2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(104)

終末論の時代(39)

「独占資本主義の終末」補充編(24)

羽仁提言「三つの原則」の検討(22)


原則3:「発展途上国との共生」(5)

アフリカでのODA問題(2)

 善意にもとづくものであったとしても、単なる施しのような援助は真の援助にはならない。問題点をモヨさんは「マクロとミクロのパラドックス」と呼んで、次のように解説している。

 蚊帳をつくる者がアフリカにいると仮定しよう。彼は一週間におよそ500張りの蚊帳をつくる。彼は10名の従業員を雇用し、その従業員1人ひとりは、(アフリカの他の多くの国と同様に)15名以上の扶養家族を養わなければならないとする。彼らがどんなに一生懸命働いても、十分な量のマラリア予防のための蚊帳をつくることはできない。

 そこでハリウッドの映画スターが登場し、マラリアが蔓延する地域に100万ドルの費用で10万帳りの蚊帳を送るよう欧米諸国の市民に声高に働きかけ、彼らの政府を鼓舞するとしよう。その後、外国製の蚊帳は現地に届き配布されて「善行」は成し遂げられる。

 しかしその結果、市場には外国製の蚊帳が溢れるようになり、地元で蚊帳をつくる者はすぐに仕事を失う。彼の10名の従業員はもはや150名を超える扶養家族を養うことはできない(彼らはもはや施し物に依存するしかなくなる)。そして、5年もすれば外国製の蚊帳は破損し使用に堪えなくなる。

 これがマクロとミクロのパラドクスである。短期では即効性のある行動も、持続可能な長期の便益をもたらすことはまれだ。さらに悪いことに、現地において、脆弱なものであっても持続的な発展のための機会が生まれているにもかかわらず、(外国製の蚊帳を大量に援助することにより)知らず知らずにその芽を摘んでしまう可能性があるのである。

 確かに一見すると援助は役立っているように見える。しかし、全体を通して見れば、アフリカにおける全般的状況は改善しておらず、実際のところ長期的には悪化している。

 ほとんどすべてのケースにおいて、短期の援助の評価は、援助の成功という誤った印象を与える。しかし、短期の援助の評価は、アフリカにおいて長期の問題に取り組む場合にほとんど役に立たな い。援助効果は、長期の持続的成長にどれほど貢献したかで評価されるべきであり、持続可能な手法によりどれだけ多くの人々を貧困から救済できたかという観点から評価されるべきである。このようなレンズを通して見ると、援助は目標を達成ていないことが分かる。

 続けてモヨさんは、このようなパラドックスを回避する援助の仕方の一例として、次のような事例を取り上げている。

 その一方で、(2005年カンザス・シティにおいて開催された食糧援助会議において打ち出された)食糧援助に関する提案は援助の新しい方向性を示すものであり、それはアフリカの農民を救済するものとなる可能性がある。この提案によれば、アメリカの「平和のための食糧援助」予算に基づく食糧援助の4分の1は、アメリカ産の食糧ではなく貧しい国々において生産される食糧の調達によって賄われることになるのである。この戦略は、アメリカ産の食糧を途上国の市場に溢れさせることで途上国の農民から職を奪うのではなく、援助資金を途上国の農民から食糧を調達するために使い、その調達された食糧を困窮している住民に配布することを可能にする。蚊帳の例でいえば、ドナーは外国製の蚊帳を供与するのではなく、地元で蚊帳をつくる業者から購入し、それを地元で売却するか供与できたのである。このような発想がもっともっと必要なのである。

 まさしくこの方向が「共生」への道であろう。しかし、実際に行なわれている援助の多くは施し援助に終わっているようだ。モヨさんは、援助を大量に注入すればアフリカの貧困問題は解決すると主張する人たちは「援助の根幹に横たわる一つの問題」を見逃していると言う。その問題点をめぐる考察から、モヨさんは「援助そのものが問題なのだ」と結論づける。

(その問題点とは)、特定の目的のために確保された資金が容易に他の目的― 成長にとって有害ではないとしても無意味な課題 ―のために使われうるというファンジビリティ(資金の流用可能性)の問題である。援助の擁護者自身、抑制のない援助資金の流入には、それが投資に使われたり、公共のために使われるのではなく、個人のポケットに入るなど言語道断な形で使われうるリスクが常につきまとうことを認識してきた。このようなことが起きても― 実際、よく起こるのだが ―何らの実際の処罰や制裁が科されることはなかった。それゆえ無償の援助が多くなれば多くなるほど、腐敗のリスクが高まるのである。

 援助の失敗に関する最も憂うつな側面というのは、ドナー、政策策定者、政府、経済学者を含む学者および開発専門家がみな、援助が役立っていないし、役立ってこなかったし、これからも役立ちそうもないことを心の奥底では察知しているということである。少なくとも一人のドナーの代表のコメントとして、かつてのイギリス貿易産業省の主任エコノミストは、「彼らは援助が役に立たないものだと知っているが、しかし、それは『売れる』のだ」と語っていた。

 数十年に及ぶ巨額の援助が開発の観点から目に見えるインパクトをもたらしてこなかったことを示す研究は枚挙にいとまがない(その多くはドナーによる研究である)。たとえば、Clemens et al.(2004)は、援助には成長に対する長期のインパクトはないと認めている。貯蓄と援助との間には相反するネガティブな関係が見られることをHadjimichael et al.(1995)とReichel(1995)が見出している。Boone(1996)は、援助は投資よりも消費に使われ、外国援助は非生産的な公共消費を増大させ、投資促進には失敗していると結論づけている。

 ざっとデータを見ただけでもアフリカでは援助は増え続けてきたが成長は低下し続け、貧困が増大していることが分かる。過去30年間、最も援助に依存してきた国々の年平均経済成長率はマイナス0.2パーセントであった。

 援助という形での外国からの介入は、ほとんどの国々で貧困へ向けての劇的な転落という結果をもたらした。1970年代以前のザンビアはほとんどの経済指標が上向きの軌道を描いていたにもかかわらず、10年後のザンビアは経済的な荒廃に見舞われた。元世界銀行エコノミストのウィリアム・イースタリー・ニューヨーク大学教授は、もしザンビアが1960年以降に受け入れたすべての援助を投資に転用し、かつ、そのすべての投資が成長に回っていれば、1990年代初めにはザンビアの一人当たりGDPは2万ドルに達していたであろうと推計している(Easterly 2003, p.33)。 実際にはザンビアの一人当たりGDPはその頃500ドル以下であり、1960年の水準より低かった。ザンビアの所得は現状の少なくとも30倍になっていたはずなのである。アフリカヘの援助量がピークにあった1970年から1998年の間、アフリカにおける貧困率は11パーセントから驚くべきことに66パーセントにまで上昇した。これはアフリカの10億人の人口のうち、おおよそ6億人が貧困の泥沼にはまってしまったというショッキングな数字である。

 このように援助が役立っていない証拠が強固かつ揺るぎないものであることから、指導的な援助機関であるIMF[国際通貨基金]ですら援助擁護者に対し、どれだけ援助できるか、という投入量ばかりではなく、開発の手段としての援助により大きな期待が集まるようにすべきであると警告している。IMFは、さらに、増大する援助がアフリカの問題を解決するであろうと主張する政府、ドナーおよび活動家たちに対し、もっと謙虚であるべきであると警告している。このような認識が真の変化に向けた触媒になればよいと思う。

 おそらく最も驚愕すべきことは、明確かつ議論の余地のない証拠があるにもかかわらず、このような実証された失敗が繰り返し続けられてきたことである。このような分野は、それがビジネスであろうが政治の世界であろうが、ほかには存在しないと思う。

 さて、振り返ってみよう。過去60年間にわたり、1兆ドルを超えるアフリカ向け援助が行われてきたにもかかわらず、見るべきものは多くはない。だが仮に、援助により本来達成すべきものが達成されなかったというように、援助が無害なものであったというのならば、この本は書かれることはなかっただろう。問題は、援助が慈悲深いものではなく有害である点にある。援助はもはや潜在的な解決策の一部ではなく、実際には援助そのものが問題なのである。

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