2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(90)

終末論の時代(27)

「独占資本主義の終末」補充編(11)

羽仁提言「三つの原則」の検討(10)


原則2:「社会主義」(9)

<参考書1> 水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社2014年刊)

 水野さんは利子率の変動をキーポイントに据えて資本主義の歴史を俯瞰している。私にとっては「目から鱗」的な新鮮な資本主義史である。が、ここではこのシリーズのテーマに沿って、「第五章 資本主義はいかににして終わるか」に焦点を絞って読んでいくことにする。

 水野さんは
「私たちが取り組むべき最大の問題は、資本主義をどのようにして終わらせるかということになります。すなわち、現状のごとくむきだしの資本主義を放置した末のハード・ランディングに身を委ねるのか、あるいはそこに一定のブレーキをかけてソフト・ランディングを目指すのか。」
と、問いかけている。そして、「ハード・ランディング」のシナリオを次のように要約している。

中国バブル崩壊が世界を揺るがす

 日本の土地バブル、アジア通貨危機、アメリカのネット・バブル、住宅バブル、そしてユーロのバブル……、おそらくそれに続く巨大なバブルは、中国の過剰バブルになるでしょう。リーマン・ショック後、政府の主導で大型景気対策として四兆元もの設備投資をおこなったことによって、中国の生産過剰が明らかになりつつあります。

 その代表例が粗鋼生産能力です。2013年の中国の粗鋼生産量は7.8億tだったのですが、中国の生産能力は10億tあります。22%ほど生産能力が過剰です。「世界の工場」と言われる中国ですが、輸出先の欧米の消費は縮小しています。この先、1990年代から2000年代前半までのような消費を見込むことは不可能です。アジアの中でも中国は、日本、韓国、ASEAN諸国と領土問題を抱え、関係は悪化するばかりですから、対アジアの輸出も今後は翳りを見せることでしょう。かといって、中開層による消費がか細い中国では、内需主導に転換することもできません。いずれこの過剰な設備投資は回収不能となり、やがてバブルが崩壊します。

 中国でバブルが崩壊した場合、海外資本、国内資本いずれも海外に逃避していきます。そこで中国は外貨準備として保有しているアメリカ国債を売る。中国の外貨準備高は世界 一ですから、その中国がアメリカ国債を手放すならば、ドルの終焉をも招く可能性すらあ ると言えるでしょう。

 水野さんの「中国の過剰バブル」という予想は、著書の出版年から推して、2013年前後の時期のものだろう。中国経済の危うさについては『羽仁提言「三つの原則」の検討(6)』でも取り上げた。そこで使用させて頂いた岡田さんの論文『現代中国を読む座標軸 知識人の現状認識と展望』は2015年3月に発表されている。さらに今日(9月8日)、日刊ゲンダイのサイトに『「あと10年景気は厳しい」中国財政相がG20で“衝撃発言”の意味』という記事が掲載されていた。その記事は冒頭部分で次のように報道している。

 世界経済を揺るがしている中国バブルの崩壊。上海株は6月のピークから4割も急落してしまった。この先、中国経済はどうなるのか。トルコで開かれていたG20で中国の楼継偉財政相がショッキングな発言をしていたことが分かった。

 4日の討議で、「中国経済は今後5年間は厳しい状態がつづく。10年間かも知れない」と説明していたのだ。

 つまり、水野さんの予想は、現在ではますますその現実味を増していることが分る。

 では中国バブルの崩壊は世界経済にどのような影響を及ぼすのだろうか。

デフレ化する世界

 この中国バブルの崩壊後、新興国も現在の先進国同様、低成長、低金利の経済に変化し ていきます。つまり世界全体のデフレが深刻化、永続化していくということです。

 なぜバブルが崩壊すると、デフレが悪化するのでしょうか。マネー過剰の経済では、バブルが発生して膨れ上がってゆく局面で設備投資や雇用が増加し、それが崩壊すると一気に需要が減り設備過剰となって、工場の稼働率が下がります。新興国において、資産バブルの反動としての資産デフレが発生した場合、それをきっかけに工業部門でも設備過剰が明らかになり、工業の原料である鉱物資源も、価格が下落する可能性が高いからです。

 新興国で起きるバブルは欧米で起きた資産バブルでなく、日本型の過剰設備バブルです。 日本のバブルは国内の過剰貯蓄で生じたのですが、国際資本の完全移動性が実現した21世紀においては、先進国が量的緩和で生みだす過剰マネーが、新興国に日米欧がなし得なかったスピードでの近代化を可能にさせているのです。

 過剰設備バブルは、資本市場で決まる株価がその崩壊時において急落するのとは異なり、崩壊には時間がかかります。この崩壊の段階に至って、資本主義はいよいよ歴史の舞台から姿を消していくことになるでしょう。全世界規模で、ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレが実現して、いやがおうにも定常状態に入らざるをえなくなります。

 もちろん中国バブル崩壊が人々の生活に与える影響は甚大です。その規模はリーマン・ ショックを超えるでしょうから、日本においても相当な数の企業が倒産するでしょうし、賃金も劇的に下がるでしょう。

 バブルが弾け、経済が冷え込めば、国家債務は膨れ上がりますから、財政破綻に追い込 まれる国も出てくるに違いありません。日本はその筆頭候補です。

 これまでの歴史では、国家債務が危機に瀕すると、国家は戦争とインフレで帳消しにしようとしました。つまり力ずくで「周辺」をつくろうとしてきたわけです。

 しかし現代の戦争は、核兵器の使用まで想定されますから、国家間の大規模戦争というカードを切ることはおそらくないと思います。けれども、国内では、行き場を失った労働者の抵抗が高まり、内乱の様相を呈するかもしれない。資本家対労働者の暴力的な闘争、そして資本主義の終焉というマルクスの予言にも似た状況が生まれるのではないでしょうか。

 資本主義の暴走に歯止めをかけなければ、このような長期の世界恐慌の状態を経て、世界経済は定常状態へと推移していくことになります。

 悲観的な予測になってしまうかもしれませんが、いまだに各国が成長教にとらわれてい る様子を見ると、この最悪のシナリオを選択してしまう可能性を否定しきれません。

 戦争(現在の戦争のほとんどは軍産共同体が仕組んでいるアメリカの戦争かその後始末。アベコベ政権の戦争法案はそれに荷担しようとしている法案にほかならない)やインフレ(アベコベミクスというインフレ政策の効果は未だに皆無)でしか資本主義を延命させることが出来ない。それを突っ走る結果陥る惨状を経て、ハードランディングの着地点は「世界経済の定常状態」である、と水野さんは言う。水野さんが言うソフト・ランディングが求める着地点も「定常化社会」であるが、「長期の世界恐慌」という悲惨な状態を回避してそこに到達しようという提言だ。それは可能だろうか。水野さんは次のように論じている。

 いまだ資本主義の次なるシステムが見えていない以上、このように資本の暴走を食い止めながら、資本主義のソフト・ランディングを模索することが、現状では最優先されなけ ればなりません。逆説的な言い方になるかもしれませんが、資本主義にできる限りブレー キをかけて延命させることで、ポスト近代に備える準備を整える時間を確保することができるのです。

 資本主義の先にあるシステムを明確に描く力は今の私にはありません。しかし、その大 きな手がかりとして、現代の我々が直面している「定常状態」についてここで考えていき ましょう。

 つまり、水野さんが言う「定常化社会」とは「資本主義の先にあるシステム」をスムースに受け入れるための「準備社会」ということになるだろう。

 では、水野さんが言う「定常化社会」とはどのような社会なのか、次のようである。

 「定常状態」とはゼロ成長社会と同義です。そしてゼロ成長社会というのは、人類の歴史 のうえでは、珍しい状態ではありません。図15(下の図)のように、一人あたりのGDPがゼロ成長を脱したのは16世紀以降のことです。この後の人類史でゼロ成長が永続化する可能性は否定できません。
一人当たりのGDPの変化史

 経済的にもう少し詳しくみていくと、ゼロ成長というのは、純投資がない、ということになります。純投資とは、設備投資の際に、純粋に新規資金の調達でおこなわれる投資のことですから、設備投資全体から減価償却費を差し引いたものになります。

 この純投資がないわけですから、図式的に言えば、減価償却の範囲内だけの投資しか起きません。家計でいうならば、自動車一台の状態から増やさずに、乗りつぶした時点で買い替えるということです。

 したがって、買い替えだけが基本的には経済の循環をつくっていくことになります。たとえば内需で売れる自動車が300万台で、翌年は320万台、その次は280万台というふうに多少の増減で推移しても、少子高齢化で人口減少していますから、台数のピークはどんどん小さくなります。

 そこで人口が9000万人程度で横ばいになれば、定常状態になります。つまり、買い換えサイクルだけで生産と消費が循環していき、多少の増減はあっても均(なら)せば一定の台数で推移していくということです。

 ただ、15世紀までの中世は、10年、20年単位で均してみれば定常であっても、一年単位でみれば10%成長した後、翌年にはマイナス10%というような非常にアップダウンの激しい経済でした。21世紀の「定常」は中世とは異なって、毎年の変動率が小さいという点でずっと望ましいと思います。もちろん、金融政策や財政政策で余計なことをしないという前提のうえでのことですが。

 では、水野さんは「資本主義の先にあるシステム」についてはどのように論じているのだろうか。

「長い21世紀」の次に来るシステム

 今、日本について指摘したグローバル資本主義の負の影響が、程度の差こそあれ、先進 国のいずれにおいても見られることは、すでに本書を通じて繰り返し指摘してきました。 いや、先進国のみならず、新興国においては先進国以上のスピードで格差が拡大していく はずです。

 そこで危機に瀕するのは、単に経済的な生活水準だけではありません。グローバル資本 主義は、社会の基盤である民主主義をも破壊しようとしています。

 グローバル資本主義を、単なる経済的事象と捉えていては、事の本質を見誤ることを、 本書では繰り返して述べてきました。

 市民革命以後、資本主義と民主主義が両輪となって主権国家システムを発展させてきま した。民主主義の経済的な意味とは、適切な労働分配率を維持するということです。しか し第二章でも説明したように、1999年以降、企業の利益と所得とは分離していきます。政府はそれを食い止めるどころか、新自由主義的な政策を推し進めることで、中産階級の没落を加速させていきました。その結果、ライシュ(管理人注:ロバート・バーナード・ライシュ アメリカの経済学者、ビル・クリントン大統領のもとで労働長官を務めている)が言うように、「超資本主義の勝利は間接的に、そして無意識のうちに、民主主義の衰退を招」(『暴走する資本主義』)くことになってしまったわけです。

 同様に、国家が資本の使用人になってしまっている状況は、国民国家の存在意義にも疑問符を突きつけています。詰まるところ、18世紀から築き上げてきた市民社会、民主主 義、国民主権という理念までもが、グローバル資本主義に蹂躙されているのです。そして当の資本主義そのものも、無理な延命策によってむしろ崩壊スピードを速めてしまっているありさまです。

 かつて政治・経済・社会体制がこぞって危機に瀕したのが「長い16世紀」(1450年~1640年)でした。第一章で説明したように、ジェノヴァの「利子率革命」は、中世の荘園制・封建制社会から近代資本主義・主権国家へとシステムを一変させました。そして、「長い16世紀」の資本主義勃興の過程は、中世の「帝国」システム解体と近代国民国家の創設のプロセスでもありました。このプロセスを通じて、中世社会の飽和状態を打ち破る新たなシステムとして、近代の資本主義と国民国家が登場したのです。

 この「長い16世紀」になぞらえて、1970年代から今に続く時期、私は「長い21世紀」と呼んでいます。どちらの時代も、超低金利のもとで投資機会が失われていく時代ですが、「長い16世紀」はそれを契機として、政治・経済・社会体制が大転換を遂げました。だとするならば「長い21世紀」においても、近代資本主義・主権国家システムはいずれ別のシステムヘと転換せざるをえません。

 しかし、それがどのようなものかを人類はいまだ見出せていません。
そうである以上、 資本主義とも主権国家ともしばらくの間はつきあっていかなければなりません。

 資本主義の凶暴性に比べれば、市民社会や国民主権、民主主義といった理念は、軽々と 手放すにはもったいないものです。実際、今すぐに革命や戦争を起こして市民社会を倒すべきだと主張する人はほとんどいないはずです。もちろん民主主義の空洞化は進んでいます。しかし、その機能不全を引き起こしているものが資本主義だとすれば、現在取りうる選択肢は、グローバル資本主義にブレーキをかけることしかありません。

 ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレ。この三点が定常状態への必要条件であると言いました。しかし、成長教信者はこの三点を一刻も早く脱却すべきものと捉えます。そこで金融緩和や積極財政が実施されますが、日本の過去が実証しているように、お金をジャブジャブと流し込んでも、三点の趨勢は変わらないのです。

 ゼロ金利は、財政を均衡させ、資本主義を飼い慣らすサインであるのに、それと逆行し てインフレ目標や成長戦略に猛進するのは、薬物中毒のごとく自らの体を蝕んでいくだけ です。

 水野さんは
「別のシステムは・・・・・・どのようなものかを人類はいまだ見出せていません。」
と言う一方、それは
「市民社会や国民主権、民主主義といった理念」
を堅持するシステムであるべきだと言う。この方向に見えるシステムは、私たちの文脈で言えば、アソシエーション(協同組合的社会)であり、あるいは「交換から贈与」という転換を果たした社会あり・・・、それらを総じて言えば社会主義社会(一般に流布されているものではなく、「真の」と付け加えよう)ということになるだろう。
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