2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(85)

終末論の時代(22)

「独占資本主義の終末」補充編(6)

羽仁提言「三つの原則」の検討(5)


原則2:「社会主義」(4)

<参考書3> エルヴェ・ケンプ著、神尾賢二訳『資本主義からの脱却』(緑風出版2011年刊)
の続きです。

 ケンプさんは独占資本主義下の「貧富の格差(労働者からの収奪)」や「枯渇する資源(自然からの収奪)」といった問題について、多くの提言をしている。全部を紹介するにはちょっと多すぎるので、とりあえずそれぞれのテーマについて、私として最も重要と考えている提言を一つずつ紹介するにとどめる。残りの提言は今後の他の<参考書>での議論で関係が出てきたら取り上げることにする。

<貧富の格差>

 ケンプさんは「金持に課税するのは当然である」と言い、次のように述べている。
『非常に高い所得への課税は、正義と社会的調和のある環境をめざし、盗まれた金を共同社会に返す― つまり、役に立つ活動への融資のこと ―ための前提条件である。脱税とタックスヘブンとの諸国家が連携した戦いは、この政治を補完するものである。』

「盗まれた金を共同社会に返す」という辛辣な言い分には資産家たちはさぞご立腹なさることだろう。

 「貧富の格差」の是正について、弱者の立場に立って論じた政治家の言葉を、ケンプさんは二点引用している。それを転載しよう。

ロバート・ライシュ(アメリカ人 政治経済学者 クリントン政権のとき労働長官を務めている)
『1950年代では、非常に高い所得に対しては税率91パーセントの税金がかけられていた。現在では、ヘッジファンドの運用担当者にかけられる税金は税率15パーセントである。もし彼らにかけられる税率が40パーセント以上だったとすれば、アメリカに愛想を尽かす者はわずかしかいなくなるだろう。』
 ケンプさんは「さらに進めて、ヘッジファンドなど無くしてしまうことだってできる。」と付言している。

ヴァウター・ボス(オランダの財務大臣)
 企業幹部について「あまりにも理不尽な高報酬であるだけでなく、報酬に見合う仕事をしているかどうかもよくわからない」と述べ、企業幹部の報酬に上限を設けること(「最大許容所得」論)を論じた人である。
『1995年に国連の一機関から提起された、巨万の富の遺産から税を徴収する、というアイディアも再考すべきだ。世界には、1000万人の億万長者がいる。その全財産は40兆7000億ドル(約4000兆円)に上ると考えられる。世界の貧困と飢餓を減らすことをめざした「ミレニアム開発目標」を達成するためには、2015年までに毎年1950億ドル(約19兆5000億円)必要であると、2005年に見積もられている。1000万人の億万長者の遺産から5パーセント徴収すれば、ちょうど足りる。』
<付記>
 ヴァウター・ボスさんてどういう人かなとネット検索したら、ボスさんのすてきなエピソードに出会った。紹介しておきます。
「ミナミも、ええよ。 その31」


<枯渇する資源>

 この問題については実に多岐にわたって論じられている。その中から、いま日本でも「限界集落」という言葉が象徴しているように「農業の危機」問題があるが、それを取り上げよう。

 ケンプさんは現在の農業の危機を、全地球的規模で、次のように捉えている。

 エネルギー価格の上昇で輸送費が上がり、産業活動を「復帰」(地域に)させる。つまり、生活必需品が輸入依存から、現地生産に戻る。これは、自治領域の再建を助け、個人、家族、共同体は市場に頼らずに必需品の一部を充足できる。これにより、交換活動が減少し、商品の運搬で生じる公害も減少し、環境を改善し、普段から自分たちの資源を大切にしている人々を元気にする。さらに人は、生活の創造的な技を取り戻し、終局の資本主義に特徴的な欲求不満のノイローゼがやわらぐだろう。

 イングマール・グランステットは分析する。
「これは『ろうそくの生活に戻る』のではなく、終わりのない、とどまるところを知らない競争を拒否することによって、科学的好奇心と技術的想像力を歓迎し、しかも人間的レベルの領域の生活と両立できるような新しい今日的テクノロジーを考え出すことを、私たちに余儀なくさせるということの率直で勇敢な認識なのだ」

 これは、より幅広く言えば、この自我にまだ意味があるかぎり、成長発展の概念さえ変えることである。支配者の図式に従えば、世界は西洋が19世紀末の産業革命で歩んだ道を辿らねばならなくなる。農業生産性の向上、農村の過疎化、都市労働者の搾取、工場制マニュファクチュアの生産力の向上、生活水準の総体的改善、などだ。しかし、この図式はもう機能しない。なぜか?

 まず、西洋がその汚染を吸収させるために生物圏を好きに使い、そこに大量の原料を注ぎ込んだからだ。これは、エコロジー状況が工業化を厳しく限界づけている南半球の大国にはもはや適応しない話である。大気汚染、水質汚染、旱魃、洪水、暴風雨、生物多様性の喪失などは、次第に経済発展に対して敏感にブレーキをかけている。
 次に、貧困国においては、農業の生産性は十分に向上していない。農村の過疎化が進行しているのは、農家の貧困化が広がっているからである。しかも、すでに工業生産力があまりにも高くなり、都市は農村から押し寄せてくる人々に十分な仕事を供給できるまでには至らない。都市には、何十億を越える貧民スラムがひしめき合っている。
 三番目は、ヨーロッパはその過剰の貧困をアメリカ、オーストラリア、南アメリカに向けて大量に流し込むことができた― 「インディオ」やアボリジニーズが割を食ったわけであるが ―ということだ。今世紀に、同じ可能性が貧困の南半球にある、というのはいささか疑問である。

 ここでもまた、支配的考え方を覆す必要がある。未来は、工業やテクノロジーの中にはなく― 工業やテクノロジーがたとえつねにそこにあったとしても ―、農業にある。これはまた、労働運動が崩壊したのに対して、今の時代に最も象徴的な闘争の一つが遺伝子組み換え生物問題をめぐって展開しており、それが大きく農民によって支えられているとしても、決して偶然ではない。これは、雇用を抑え、人的資源のパテントを取得し、農民による農業を圧迫する環境軽視の産業モデルを阻止することに他ならない。

 農業の主要な役割は、2007年、農産物の価格の高騰によって― 一部にはバイオ燃料の開発に誘発されて ―ダッカからポールトープランス、マニラからドゥアラ、アビジャンからジャカルタヘと次々と食糧暴動が引き起こされた時、ようやく認識された。

 こうした問題に対処する基本的な姿勢として、ケンプさんは
「小作農家を救済しなければならない」
という。そして、このような農業の危機を認識し、かつ農民の立場に立った国の政府による農業に対する政策には次のような進展が見られるようになったと言う。

 20年にわたって市場開放と工業発展を唱道して来た挙句に、世界各国政府、諸団体はこう言ったのだ。後は、この言葉を具体的展開に置き換えるだけである。それは、農家が肥料を手に入れ、地域市場に売り先を見つけ、種子を共有し、農業指導を仰ぎ、地域社会の知恵を復活し、森林農業を開発させられるような農業政策を整備する、ということである。

 富裕国でも同様に、工業的農業はエコロジーヘの大きなインパクトの割には、収穫高において限界に達しており、環境を大切にし、雇用を創出する新しい農業が再発見されなければならない。

 こうした政策が誤ることなく推進されれば、その先には協同組合的組織が見えてくる。ケンプさんは農業関係などで成功している協同組合的組織の例を次のように紹介している。

 資本主義が通った後、草一本生えなくなった土に、無数の新しい生き方、生産の仕方、消費の仕方が芽を吹く。

 「地域支援型農業」が、非工業的農業生産者から消費者団体への生産者直売を組織するための大販売網を作り上げている。これは、1980年代にアメリカで開始され、ヨーロッパに広がり、フランスではAmap(家族農業を支える会)の名称で活動している。

 また、若い農業者の定着を援助するために協同で土地を購入する形態もある。共有菜園は都市部で増加している。マルジュリッド県(フランス、ロワール川上流)、グランリューの「プロデュクテュール=生産者」のように協同販売システムを組織する農家や、労働銀行方式で時間を分担するユール・ラ・パラード県(フランス南部、ラングドック=ルション地方)のコス・ロゼール生協などもある。

「Objecteurs de croissance=成長の反対者」は― 質素なライフスタイルを採り入れながら ―より少ない労働、より少ない収入で幸せに暮らしている。

 カルカソンヌ(フランス南部ラングドック=ルシヨン地方の都市)では、60時間の公共労働を提供した青年には運転免許取得費用を援助している。

 パリ、リヨン、ツールーズでは自転車を共同で使用している。コボワチュラージュ(乗り物共有)は日常語の一つになった。

 イルエ=ヴィレーヌ県では個人が風力発電に出資し、上がった利益を省エネ対策に再投資している。

 連帯貯蓄グループのFinansolは貯蓄高1000億ユーロを突破したと発表している。

 アベコベ政府は「地方創成会議」を創設していろいろな政策を打ち出しているが、どれもが官僚主導の政策で、交付金のばらまき政策でしかない。例えば、今回のテーマの一つである農業政策を見てみよう。

『「農林水産業・地域の活力創造プラン」に沿って、他の産業分野と連携して生産性を向上させ、農林水産業の成長産業化を推進。』
と謳っているが、実際には何が行なわれているのか。(サイト「法学館憲法研究所」に掲載されている岡田知弘(京都大学教授)さんの論文『「地方創生」のねらいと対抗軸」』から引用します)。

 産業競争力会議による改訂版「日本再興戦略」(昨年6月)では、多国籍企業の「稼ぐ力=収益力」が最大目標とされ、雇用、福祉、医療、エネルギーに加え、農業が重点分野に据えられた。そのための方策として規制改革会議では、雇用、医療と並んで農業の「岩盤規制」に「ドリル」で「風穴をあける」ことに固執している。その「ドリル」の役割を果たすのが「国家戦略特区」制度である。

(中略)

 (先の総選挙の際の自民党「政権公約2014」中で)「地方創生を規制改革により実現し、新たな発展モデルを構築しようとする『やる気のある、志の高い地方自治体』を、国家戦略特区における『地方創生特区』として、早期に指定することにより、地域の新規産業・雇用を創出します」と述べている。すでに特区制度を活用して、新潟市にはローソン、養父市にはオリックス、ヤンマーが農業に進出している。安倍首相は、この「政権公約」に基づいて、国家戦略特区の追加指定を、石破担当大臣に指示している。

 ここでも、やることなすことアベコベ政府の面目躍如というところ。企業が利益を上げるだけで、「協同組合的組織」が生まれる余地など皆無である。しかし、アベコベ政策に対する対抗軸、つまり「協同組合的組織」へとつながる運動が生まれていると、岡田さんは言う。


 自治体や国土再編の構造改革路線への対抗軸は、憲法理念に則り地方自治の重要性を主張するとともに、住民自治を基にした福祉の向上をはかり、人口を維持し増やす地域づくりを実践してきた「小さくても輝く自治体フォーラム」運動に見いだすことができる。

 小規模自治体ほど、住民一人ひとりの命と暮らしに視点をおいたきめ細かな地域づくりや、有機農業や森林エネルギーの活用、地球環境問題への取り組みが可能になることは、長野県栄村や阿智村、宮崎県綾町、徳島県上勝町、高知県馬路村などの取組みからすでに明らかなことである。島根県海士町や福島県大玉村、北海道東川村などでは人口を増やしているのである。

 小規模自治体の優れた地域づくりの展開を見れば、団体自治と住民自治が結合してはじめて、住民の福祉の向上をともなう地域づくりがすすむことがわかる。まさに「憲法を暮らしの中にいかした」実践であり、これを大規模自治体にも応用し、広げていくことが求められている。

 以上で<参考書3>の紹介を終わります。
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