2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(105)

終末論の時代(40)

「独占資本主義の終末」補充編(25)

羽仁提言「三つの原則」の検討(23)


原則3:「発展途上国との共生」(6)

<アフリカでのODA問題(3)

 ODA援助がアフリカ諸国に真の自立をもたらさないからとその援助を受けないとしても、持続的な経済発展を遂げるためにはそれに代わる資金が必要である。モヨさんはその資金調達の代替方法として貿易・外国直接投資・資本市場・海外送金[海外で活躍しているアフリカ人から家族への送金]・マイクロファイナンス[貧者向けの小規模金融]・貯蓄などを提言してる。では、これらの方策がどのように持続的な経済発展に貢献できるのか。アフリカ諸国の国内事情はさまざまだが、モヨさんはその典型として「ドンゴ共和国」という仮想の国を設定して議論を進めている。では、「ドンゴ共和国」とはどのような国か。アフリカが抱えている問題点の総まとめにもなっているので、読んでみよう。

 ドンゴ共和国について説明しよう。人口3000万人。平均余命40歳(65歳だったものが、この20年で、主にエイズの蔓延によって40歳にまでなってしまった。都市部では成人の3人に1人がエイズに罹患している)。年間1人当たり所得は300ドルで、国民の70パーセントが1日1ドル以下で暮らしている。過去20年間の年平均経済成長率は1パーセントだったが、この5年で見れば、銅の国際市況がよかったので5パーセントになっている。ドンゴ共和国の主要輸出品は、銅、金、綿花、砂糖などである。政治体制は、20年間、同じ政党の一党支配が続き、同じ大統領が支配していたが、10年前に表面的には民主体制になった。

 ドンゴ共和国はこのような国だ。もちろん、仮想的な国だが、多くのアフリカの国は、みなこのようなもので、1960年代にヨーロッパ諸国より独立するという国の成り立ちも、またその後の発展もよく似ている。社会主義国も1970年代から動き出し、1980年代半ばに民営化を進め、グラスノスチ、ペレストロイカの後、民主体制に移行した。

[訳者注:グラスノスチ、ペレストロイカ
 ペレストロイカは、1985年にソ連共産党書記長に就任したミハイル・ゴルバチョフが提唱・実践したソ連経済のリストラ・経済改革のこと。グラスノスチは、ペレストロイカと表裏一体をなす政府活動の情報公開のこと。]


 トランスペアレンシー・インターナショナル[Transparency International(略称:TI)は、腐敗、特に汚職に対して取り組む国際的な非政府組織]の腐敗認識指数(CPI:Corruptoin Perceptions Index)でドンゴ共和国は3になった(10段階の評点で0が一番悪い)。1980年代、ドンゴ共和国の対外債務は30億ドルにまでふくれあがり、これはGDPの2倍、教育予算と保健予算合計の3倍に当たる。21世紀初頭の債務救済のおかげで、ドンゴ共和国の債務はとても少なくなった。さらに毎年何百万ドルの援助を依然として受けている。援助はGDPの10パーセントで、国の財政収入の75パーセントにもなる。

 ナイジェリアやマラウィと同じくドンゴ共和国も1960年代に独立した。ウガンダやボツワナ同様、エイズに悩まされている。ザンビア、マリ、ベナン、コンゴ民主共和国(旧ザイール)同様、ドンゴ共和国も一次産品(鉱産物と農産物)輸出に依存している(たとえば、ザンビアの輸出の6割は銅、ナイジェリアの輸出の95パーセントは石油・ガスである)。ガンビアやエチオピアのように財政収入の97パーセントを援助に依存するほどではないが、それでもドンゴ共和国は予算の大半を援助に頼っている。ケニア同様、ドンゴ共和国の民主主義は脆弱で、外的要因に影響されやすい。多くのアフリカ諸国と同じく(そしておそらく途上国一般かもしれない)、人口構造を見ると若者が多く、国民の半分以上が15歳未満である。ドンゴ共和国も多くの近隣諸国と同じく、政治不信、国内の騒乱、内戦などできわめて不安定である。

 20年後、ドンゴ共和国の若者はどうしているだろうか。きちんと教育を受けた官僚、政治家、エコノミスト、知識人がいなくては、国は没落するしかない。ドンゴ共和国は変わることができるだろうか。あるいは20年後も依然失望と絶望の連鎖に悩まされているのだろうか。

 本書は、個別の開発政策を論じたものではない。エイズに対処するにはどういう政策が優れているかとか、どんな教育政策がいいか、といった個別の政策を論じてはいない。そうではなく、開発に必要とされる資金をどう調達するかを考えたものだ。どんな開発戦略をとるにせよ、経済発展は実現されなくてはならない。そのためには、ドンゴ共和国は、これまでの援助依存の発展モデルを捨て去り、本書の提案を全面的に採用しなくてはならない。

 経済開発に必要とされる資金をどう調達するかは、とても重要だ。ベストの開発戦略をとったとしても、それを実現する資金計画が杜撰だと、開発はうまくいかない。ドンゴ共和国が、資本主義的な経済政策をとっているか社会主義的な経済政策をとっているかは問題ではない。要は、どうやって開発資金を調達するかだ。資本主義経済であれ社会主義経済であれ、自由市場で資金を調達しない限り、長期的な発展はおぼつかない。

 はっきりと論じてはいないが、本書では、開発資金調達は自由市場体制に基づくものを重視している。そういうと、社会主義的政策(たとえば無料の教育や無料の医療)をとる国が、国際資本市場で資金調達ができるか、と疑問を持つ読者もいるだろう。答えはイエスである。スウェーデン、デンマーク、ノルウェーを見るといい。その国が、社会的、政治的、経済にどんなイデオロギーを持っていようと、援助よりはましな資金調達の方法はあるのだ。

 社会主義的価値観を維持しつつ、自由市場的な手段をとることができるだろうか。答えはもちろんイエスであり、そうしなくてはならないと思う。社会主義的手段(たとえば増税)で政府が資金調達をしているときでも、経済発展を成功させるためには、一部は市場から資金を調達すべきである。

 この後モヨさんは、冒頭で紹介した援助に代わる資金調達の代替方法の一つ一つについて、実際の国々の現状を分析しながら、ドンゴ国が選ぶべき道を探り出している。これを全部取り上げると長くなりすぎるので、ここではこの部分は割愛する。次回は全体のまとめの最終章(第10章 「アフリカに真の開発を」)を読むことにする。
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