2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(82)

終末論の時代(18)

「独占資本主義の終末」補充編(2)

羽仁提言「三つの原則」の検討(1)


(読むべき本が数冊あったことに加えて、日常に個人的に落ち着いた時間が取れない状況が出来(しゅったい)して、約1ヵ月のブランクを作ってしまいました。再開します。)

 前回の<参考書1>からの引用文は
『資本主義の終わりの始まり。この「歴史の危機」から目をそらし、対症療法にすぎない政策を打ち続ける国は、この先、大きな痛手を負うはずです。』
という文で結ばれていた。安倍が自慢しているアベコベミクスは対症療法にすぎないし、しかも既に過去失敗の例がある対症療法である。
(このことについては
「リフレ策は本当に有効なのか(1)」
「リフレ策は本当に有効なのか(2)」
「リフレ策は本当に有効なのか(3)」
を参照して下さい。)

 では、対症療法ではなく、「資本主義の終末」という事態の本質を踏まえた新たな体制の創造はどの方向に求められるべきだろうか。 ここで、羽仁さんが提出した「21世紀を生き抜くための三つの原則」を検討してみよう。

原則1:「小国主義」
(詳しくは「独占資本主義の終末(2)」を参照して下さい。)

 私はこの提言には全面的に賛同する。現在アベコベ政権が日本をとんでもない方向に引き摺り込もうとしている道はまさに「大国主義」への道である。しかもアメリカの尻馬に乗った他力本願の「大国主義」である。では「大国主義」とはどのようなイデオロギー(虚偽意識)か。その代表例として、安倍が心酔して止まない吉田松陰を取り上げてみよう。

 吉田松陰を思いついたのはたった今のことで、今朝、『週間金曜日』最新号(7月31日 1050号)で『吉田松陰は「偉人」なのか』という纐纈厚(こうけつあつし 山口大学教授)さんの論考を読んだからだった。私は松陰の思想については詳しいことは知らぬまま、松陰が持ち上げられれば持ち上げられるほど、何となくうさんくさい奴だと思ってきた。だから松陰が持ち上げられるドラマは全く見る気がしない。ところが、纐纈さんの論考で私が知らなかった松陰の中心イデオロギーを知ることになったのだった。これによって、私の論拠のなかった松陰嫌いはいよいよ確実な物になった。以下、纐纈さんの論考を利用させて頂く。

 纐纈さんは「日本近代化思想の負の部分」を次のように指摘している。

 幕末期に西欧諸列強から開国を迫られるなかで、中国・朝鮮を中心とするアジア大陸への関心が浮上し、やがて国家権力の外に向かっての膨張志向(膨張主義)と軍事力による領土拡張(侵略主義)、そして民族的優越性の誇示(民族主義)を特徴とする日本の近代化思想が生まれていく。

 この「膨張主義・侵略主義・民族主義」を基軸とする負のイデオロギーこそまさに「大国主義」である。ヨーロッパ・アメリカはこのイデオロギーを掲げて世界を征服し、冨を略奪していった。纐纈さんは「この思想が多くの幕末期思想家によって見出される。」と言いその代表的な思想家として
『真っ先に朝鮮の領有を主張した林子平』
『日本が世界の中心であり世界の全ての地域は天皇が支配する「皇大御国(すめらおおみくに)」であると主張した佐藤信淵』
を挙げている。纐纈さんはこの佐藤のイデオロギーを出典を挙げて次のように解説している。

 佐藤は『宇内(うだい)混同秘策』(1823年)で、「皇大御国は、大地の最初に成れる国にして世界万民の根本なり」と記し、日本が世界の中心国であり、世界のすべての地域は「皇大御国」=天皇の国家日本に従属し、天皇こそ唯一の支配者であるとする強烈な自民族優越主義を説いていた。

 3月16日の参院予算委員会で自民党の三原じゅん子参議院議員が口走ってその無知ぶりをさらけ出した「八紘一宇」という言葉はまさにこのイデオロギーを象徴する言葉である。

 さて、纐纈さんはこの佐藤のイデオロギーの内実を佐藤に勝るとも劣らず語ったのが松陰だったと言い、松陰のイデオロギーが維新政府を牛耳っていた松陰の弟子たちによって忠実に履行されていった歴史を次のように論じている。

 『吉田松陰全集』に収められた有名な『幽囚録』(1868年刊)の一節をまず引用しよう。
 そこには、日本近代思想の特徴である領土拡張主義が赤裸々に展開される。松陰は領土拡張の恒常的な実践による国家の発展を期して軍備拡大を図った上で、「則ち宜しく蝦夷を開墾して……加摸察加隩都加」存文字》険都加(カムチャツカ・オホーツク)を奪(かちと)り、琉球を諭(さと)し朝観會同(ちょうきんかいどう)し比して内諸侯とし、朝鮮を責め、質を納め貢を奉る、古(いにしえ)の盛時の如くし、北は満州の地を割り、南は台湾・呂宋(ルソン)諸島を牧(おさ)め、漸に進取の勢を示すべし」と主張する。

 要するに軍事力を背景として、アイヌなど先住民族を排して蝦夷地(北海道)の開拓を進め、ロシア領のカムチャツカやオホーツクを奪取し、琉球を大和化し、朝鮮を日本に従わせ、満州を分割接収し、台湾とルソン(フィリピン)を統治し、着実に攻勢をかけるべきとする。あたかも、その後の明治国家の戦争政策を予測していたかのようだ。そして、その弟子たちが忠実に吉田の主張を履行した。

 「明治維新」とは、武士階級間で起こった政変(クーデター)であり、西南戦争を頂点とする内戦によって明治政府の権力構造が決定されていくプロセスである。それは、変革あるいは革命とする定義とは程遠い。国内の権力闘争が激化するなか、結局は松陰の思想を実現する方向で、権力発動の矛先として近隣アジア諸国が膨張主義の対象として設定されていく。

 表向きは西欧諸列強の侵略や干渉を排除していく理由づけのなかで、松陰は徹底した膨張主義・侵略主義・民族主義を伊藤博文や山県有朋に代表される明治政府の中枢に位置する権力者たちに教え込んでいたのである。

 松下村塾が世界遺産に登録されたことに対して、韓国が問題視したのはもっともなことである。纐纈さんは次のように指摘している。

 韓国の保護国化の立役者であり、初代韓国統監である伊藤博文が松下村塾の塾生であり、松陰の教えを最も強ぐ受け継いだ政治家であることは韓国では周知の事実である。その伊藤を暗殺した安重根(アンジュングン)は、豊臣秀吉の「朝鮮出兵」を撃退した李舜臣(イスンシン)と並ぶ韓国の英雄なのだ。

 ポツダム宣言を詳らかに読んだことのない安倍が『幽囚録』を詳らかに読んでいるとは思えないが、松陰のイデオロギーを信じているのは確かなようだ。いま、松陰の悪しき「大国主義」を、アベコベ政権がこの国の国家権力の基本イデオロギーとして復活させようと目論んでいる。纐纈さんも次のように憂慮を吐露している。

 これらの悪しき思想を背景としながら、アジア太平洋戦争で敗北するまで、戦前の日本は侵略戦争を繰り返した。その思想は、1945年8月の敗戦で清算・払拭されるはずだった。

 しかしながら戦後70年を経た今日、そうではない現実に向き合うことになる。むしろ、新たな表現形態を伴いつつも、膨張主義・侵略主義・民族主義を特徴とする日本の近代化思想が、再び醸成されている感が強い。

 資本主義が終末を迎えるに至った原因の大本は強欲独占資本の「大国主義」であったと言ってよいと思うが、今またその「大国主義」を対処療法にしたのでは資本主義は絶滅することになるだろうが、それは同時に人類の滅亡かもしれない。私は羽仁さんが提言した「21世紀を生き抜くための原則1=小国主義」を是とする。
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