2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(79)

終末論の時代(15)

独占資本主義の終末(2)

21世紀を生き抜くための原則(1)


 羽仁さんと矢崎さんの最終対話は1977年11月に行なわれている。その時点で既に羽仁さんは独占資本の終末を語っていた。では、羽仁さんは21世紀を迎えるに当たってどのような見通しを語っていただろうか。今私たちは21世紀のただ中にいるわけだが、約40年前に羽仁さんが何を考えていたのか、読み続けてみよう。

 羽仁さんは「21世紀を生き抜くための原則」が三つあるという。その原則とは「小国主義」「社会主義」「発展途上国との共生」である。
(以下引用文中の小文字は管理人の注)

原則1:「小国主義」

 その第一は、日本は小国主義に徹するということだ。日本は小国なんだという認識をはっきり自覚しなければ、見通しは狂ってしまう。どこかに大国主義の観念が残っている限り、絶対に幸福な21世紀は開けないだろう。しかも、このことは、日本だけの、つまり一国の不幸にとどまらず、全人類の不幸でもある。

 この前の戦争で、日本は全人類に不幸を与えた。直接的には日本の周囲の民族である朝鮮、中国、東南アジアの人々に対して、忘れることのできない不幸を与えたんだ。大国主義でいくならば、それを再び繰り返すことになる。しかも歴史は繰り返さないから、これまでとは比較にならないほどひどいものになるだろう。

 小国主義に対しては、日本にも先駆者的な政治家がいた。それが石橋湛山(1884年-1973年)だよ。彼は日露戦争(1904-1905)の頃から、日本は帝国主義の道をたどってはならないと主張している(石橋湛山、まだ弱冠20歳)

 彼の理論は、植民地を持つと国内経済が不健全になるということなんだ。これは資本主義がまだ歴史的使命を持っていた頃の自由主義経済理論だな。植民地を持てばどうしても植民地の利潤、低い賃金ってものが本国に影響を与える。したがって本国の利潤が適正に向上しない。そうすると低賃金労働に基いている本国の産業っていうものも、健全な発達をしないんだな。だから植民地を持っちゃだめだ。「植民地を持つ国民は決して自由ではありえない、植民地の人民の自由を奪った本国の人民は、自らの自由をも必ず失う」、そういう古典的な自由主義の考え方なんだが、これは今も意味を持っている。

 石橋湛山はソビエト革命(十月革命は1917年)の時にも、日本の大新聞がいずれも敵対的な立場を取って、レーニンに対して"冷忍"という当て字を使ったりした中で、彼一人だけ『東洋経済新報』誌上でソビエト革命を擁護してるんだよ。こういう社説を書くことには、ずいぶん抵抗があったと思うよ、脅迫なんかもね。もっとも、その当時の『東洋経済新報』には、資本主義は適確な判断をしなければ生き残れない、客観的な経済分析が必要だという意識が残っていたから、そういうことができたんでしょう。

 彼は戦後、日本の首相になろうとした時に追放されているが、その理由はまだはっきりしていないんだね。ひとつには戦後の日本における占領軍の政策というものが非常な矛盾を持っていたわけだ。日本の軍国主義を根絶しなければならない。しかしアメリカが独占資本の国なんだから日本の独占資本を根絶するってことはできない。そこで独占禁止法ってものを作った。だけど独占禁止法が日本でできたってことは、独占が現代の戦争の最大かつ根本的な原因だということを日本でも認める結果になったわけだな。独占そのものを禁止するわけにはいかないが集中排除という法律ができた。ということは、独占資本が断末魔だということが法律上も認識されたという証拠になるよね。だけどなんといっても独占が存在する限り、集中するんだよ。集中したものを分散させても、そういう必然的な性質を持っているんだからまた集中してしまう。戦後日本における占領政策は、独占の方向で軍国主義にならないような政策だね。

 独占は維持するが軍国主義復活は防ぐという矛盾した政策だが、その独占資本的な政策に石橋湛山は抵抗する自由主義経済的な考え方を持っていた。だから占領政策に反するという意味で追放されたというふうに説明はできる。それと彼の持っていた小国主義という考えからも、アメリカのパートナーにはならないよね。石橋湛山は長い間、原因不明の病気で徐々に体が弱っていって死んだんだが、最近の謀殺はすぐそれとわかるようにはやらないし、徐々にやっていけば解剖したってわからないからね。彼は『東洋経済新報』でもって、ソビエト革命を擁護しようとした時に、
「国の体制というのはその国の国民が決めることであって、外国が干渉するものでない」
といって、シベリア出兵に反対している。シベリア出兵っていうのはいわゆる国策だからね。即時撤兵というのは当時は非合法の共産党やなんかが主張していたことだからね。

 だから21世紀にわれわれが未来に生きるためには、日本は小国なんだという認識が必要なんだ。実際に小国なんだよ、国の面積も少ないし、資源もない。大国気取りはやめた方がいいんだ。福田赳夫なんかがね、軍事大国にはならないが経済大国になるなんていってるが、経済大国は必ず軍事大国になることは必然的に論理上、かつ歴史的に証明されてることなんだよ。

 前に藤井丙午(ふじい へいご 1947年に参議院議員にもなっている)が新日鉄の副社長をやっている時に対談したんだが、
「どうして日本が貿易を遠慮しなきゃならないんだ」
つていうから
「日本のやっているのは貿易なんかじゃない経済侵略だ、経済侵略をやめろといっているんだ」
といったことがあるが、なんで相手国のことも考えた貿易ができないかというと、歯止めがないからですよ。

 最近ではよく政府なり外務省、あるいは三井、三菱の代表者が相手のこともよく考えていかなければならないなんていっているが、相手のことを考えるというのは人間についてはいえるが、制度については、制度そのものに歯止めがなくなっちゃっているんだから、天体に向って自制しろとにいってるのと同じなんだな。独占資本というのは制度であって、その資本の運動なんだからね。唯一の歯止めは物質を生産することだが、生産を離れてしまった資本というものは歯止めを持ちえないんだ。だから日本の商社は相手のことを考えてやれるという状態じゃないんだよ。

 そして、特に日本の独占資本がそうだというのは、明治維新以来の反動的な社会制度、つまり封建的な支配あるいは天皇制というような、いろいろな不合理なものを利用してできたものだからなんだ。日本の独占資本は、独占資本である上に、不合理な独占資本なんだな。イギリスなりアメリカなりも同じ独占資本だが、日本は最悪なものよりもっと悪いというのは、近代以前の不合理なものがくっついているからなんだ。

 そこで、それらのものを全部脱却していくためには、いろいろな綿密な分析とそれに基く戦略戦術ってものもあるけど、まず一般的な国民全部がわかる問題は、日本は小国でいこう、日本は小さな国なんだってことだね。これはいろいろな分析を必要としなくたって、頭の切り換えだけでいくじゃないか。それがみんなに認識されてくれば21世紀だって生きられるよ。しかし大国だと思っていたら、あらゆる部分で21世紀に生き残ることは不可能だよ。これがぼくの"大予言"の最後の遺言といってもいい。

(直接本文とは関係ありませんが、これから用いるかもしれない参考書の紹介です。)

 BS日テレに「久米書店」という本を紹介する番組(毎週日曜日6時)がある。私に関心のある本が選ばれているときだけ視聴している。先日の21日の番組では水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』という本が取り上げられていた。書名から参考書としてピッタリの本のようだ。視聴してみた。2014年の「ベスト経済書」第一位になった本だそうだ。読んでみようかなと思い図書館サイトで調べたら、なんと30人ほどの人が予約待ちをしている。予約しても順番が回ってくるのは数ヶ月ほど後になってしまうだろう。買うことにした。

<参考書1>
水野和夫著『資本主義の終焉と歴史の危機』 (集英社2014年刊)

 他に現在資本主義の終末を論じている本はないだろうかと、直接図書館へ行ってみた。書名から判断して次の2冊を借りてきた。

<参考書2>
中谷巌著『資本主義以後の世界』(徳間書店2012年刊)
<参考書3>
エルヴェ・ケンプ著、神尾賢二訳『資本主義からの脱却』(緑風出版2011年刊)
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「消費を控える活動」について
初めまして。偶然こちらに出会いました。目下、ツイッター中心に吉本さんのアイデアによる「消費を控える活動」を細々と行っています。失礼ながら、わたしの臨時ブログ「回覧板」http://blog.goo.ne.jp/okdream01 の「#消費を控える活動01」のカテゴリーの4つほどの文章を読んでいただけないでしょうか。この活動への参加を訴えています。不躾なコメント、申しわけありません。
2015/06/29(月) 02:57 | URL | 西村和俊 #-[ 編集]
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