか。でも、そもそも国民の目にふれさせられない問題を、密室のなかで決めるための機関なわけですから、透明性が確保されるはずがないのです。1951年に成立した「吉田秘密外交」の最大の負の遺産、それが日米合同委員会だといえるでしょう。

 勿論、この秘密性は現在まで引き継がれている。

 日米合同委員会は、1960年に日米地位協定が締結されてから、これまで千回を超える委員会が開催されてきました。

 開催場所は毎回日米で持ちまわりになっていて、外務省内や東京港区の三田共用会議所、南麻布の米軍施設・ニューサンノーホテルなどが主な会議場として開催されています。定例会は毎月二回の頻度で開催されています。会議場所だけでなく議長も日米が交互に務めています。日本側からは外務省北米局長、米側からは在日米軍副司令官らが出席しています。

 「ニューサンノーホテル」を私は知らなかった。ウィキペディアを見たら「ニュー山王ホテル」と表記していた。そして
「この施設はホテルの形態をしており、アメリカ軍関係者が東京を訪問した際の宿泊施設、及び在日米軍のための保養所、社交場として機能している。さらに、駐日アメリカ大使館関係者にも開放されている。日本人は勿論、アメリカ人であっても軍と無関係の民間人は、原則として立ち入ることは不可能である。」
と書かれていた。

 さて、合同委員会で取り上げられる問題について、外務省は「日米合同委員会の合意のほとんどは米軍基地の提供にかかわるもの」と説明していて、会議後に発表されている中身は、米軍基地の土地の返還や新たな施設の提供といった「秘密性」とは無縁の合意事項であるが、問題は、発表されない「内容」があることだ。その発表されない「内容」の実態は次のようである。

そのなかに、米軍人・軍属・家族をめぐるとり決めや米軍基地の運用にかかわる議案などがあります。たとえば日米地位協定第17条の刑事裁判手続きの運用改善合意などが行なわれた2004年の合同委員会合意の発表では、外務省が配布した「日米合同委員会合意(仮訳)」に、日本側が米兵被疑者を取り調べる際に米政府代表者を同席させるという、きわめて簡潔な文言だけが記されていました。実際に合意のなかにあった「捜査に支障かある場合は同席を認めない」ことや、「その他特定の場合」はすべての犯罪が対象になるといった事項は、あくまで「日米間で確認された」という外務省側の口頭での説明に限られ、正式な「合意文」には明文化されていなかったのです。

 1996年12月には、日米両政府は地位協定の九項目について運用改善することで合意しています。「日米合同委員会合意の公表」もそのひとつです。合意の公表については「日米合同委員会合意をいっそう公表することを追求する」と書かれています。しかし、最終報告に盛りこまれたのは、あくまでも「合意」内容の公表であって、合意にいたるまでの政府間の協議のやりとりを記した「議事録」の公表ではありません。

 どんなやりとりがあって、なにが合意され、なにが合意されなかったのか。米側はなにを受け入れ、なにを拒否したのか。日本政府はなにをどのような理由で要求し、なにを実現し、なにを実現できなかったのか。そのことがどんな意味をもつのか。なにが前進して、なにが停滞しているのか。日米安保のかかえる課題に、日米両政府はどのような判断をしているのか。いずれも詳細な議事内容の開示が必要なものばかりですが、実際には「表題だけ」が開示されているというのが実態です。

 つまり、公表されているのは「表題だけ」であり、肝心なことは事は全て「ヒ・ミ・ツ」なのだ。
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