2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(80)

終末論の時代(16)

独占資本主義の終末(3)

21世紀を生き抜くための原則(2)・(3)


前回、これからお世話になりそうな本を3冊紹介した。そのうちの<参考書1>はアマゾンを通して購入した。そのアマゾンからのメールで6月20日に出版されたばかりの本の知った。これも表題からして今取り上げているテーマの良い参考書になるのでないかと思い購入することにした。次の本である。

<参考書4>
広井義則著『ポスト資本主義―科学・人間・社会の未来』(岩波新書)

 さて、これらの<参考書>に目を通しているうち、これはきちんと読む必要があるな、と思った。そこで、羽仁さんが提言している三つの原則を一つずつ検討していこうと思っていた当初の計画を変更することにした。当然その三つの原則は個々ばらばらに存在するのではなく相互に関連し合っている一つの提言である。そこでまず、その三つの原則を全部読んで羽仁さんの提言の全体像をつかんでから、4冊の<参考書>を用いて、羽仁提言を検討していくことにした。ということで今回は第2・第3の原則を読んでおくことにする。

原則2:「社会主義」
 そして第二はね、日本も社会主義になるんだよ。否が応でもやがてなるんです。それは今や世界の三分の一が社会主義になっている。ぼくの青年時代には社会主義なんてどこにも影も形もなかったんですよ。ぼくが数え17歳の頃に初めてロシアに社会主義革命が起こった。誰も信じなかったよ。そして、よほどひいき目に見る人でも3年か4年がいいとこだろう、全世界が独占資本なんだからそのわずかなロシアの社会主義がどうして生き残れるものかと思ってた。しかも、その時のロシアの社会主義革命は素晴らしいユートピアを描いたね。

 例えば軍備の撤廃、そのもうひとつ手前には、マルクス、レーニンのいう国家の消滅があった。われわれがロシアに夢を感じたのは当然ですよ。自由の問題についても、いつも問題にされるのはインテリゲンチャの自由なんだな、だけど問題は大衆の自由だよ。

 ラジオの討論番組に村松剛なんかと一緒に出た時に、村松君がぼくのこの社会主義論に対してね、
「羽仁さんはあんなことをいうけど、日本がソ連のように社会主義の国になれば、真っ先に捕まるのは羽仁さんだ。刑務所へ入れられるか精神病院へ入れられちゃうのはソ連の現実を見ればわかるじゃないか」
っていうんだな。
「心配するな、おれは社会主義にならなくってももうすでに何度も日本で牢屋へ入れられてるよ」
っていってやったんだ。

 そんなことより大切なのはインテリの自由か大衆の自由かってことですよ。労働者が病気になってすぐ入院できるか、充分に治療してもらえるか。今の日本ではできないよ。第一に生きる自由があるかないかだよ。今の大学制度だって、能力があれば大学へ入れるのか。入れないじゃないか。そういう大衆の自由が問題なんだ。大衆の自由を実現するためにはインテリの自由を犠牲にする、インテリの自由を犠牲にしないために大衆の自由が得られない、どっちを選ぶのかってことは、日本が社会主義になるかならないかってことを、みなさんが自分で決める問題なんだ。

原則3:「発展途上国との共生」
 そして第三は、日本人が21世紀に生きるなら、発展途上国と共に生きろってことだな。日本は大国の仲間人りってことだけを明治以来ずっと考えてきた。そのためにどんな悲惨な目に会ったか。まだ発展の遅れている、特にアフリカの多くの国々が今独立しているんだな。少なくともその国々が日本の最良の友なんだよ。

 9月29日(1977年)の『毎日新聞』に、外信部の篠田豊って人の「留学から帰って」という記事があった。彼はタンザニアのダルエスサラーム大学政治学部の大学院に留学していたんだ。1週間に1回2時間のゼミナールが5科目で10時間、しかもそのゼミたるや担当教授を相手に10冊に及ぶ読むべき参考書が毎回出され、それをこなしてきたものとして次回のゼミが始まるというんだ。すごいでしょう。彼がアフリカに留学するといった時、みんな反対した。
「アフリカの大学に何か学ぶものがあるのか、アフリカの研究ならロンドンヘ行きなさい」
といわれたんだ。だが彼はアフリカで勉強してきたことを非常に感謝して「何よりもアフリカ先生へ礼をいいたい」 ― きっぱりと、アフリカはわれわれの先生だといっているんだ。

 さっきのラジオの話でもね、村松君やなんかが、
「日本が今のように軍備を持たないで経済的に繁栄できたのは、日米安保条約があってアメリカが守ってくれたからだ」
なんてことを平気でいうんだよ。これは最初に述べた軽信だね。アメリカのいうことをそのまま信じるんだな。だけどアメリカに正面きって聞いてごらんなさい、アメリカが日本を守った、あるいは守るって考えがあるかどうかをね。とんでもないですよ、アメリカ国民の税金でどうして日本を守るっていうんですか、そんなことをいえばアメリカの納税者は全部文句をいうよ。われわれが税金を出して政府を維持しているのはアメリカを守るためであって日本を守るためではないとね。そんなこと当り前でしよ、ありえないよ。主観とか意志の問題じゃない、制度上そんなことはありえない。

 日米安保条約っていうのは実際は白紙委任状なんだよ。どれだけのアメリカの軍隊がどういう武器を持っていつまで滞在するかってことは、ひとつも書いてないんだ。だからどんな多くの軍隊がどのような危険な武器を持ってどれだけ滞在しようとも、文句をいうことはできないんだよ。日米安保条約っていうのはアメリカと共に生きるという約束なんだ。だから日米安保条約がある限り、発展途上国は日本を友達とは考えない。

 以上のことが21世紀にわれわれが生き残れるかどうかの、最低の三原則だね。この他にも多くの問題はあるがね。その問題の中で、社会主義の国が魅力を失っちゃってる根本的な原因は、社会主義の国にも官僚主義が発生しているからなんだよ。今、ソ連にしても中国にしても自由がないじゃないかといわれているすべての問題の根源は、官僚主義が発生しているからなんだ。中国の文化大革命ってものが、ずいぶん変なこともあったけど魅力があったのは、官僚主義が打破されるかもしれない可能性があったからなんだ。それが途中からおかしくなってしまったのはなぜか。つまり、世界の独占資本の包囲の中でスラスラといくわけがないんだ。どうしても、独占資本の息の根を止めなくてはだめなんだよ。

 官僚主義と闘う根本的なものはもちろん革命だが、それが阻止さている段階でわれわれに何かできることはないのか、その点で、ぼくは、都市の自治体の闘争というものを『都市の論理』の中で主張しているんだ。もちろん自治体闘争ですべてが解決するといっているんじゃない。しかし、革命が阻止されている今の状況の中で、何もしないで革命を待っていてもだめなんだ。共産党、社会党、労働組合ってもんじゃなくね、自治体闘争というのはわれわれみんなができるんだ。みんな市民なんだからね。自分の都市自治体が現在は3割自治なんだ、これを3割5分、4割にしていくという闘争が目の前にあるんだよ。

 中央集権がどんどん進行する。それを阻止するもうひとつの方法は、政権交代だ。保守長期政権ではまさに破壊的なスピードで、どんどん中央集権へ、警察国家へいくよ。それを解決していくためには政権交代、野党第一党に投票を集中することしかない。この間うち共産党は第二党になるかどうかって騒いでいたが、オリンピックじゃないんだよ。第一党しかないんだ。共産党がいかに現代の政党であるための性質を失ってしまってるかってことだな。だから革自連(革新自由連合)というものが、そこに出てくるという必然性があったんだ。

 『自伝的戦後史』の中でぼくがはっきり証明しているのは、独占資本に対する都市自治体の闘争と、政権交代のための野党第一党への投票の集中、それと並んで学生の運動に非常に大きな意味があるってことを忘れてはだめだ、ということなんだよ。今の大学を学生がどうしようとしているのかをひと言でいえば、学生は完全な自治を希望しているんだ。大学を学生が管理したいんだ、学長は学生が選挙したいんだ。教授は学生が任命して、何を教えるのかってことを学生が決めたいんだ。これは、今の学問というものが、あまりにひどくなっちゃっているからなんだよ。

 第二次世界大戦の後、東京で国際軍事法廷が開かれた。その時に、日本のA級戦犯の全員の出身校が東京大学だったんだ。東京戦犯大学と皮肉られて、国際的にも有名になった。最近では、総合商社の幹部、国会に出てきて本気かどうか知らないけど、申し訳ないっていってるのはみんな東大の出身者だよ。戦犯大学としての東大が、その後は汚職大学としての東大だ。

 今年の春の新入生意識調査で、東大生で政治的関心があると答えたものが7パーセントしかいない。その中の5パーセント分は自民党支持だ。政治的関心がないということは、人間としては失格だということだよ。アリストテレスでさえ「人間は政治的動物だ」といっている。政治的なものを除いちゃえば動物だよ、ただの。だから東大は、単なる動物大学なんだ。

 独占資本の中央集権化の下では自治体ってものがなくなろうとしている。東京都の財政破壊だってそうですよ。いかに、東京都が自治体でないかというと、2、3年前に美濃部君が、東京で世界市長会議をやった時に、ニューヨーク市長のジンゼイ氏が、東京都の予算で警視庁ができているにもかかわらず、警視総監の任命に都知事である美濃部君はなんの発言権もないという話を聞いて、信じられないっていっていたよ。それは、警視庁というのは東京都の警察じゃなくて、天皇制の警察だからなんだね。東京にどんなに交通事故が起きて人が死のうと、ど真ん中に交通を妨害している建築物がある以上、東京都は合理的な都市計画ができない。合理的な都市計画をして、あの真ん中にあるものを、公園にしようとか何にしようかとかいう議論はできないんだ。だからぼくは、日本には建築家なんて本当は1人もいないんじゃないかと思っている。

矢崎
 さっきおっしゃった、政権交代がないと政治が腐敗するということですが、いわゆる中道のいう"連合の時代"は、政権を譲り受けるための受皿論でもあるわけですね。社会党から出た、田、秦、栖崎、大柴といった人たちが、公明党をバックに江田三郎がつくった社民連に加わり、民社党、新自由クラブとも結んで中道四党なるグループすら誕生させている。野党精神のカケラもない"野合"で政権を手にしようというのは、本来の政権交代の意味を失っていると思いますが……。

羽仁
 そんなのはたらい回しにすぎないんだよ。田中角栄がだめなら三木武夫、福田赳夫、さらに大平正芳という、たらい回しの延長にすぎない。ただ保守党内で回すところがなくなったから、少し自民党以外の人間も入れてたらい回しをやろうというにすぎない。
 今、そういうふうに起こっている問題の中でいちばん重大な問題は、最初に述べたように、われわれが歴史を考えていく上で目的があったらまずいとか、政治的な意図をもってはだめだとかいう、いわゆる悪宣伝に、骨の髄まで洗脳されていることだよ。そこで問題になってくるのは、政党というのはわれわれがつくるものだという観念を、まったく忘れちゃっていることだ。政党というのはどこかで売っているもんだ、いい政党を売り出したらそれを買おうじゃないかと思ってる。例えば新自由クラブ、ちょっと新型の自動車みたいなもんだろう、それも目先を変えただけの新型だが、安く買えそうだって感じなんだよ。しかし、政党というのは出来合いの新型みたいにできるもんじゃないんだ。われわれが、われわれの投票によって、希望するような政権をつくるかどうかってことが唯一の問題なんだ。不充分な投票によって失敗する、その自分の失敗から学ぶより他はない。どこかよさそうな政党ができて、それを支持した失敗からは何も学べないね。自分の投票で、21世紀に生き残れるような政党に投票するしかないってことなんだ。

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