2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(73)

終末論の時代(9)

ジャーナリズムの死(9):戦後の言論弾圧(3)


 前回冒頭の引用文の続きに戻ろう。

羽仁
 この間の戦争のことを知っている人間は、あれを繰り返すようなことをしてはだめだということだけは忘れて欲しくないんだ。
(中略)
 『神奈川新聞』の10月25日付の投書欄にこんなことが書いてあった。ちょっとそれを読んでみよう。
《どちらが真実なのか ― 戦争中航空隊にいたとき、よく機内のラジオで外国の放送をきいた。毎日、部隊で公けにきいていることと正反対のことばかりなので、それらはすべて信じられないことばかりだった。だが残念なことに、戦争が終ってはじめて、デマだといわれた放送の方が正しかったことがわかった。最近の出来事にも、ふとその当時を思い出さすような予感がしてならない。それは、米軍の核持込みに対する政府の態度である。日本でいわれていることと、外国でいわれていることと、まるで正反対であり、まったく昔そのままだからである。戦争中に青年期をすごしたものとしての反省のひとつに、権力者のいうことに盲従することは罪悪だということがある。これは、疑うということではなく真実を求めるということである。民主主義の今の世の中に、なぜ政治家は知る権利を放棄し、真実に目をふさがせようとするのだろうか。主権は国民、聞く側にあるというのに。》
 川崎市の50歳になる社会保険労務士、塩田敏一という人が寄せているんだが、これは国民多くの実感じゃないかと思うんだよ。
 先日、テレビで村松剛君と出会ったんだが、そのとき彼が「羽仁さんは言論に対して責任を持たない立場だから、そういう人と討論しようとは思わない」というふうなことをいうんだよね。これは戦前とまったく同じなんだ。ぼくが絶えずいうんだけど、ギリシャの諺に"言論が害をなすということはない"というのがある。つまり言論というものは、人がそれを聞いて、それによって行動するかしないかは、その人が決めることなんだよ。現に、国会の憲法に準ずる基本的な法律には国会議員が国会の中で討論したその言論について、その議員は責任を問われることはないというのがある。それが議会政治の根本なんだよ。その言論ということに責任を問われることになれば、誰も怖くなってものがいえなくなってしまうんですよ。『神奈川新聞』の投書にみられるように、日本で再び恐怖や暗黒の中に国民を追いやっていく状態がきそうでならない。恐ろしいと思えば、何も見えなくなっちゃうし、誰にもさからえなくなっちゃうんだよ。
 今、テレビでやってる子供の歌に「お化けの歌」というのがある。夜、寝ようとしたら、隅っこの方に黒いお化けが出て、だんだんそれが大きくなってくる、そういうときは電気をつけてごらん、お化けはいなくなっちゃうという歌なんだ。この歌が、今、テレビで子供向けに流されているということが、ぼくにはある意味で現代を象徴しているように思うんだな。みんな、その暗闇のお化けにおびえている。だけど、電気をつけてみれば、そんなものはいないことがわかる。その電気というのが言論なんだよね。

矢崎
 いい話ですね。

羽仁
 ところが、スイッチは入れるけど電気はつかない。NHKにしても、朝日、毎日、読売にしても、どの言論機関も、自分で言論の使命を否定するようなことばかりやっている。ポルノ問題にしてもそうなんだ。『ニューヨーク・タイムズ』に『時計じかけのオレンジ』の作家が論文を寄せて「ポルノというものに対して、あらゆる権力による規制をすべきではない」と発言しているという話は前にしたが、なぜならば、これは読んでいい、読んではならないというふうに政府、つまり権力側が決めることは、国民が何を読んでいいのか、自分で決定することができなくなってしまう。こんな恐ろしいことはないんだよ。われわれは人間である以上、何を読み、どう判断するかを、自分自身で決めなくては、生きている意味がなくなってしまう。自分で決める能力を失ってしまうことほど恐ろしいことはないんだ。一度この能力をなくしたら、なかなか回復できないんだよ。

矢崎
 回復しようにも、何もそこになくなってしまっているような状況だって考えられますね。たしかに、それからでは遅い。

羽仁
 田中角栄が、あの『文藝春秋』の記事で反省してくれればいいが、恐らくそうはしない。それよりもっと悪い状態にもっていこうということが、すでに決意されているのじゃないか。国民を恐怖の暗黒の世界の中に閉じ込めてしまう。誰も何もいえない状態をつくろうとしているに違いないんだ。こんな時に、奇しくも新聞がかかげた標語に、ぼくは天を仰いで嘆息したよ。

矢崎
 「新聞が守るなんでも言える国」ですね。

羽仁
 そう。その新聞は何もいっていないじゃないか。何もいえない新聞が、こんな標語を出すなんて、ヒットラーのやったことより、もっとひどいデマゴギーだね。この標語が必要なのは新聞自身なんだよ。

矢崎
 新聞だけでなくジャーナリズム全体にいえることですね。テレビのディレクターやプロデューサーが先日集会をやったんです。とにかく今のままではテレビがだめになるということで、テレビマンたちが集まった。その席上韓国のマスコミ関係者で、追放されている人が発言したんですが、つい5年くらい前までは、韓国ほど言論の自由が保障されている国はないと思っていたというんです。ところがその自由の中で何をしたかといえば、自主規制だったんですね。新聞も放送も、現場の人たちが、これはいわない方がいい、あれはやらない方がいいと勝手にワクをつくっていたというんです。つまり、小さな規制が、現在のような手も足も出ないような状態をつくってしまったのだと述懐していました。

羽仁
 そうだ、それがさっきいったことなんだ。権力のやる干渉の先取り。そこから崩れてくる。

(中略)

矢崎
 今こそ本当の新聞が欲しいといいたいですね。

羽仁
 誰もがそう思っているんだ。標語なんかより、態度で示してもらわなくては、本当に困ることになるんだよ。"監獄へ"、これを旗印にしてやってもらわなくては、何もできやしないよ。

 羽仁さんは「日本で再び恐怖や暗黒の中に国民を追いやっていく状態がきそうでならない」あるいは「NHKにしても、朝日、毎日、読売にしても、どの言論機関も、自分で言論の使命を否定するようなことばかりやっている」と、ジャーナリズムの現状について強い危惧を示しているが、その当時(この対話は1974年11月に行われている)は既にそのような状況だったのだろうか。正直言って、当時の言論弾圧についての知識がほとんどない私には実感がわかなかった。しかし、前々回紹介した論文「日本におけるテレビ・メディアの支配過程」を今読んでいるが、当時既に羽仁さんが危惧するような状況だったことがよく分ってきた。少し長くなりそうだが、何よりも私自身の勉強のために、次回からこの論文を用いて戦後の言論弾圧の実態を追ってみようと思った。
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