2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(100)

終末論の時代(36)

「独占資本主義の終末」補充編(20)

羽仁提言「三つの原則」の検討(18)


原則3:「発展途上国との共生」(1)

 「原則1」は「小国主義」だった。この原則に立つのなら、当然その国が進めるべき外交は「大国主義」の外交とは真逆なものと成るべきだろう。では「大国主義」とは何か。

 『羽仁提言「三つの原則」の検討(1)』で検討したように、それは端的にまとめれば次のようなイデオロギーに基づいている。
『「膨張主義・侵略主義・民族主義」を基軸とする負のイデオロギーこそまさに「大国主義」である。ヨーロッパ・アメリカはこのイデオロギーを掲げて世界を征服し、富を略奪していった。』
 明治維新を経て近代国家に仲間入りした日本が1945年の敗戦までその国是としてきた基本方針はまさにこの「大国主義」だった。

 「大国主義」は資本主義という強欲経済システムを維持するための必然的な帰結であった。その資本主義は『資本主義の現状』でまとめたように、いまやその終末を迎えている。簡単に復習をしておこう。

 「資本主義とはフロンティア(周辺)を広げることによって中心が利潤率を高め、資本の自己増殖を推進していくシステム」であるが、現在では「地理的・空間的フロンティア」も「自然フロンティア」も底を突く状態であり、資本主義を延命させるべく新たに目をつけた「電子・金融空間」も、今やそれによる資本の自己増殖が不可能な状況になっている。そしてついに、ネオコンに牛耳られたブッシュが、「軍産複合体」の思わく通り、戦争による資本の自己増殖を始めるに至った。

 ここで「軍産複合体」について少し調べてみることにした。
 「軍産複合体」という言葉が初めて使われたのはアイゼンハワー大統領の退任演説(1961年1月17日)の中でであったと言われている。これまで何度かお世話になった『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』から引用する。

 アイゼンハワーの演説によって知られるようになった「軍産複合体」という単語は、ローレンス・リバモア国立研究所の元所長で、物理学者のハーバート・ヨークによって提案されたものだと思われる。1971年の夏にストックホルム国際平和問題研究所(SIPRI)で研究を行なっていたヨークは、後輩のアメリカ人研究者に対して、退任演説で使うための的確な言葉をアイゼンハワー大統領に提案したのは自分だったことを明らかにしている。アイゼンハワーはその提案に同意し、次のように警鐘を鳴らした。

 巨大な軍隊と大規模な軍需産業の結びつきは、アメリカの歴史上、かつてない経験です。経済的、政治的、さらには精神的な影響が、わが国のいたるところで感じられます。国中の都市、州議会、連邦政府オフィス……。……私たちはその重大な意味を正確に理解しなければなりません。これはアメリカ国民の労苦や資源や暮らしのすべてが影響を受ける問題です。つまり、われわれの社会の根幹にかかわっている問題なのです。政府の委員会等において、それが意図されたものであろうとなかろうと、軍産複合体が不当な影響力を獲得しないよう気をつけなければなりません。……この軍産複合体の影響力が、私たちの自由や民主主義のプロセスを決して危険にさらすことのないようにしなければなりません。……警戒心をもち、見識のある市民のみが、軍と産業が結びついた巨大な複合体を、平和的な手段と目的に適切に適合するよう、しむけることができるのです。そしてその結果として、安全と自由の共栄が可能になるのです。

 この演説の重要性は、長いあいだ、ほとんどのアメリカ国民に理解されてこなかった。しかし、なかには注目に値する例外も存在した。ウォルター・リップマンが、ジョージ・ワシントンの告別の辞と、アイゼンハワーの告別の辞を鋭く比較したのである。リップマンによると、ワシントンが「市民の力に対する(国外からの)脅威」について警告したのに対して、アイゼンハワーはアメリカ国内における軍の脅威に関して警告を発した。アイゼンハワーは、ワシントンを自分にとっての「英雄(ヒーロー)」とみなしていた。《アット・イーズ》誌においてアイゼンハワーは、「(ワシントンの)退任演説は……私が心から敬愛の念をいだく人間性の一つの例だ」と語っている。

 《ニューヨーク・タイムズ》紙のジャック・レイモンドは、紙面の全面を使って、軍需産業の分析記事を書いている。グラフを使ってアメリカの過剰な軍事費を詳細に分析し、約810億ドルの国家予算のうち、59パーセントが軍軍費であることを指摘したのだ。連邦予算の半分を占めていることに加えて、ペンタゴンは320億ドル相当の不動産(空軍基地と兵器庫を含む)を管理していることも指摘された。レイモンドは、予算獲得のために軍と産業界がいかに手を携えているかを解説した。そして、アメリカの過剰な軍事優先政策が、対外的な国のイメージを損なっていると付け加えた。「大きな梶棒を待ち運ぶ一方で、アメリカはセオドア・ルーズベルトの外交政策の残りの部分、すなわち『言葉は穏やかに』という部分を忘れているように見える」。

 ジャック・レイモンド記者の記事を読んでいるとすぐに、現在進行中のジャパン・ハンドラーズ&財閥の傀儡アベコベデタラメ政権の愚行が重なって見えてきてしまう。山本太郎さんが国会で追及(山本さんのオフィシャルサイトの記事「今回の安保法案は、第3次アーミテージ・ナイ・レポートの完コピだ!」(以下、単にリポートと呼ぶ)で読むことが出来ます)したように、傀儡アベコベデタラメ政権が遂行している重要政策は全てジャパン・ハンドラーズ提出したリポートでの命令に従ったものだ。次の表は山本さんが国会での質問時に掲げたリポートの「日本への提言9項目」をまとめたパネルだ。
第3次アーミテージ・ナイ・レポート
「原発再稼働」「TPP交渉参加」「戦時の米軍と自衛隊の全面協力(=集団的自衛権)」「ホルムズ海峡の機雷掃海」「国家機密の保全(=秘密保護法)」「PKOの法的警護の範囲拡大(=駆けつけ警護)」「武器輸出」と全て揃っている。

 レポートは序文で「日本は一流国家であり続けたいのか、 それとも二流国家に成り下がって構わないのか?」と書いて、日本政府をけしかけている。言うまでもなく、ここで言う「一流」とは「大国主義」内の「一流」である。そして、羽仁さんの提言は「小国主義」内での「一流」を目指すことである。

 このように、「戦争法」がこのレポートに追従して提出されたことがハッキリと示されている。その「戦争法」について、傀儡アベコベデタラメ首相は「積極的平和主義」という剽窃用語を錦の御旗に掲げて得意になっているが、これも剽窃であることを知っている世界中の人たちの冷笑を誘っていることだろう。

 「積極的平和主義」の出典については新聞のニュースでも報道されていたが、真相は次の通りである。

 市民たちの求めに応じて8月に来日したノルウェーのヨハン・ガルトゥング博士(Johan Galtung、1930年10月24日~ 社会学者、数学者。平和研究、紛争研究の開拓者、また第一人者として知られている)は、来日中に講演会やイベント参加などいろいろと活躍されたので、ネット検索をするとたくさんのサイトで取り上げられている。ここでは澤藤統一郎さんが『「積極的平和主義」とは何か』で、日民協の機関誌「法と民主主義」に掲載された大田昌秀(元沖縄県知事、沖縄国際平和研究所 理事長)さんの解説(著書「沖縄 平和の礎」からの抜粋のようです)を紹介しているので、それを転載させて戴く。

 一般に平和とは何かと聞かれた場合に、すぐに思い浮かぶ答えは「戦争のない状態」と言えます。しかし、ガルトゥング教授は、戦争を「直接的な暴力」と規定した上で、戦争がないからと言ってわれわれの社会はけっして平和とは言えないとして、直接的な暴力に対し「構造的な暴力」ということばを対置しています。教授の言う構造的な暴力とは、偏見とか差別の存在、社会的公正を欠く状態、あるいは正義が行き届いていない状態、経済的収奪が行われている状態さらには、平均寿命の短さ、不平等などを意味します。ですから、今日の社会は至る所に平和でない状態、つまり構造的な暴力がはびこっていると言っても過言ではありません。したがって、ガルトゥング教授は、この構造的な暴力を改善していくのでなければ、本当の意味での平和は達成されないと述べているのです。

 このように平和問題というのは、単に戦争の問題に限定されるのではなく、社会的偏見や差別の問題、政治的不公平の問題から男女間の不平等、経済的貧富の問題に至るまで広範、かつ多岐にわたるのです。したがって、それらの問題を解決して初めて言葉の真の意味での平和の創造が可能となるわけであります。

 ちなみにガルトゥング教授は平和を実現するため、三つのPが必要だと述べています。第一にPeacemovement(平和運勤)、第二にPeaceresearch(平和研究)、第三にPoliticalparty(政党)の三つであります。これらが三位一体となって平和の創造に取り組むのでなければ、人々が期待するような平和は成り立だないと説いているのです。

(「平和運動」に関する部分の紹介)

 戦争を廃絶すると言えば、そんなことは、この人間世界ではありえないことだとつい考えてしまいます。そのため、実際にはユートピア的とか、気違い沙汰だと馬鹿にされがちです。しかし人類の歴史を振りかえってみると、奴隷制度の廃止とか、植民地の廃棄などということは、ある時代においてはそれこそユートピア的思想であったにもかかわらず、今日ではすでに実現しているのも少なくないのです。

 つまり、戦争のない状態を平和と捉える「消極的平和」に対し、貧困、抑圧、差別など構造的暴力のない状態を「積極的平和」と呼んでいるのである。

 少し長くなるが、もう一つ、沖縄の米軍基地問題への提言もされているので、沖縄新報の『「首相は積極的平和の言葉「盗用」 平和学の父・ガルトゥング氏』(2015年8月23日 09:46)という記事を転載させて戴く。

 「平和学の父」として世界的に知られるヨハン・ガルトゥング氏は22日、浦添市のてだこ大ホールで開かれた「戦後70年 ガルトゥング氏が語る『積極的平和』と沖縄」(琉球新報社、新外交イニシアティブ主催)の講演で来県した。講演に先立ち、新基地建設が進む名護市辺野古を視察し「安倍首相は『積極的平和』という言葉を盗用し、私が意図した本来の意味とは正反対のことをしようとしている」と政府姿勢を批判した。

 講演では、国会で議論されている集団的自衛権の行使について「時代遅れの安全保障」と、世界の潮流に逆行すると断じた。その上で「北東アジアの平和の傘構想を沖縄から積極的に提起していくべきだ」と強調した。

 世界の趨勢(すうせい)は軍事基地をなくしていく「新しい平和秩序」に向かっているとし、ヨーロッパ共同体(EU)や東南アジア諸国連合(ASEAN)などに遅れて北東アジアも2020年には共同体形成へ向かうと予測した。

 日本、ロシア、韓国、北朝鮮、中国、台湾の6カ国・地域による北東アジアにおいて「沖縄は地理的に非常に重要な位置にある」と指摘。尖閣諸島や竹島、北方領土の問題で日本は台湾以外とは好ましくない関係にあるとし、核の傘ではなく「平和の傘を築く必要性がある」と述べた。その上で、独立の気概をもって特別県になるなどして国際機関を誘致し、共同体の本部を置けるよう早く名乗りを上げることも提唱した。

 また沖縄は米国と日本に植民地のように扱われてきたとの認識を示した。それを乗り越えるには、単に「基地反対」を叫ぶだけではなく、北東アジアの平和を積極的に提起するよう話した。周辺国の非政府組織(NGO)を沖縄に招き、問題解決に向けて協議することを提案した。

 講演後、石原昌家沖縄国際大名誉教授、高里鈴代基地・軍隊を許さない行動する女たちの会共同代表、我部政明琉球大教授が登壇し、意見を交わした。約700人の聴衆が熱心に話を聞いた。

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