2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(63)

権力が教育を破壊する(47)

教育反動(39):遂にここに極まれり(4)


 戦前の内務省官僚の体質を引き継いだ文科省官僚と財閥(財界)の傀儡政権である自民党(以下、「反動勢力」と呼ぶことにする)が躍起となって行ってきた教育反動が到達した現在の教育政策を単純化してまとめれば、「規制」(国家による教育管理の強化)と「自由」(教育への市場原理の導入)という、本来なら相容れない二方向の政策に引き裂かれている図が描かれよう。国民は強引な教育規制を受け入れざるを得ないと同時に、自由な選択を競って分断される。反動勢力にとって、この矛盾を矛盾とは思わない「国民」の育成が喫緊の課題となる。そのような国民は「道徳教育」によって育成される。特に「愛国心」の育成が要となる。反動勢力が「道徳教育」に躍起になっている理由の一つである。

 思えば、このような構図は現在に限ったことではない。近代国家成立以来の、教育を「国家による国民形成」と考える「近代教育」を貫徹している宿痾である。自立した真の国民が育成されるためには、このような隘路から抜け出る外ない。大上段に振りかぶると、ブルジョア民主主義国家から真の民主主義国家に生まれ変わる外ない。しかし、いわゆる「革命」は望むべくもない。そのための蟻の一穴は、地方共同体が一つでも多く真の民主主義を獲得していくことだと思っている。しかし、その道は細く長く険しいだろう。(ブルジョア民主主義国家については「 統治形態論・「民主主義」とは何か」「日本の支配者は誰か」を参照して下さい)。

 さて、こうした「近代教育」について、山本さんは「すでに耐用年数を超えたシステム」だと論断している。この教科書Eの結語に当たる文章を少し長いが全文引用しておこう。

 このような(注:「規制」と「自由」という矛盾を「愛国心」などをよりどころに貫徹する)論理が成り立つのは、教育を「国家による国民形成」ととらえることを最大の前提とする近代教育」の枠組みが、広く一般的な思考様式として存立している限りにおいてのことである。あるいは「近代教育」という枠組みの内部において、教育政策プランが策定されている限りにおいてのことである。

 しかしながら、すでに「国家による国民形成形」という教育上のシステムは、21世紀の現今社会にあって、それ自体が相当の制度疲労を起こし、すでに耐用年数の限界を超えているのではないか。校内暴力、いじめ、不登校、学級崩壊、体罰などの教育問題の頻発や教育委員会制度の疲弊はもとより、昨今における教育政策上の動揺と振幅、とりわけ「ゆとり」と「学力向上」をめぐる教育政策上の迷走は、まさに「近代教育」の制度的枠組みが、その歴史的使命を終焉させようとしていることの徴候と見るべきなのではないのか。

 だとすれば、少なくとも様々な教育問題の存在が顕著に浮上した1980年代頃から、すでに「近代教育」システムの制度疲労が深刻な拡散を示しつつあった可能性は否定できない。だが、それ以降の様々な教育改革論議や教育政策策定において、「近代教育」の枠組みそれ自体のあり方を吟味し、その枠組み自体の改革を志向する動きは、ほとんどこれを認めることができない。すでに耐用年数を超えたシステムを、そのシステムの存立を前提に見直そうとしても、そこに無理が生ずるのは誰の目にも明らかである。

 仮に、近年の教育政策動向を、制度疲労によって生じた様々な不具合を「市場原理」や「自由競争」の導入によって見えづらいものにし、実際に残された不具合を「愛国心」や「公共心」の育成によって修繕しようとするものと見ることができるのなら、この施策が「付け焼き刃」的な処方にすぎず、それが問題の根本的解決へのアプローチたりえないことは論をまたない。

 問題の所在へと根本的なアプローチを推し進めるためには、何よりも「国家による国民形成」という「近代教育」の枠組み自体を、それとは異なる外部的視座から批判的に吟味する必要がある。そのためには、「近代教育」成立の前提をなした「制度としての教育」の歴史的意味 ― すなわち、「制度としての教育」の最も重要な契機をなした政治の力が、教育の仕事の意味を国家統治や国家経営のための人材形成と見なす傾向にあること ― に再度重要な視線を投じなければならない。そして、それは歴史上「制度としての教育」の次の段階に位置づけられうる教育のかたちを構想する仕事になるだろう。

 もちろん現時点において、その構想は輪郭すら不透明であり、構想の可能性や実効性も未知数である。おそらく確かなことは、新しい教育のかたちを構想するための最も貴重な示唆は「歴史」の中に所在する、ということなのであろう。だからこそ、私たちは、教育が「習俗として行われていた段階」「組織を通して行われるようになった段階」の各段階にいかなる教育的価値が存在していたのか、そして、それらの中のいかなる価値が「制度としての教育」段階において喪失させられてしまったのかを、丹念かつ精緻に吟味していくことが求められているのである。

 21世紀に入ってからの反動勢力による教育政策の迷走を率先して強権的に推し進めたのが石原慎太郎だった。その結果はどうだったのか。それを見定めることが、私がこのブログを始めた直接の動機だった。改めてこの問題に関する記事を紹介しておこう。
「石原の都立高校支配の実態」
『「日の丸君が代の強制」と闘う人たち』

 上の記事は10年ほども前のものである。現在の状況はどうなのだろうか。最近保存した資料が結構たくさんあるが、その中から特に残ったものを三つ紹介しよう。(全て「都教委包囲首都圏ネットワーク」・「新芽ML」の渡部さんのメールからの引用です。)

 前回のメール(4月9日)で「教育勅語」原本の発見について書きました。

 そうしたところ、本日(4月16日)の「Web東奥」(東奥日報社)に、<誰が何のために? 青森高校1年生281人全員の机の上に「教育勅語」>という記事が出ました。「学校関係者は“珍事”に首をひねっている」と言っていますが、これは決して珍事ではありません。原本の発見と深い関わりがあると考えるのが当然です。

 現在このような形で、次々と「戦前回帰」現象が進んでいます。行き着く先は「戦前教育体制の肯定」ということに帰するでしょう。 すでに、「日の丸・君が代」の強制、「愛国心」の導入が進み、教科書検定強化、「道徳」の教科化、教育委員会の(行政への)下請け機関化が進みつつあります。私たちが考えている以上に事態は進行しています。一言で言うならば、新たな帝国主義的教育体制の確立です。

 そういえば、今年の一月初め頃に、産経新聞が報道したという記事を思い出した。塚本幼稚園という大阪市の幼稚園で、幼児たちに「教育勅語」や「五箇条の御誓文」を朗唱させているというのだ。そして、その幼稚園を訪れた安倍昭恵が感涙にむせんだというのだった。幼児教育までここまで劣化しているのかと、あきれてしまった。もっとも自らの子供をこのような幼稚園に通わせている親たちにとっては優秀な幼稚園なのだろう。ああ、可哀想な子供たち!!


 以下は千葉県高等学校教職員組合の仲間から送られてきたメールからです。千葉県の高校現場の実態がわかると思いますので、 紹介します。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 5月17日の千葉県高教組の拡大中央委員会では、安倍暴走内閣と県教育委員会による教育破壊攻撃への怒りの声が渦巻きました。その要旨を紹介します。

<「所得制限」で事務量が激増>
 安倍内閣による「高校授業料無償化の所得制限」は高校の事務職員に膨大な事務量を押しつけています。次のような告発と怒りの発言がありました。

 高校授業料無償化の所得制限では、定時制の事務職員も9:30頃には来て全日制の4人の事務職員と一緒に所得制限の書類のチェックの仕事をしている。

 高額所得者の授業料徴収を取るというのであれば、学校で所得のチェックをするより、高額所得者の所得税率を少し上げれば済むはず。ある事務職員は「事務職員で安倍内閣を支持する人は誰もいません」と語っています。

<4月に授業担当者がいない>
 学校現場の教職員不足は深刻です。4月になっても授業を担当する人員が確保できていない学校があいついでいます。次のような実態の発言がありました。

 私の高校の家庭科は4単位にしたので、正規教員が2人必要である。しかし、3月に臨時任用講師が来ると知らされたが、その講師が4月1日に辞退した。そのため、別の人を探さなくてはならなくなった。しかし、県教委は、校長に「動いてはいけない」と指示しながら、 なかなか非常勤講師を探せなかった。そのため、4月の3年生の家庭科の授業の半分は、普通科の授業をしてもらい、半分は自習。5月7日にやっと3人の非常勤講師が来た。

 今年4月に来る予定だった地学の先生は3月から入院していた。4月になっても入院中で、診断書がないので講師も探せない。ようやく4月2週目に診断書が出て、4月23日にやっと講師が来た。しかし、その講師は5月30日までの契約。7月まで入院が続くとも聞いているが、その後はどうなるかわからない。校長も異動してくる人が入院中だとは知らなかったと怒っている。入院中の人まで異動させるのは問題。

<深夜11時まで働かされている>
 学校は多忙を極め、どの学校でも深夜まで働かせられている実態が広がっています。次のような悲惨な状態が報告されました。

 若い人たちは10時11時まで学校に残って仕事をしている。シラバス(講義内容紹介)に意味があるのか。若い教職員はシラバスに授業内容が制約されている。平常点をどうするかを教科会議で延々議論している。しかも、シラバスにA3の表紙をつけて保護者にも渡している。それを教務の担当者がミスがないかチェックしている。 学校評価、授業評価など無意味な仕事が多すぎる。余計な仕事を精選し、切り捨てる運動が必要。

 定時制に勤務しているが、全日制の20代の教職員の勤務が過重で、定時制より遅くなっている。定時制は9:50にアラームを設置しているが、それより遅くなっている。

(以下、その2)

<多すぎる異動…24人も>
 最近の学校現場の異動数は多すぎます。職員の3分の1以上が異動した例も生まれています。次のような疑問が語られました。

 3月に24人が人事異動で転出し、27人が転入した。70人ほどの職員の3分の1以上で多すぎる。しかも、転入者の中で非常勤講師が5~6人、再任用教員が5~6人、新卒4~5人と多すぎる。

<不祥事根絶の目標を書け?>
 目標申告に「数値目標」を入れろとか、「不祥事根絶」の目標を書けと言われている学校が増えています。次のような職場状況が話題になりました。

 目標申告に「数値目標」を入れろと言われている。入れないと突き返される。

 目標申告に「不祥事根絶」の目標を書けと言われた。

 目標申告に「数値目標」として「保護者の満足度85%以上」と書けと言われている。

<専門性を無視した人事ばかり>
 専門性を無視した人事に、工業高校から次のような困惑の発言が相次ぎました。

 土木科があるが、土木専門の教員はほとんどいなくて、建築専門の教員ばかりで困っている。

 建築科に建築専門の教職員がいなくて困っている。再任用教員も機械専門の教員と土木専門の教員で、建築の専門の授業はできない。土木と建築がごちゃまぜになっている。

<「入試一本化」見送りにどよめき>
 「高校入試の一本化」が見送りに驚きと怒りの声が上がりました。多忙と教育破壊の原因の「5教科2回の学力検査に対して、「一刻も早くやめさせよう!」という次の発言がありました。

 職場で「入試一本化」が見送られたことに「どよめき」が起きた。校長も「私も一本化になると思っていた」と驚いていた。もっと運動を強めるべき。

<消費税8%で通勤の高速料金が2倍に>
 安倍内閣が強行した消費税増税の影響が出ているという次の発言もありました。

 90分かけて80㎞の遠距離通勤をしている。高速道路を使うが、以前は6時前に通過すれば900円だった高速料金が、消費税が8%に上がったために2010円に上がった。

他にも、「再任用教職員には扶養手当などが出ない」、「卒業生がブラック企業に入り、毎日の帰りが夜の12時前。高教組として労働基準法などをわかりやすく知らせるパンフレットを高校生に配布すべき」などの意見も出されました。 ~~~~~~~~~~~~~~~
まさに凄まじいばかりの現場の実態です。しかもその内容が酷い。教育条件は悪化する一方で、かつ賃金・退職金も大きく下がっている中で、教員は多忙化に苛まれ、<シラバス>や<目標申告>などについては、生徒の実態抜きの「机上の空論」に延々と時間をかけさせられています。これでは教員は疲れ果て、教育内容は形骸化し、生きたダイナミックな教育はできないでしょう。 教員にとっても生徒にとっても学校はますますつまらなくなるでしょう。「教育再生」どころか「教育破壊」がますます進行するでしょう。どこかで、誰かが(否、みんなが)、大声で、上(管理職、教育委員会、文部科学省)に向かって「いい加減にしろ!!」という必要があると思います。でなければ、「このままでは殺されてしまう」として、「ストライキ!!」です。

 だいぶ長くなりましたが、最後に「君が代」不起立を続けている田中聡史さんに対する思想変更を迫る「再発防止研修」の抗議・支援行動に参加された方の発言。

 生徒が軍隊みたいな学校で辞めたいと言っていた。生徒指導部長は、生徒たちを怒鳴り散らしていた。担任もちょっとしたことで生徒の胸ぐらをつかんで怒鳴っていた。今の学校は荒廃している。生徒の人権侵害、暴言暴力が横行している。そのことを校長に訴えても『生徒から苦情が来ていないので、何の問題もない』と言う。教員の人権も踏みにじられている。今の都立学校に言論の自由、民主主義はない。全部上意下達で、教員をロボットのようにこき使っている。意味のない事務仕事で朝の7時ころから夜の10時ころまでパソコンに向かって事務作業が強いられる。その象徴が『日の丸・君が代』だ。間違っている。研修はイジメだ。

 予想していた倍ぐらいの長さになってしまいましたが、これで「権力が教育を破壊する」を終わることにします。
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この記事へのコメント
大阪の教育「改革」
石原慎太郎「亡きあと」これを真似て教育「改革」を大阪で進めているのが橋下氏。その仕上げ(更なる一歩かも)が石原氏と同じ「都知事」になることだと考えるとよく理解できます。安倍首相とも思想が共通し仲よさそうだし・・
2015/04/08(水) 12:07 | URL | 怒れるナニワ人 #XPujab02[ 編集]
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