2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(53)

権力が教育を破壊する(36)

教育反動(28):中曾根臨教審(6)


(3) 「教育の自由化」論

 「教育の自由化」は臨教審第一部会「21世紀を展望した教育の在り方」で議論された。「教育の自由化」は、当初は規制緩和(ディレギュレーションderegulation)と呼ばれていたが、これを「自由化」と訳した。そこには、あたかも「現在の公教育に自由がないので、それを自由化する」と、公教育への不信をあおる意図があったと思われる。そして、戦後教育の基調の一つである「機会均等」という概念を「画一主義」にすり替え、それと対抗する概念として「個性重視」を打ち出してきた。それは、京都座会の提言と同様、学校間・生徒間、さらに教師間にも、能力主義と市場競争の原理を導入し、教育を企業の投資対象とする道を開くためであった。総じて、教育の機会均などの民主主義的原則を否定し、それがあたかも自由の対立概念であるかのように見なして進めた論理的詐術とでも言えばよいだろうか。では、実際にどのような議論が進められていったのか、たどってみよう。

 1985年2月9日、臨教審の第一部会は、「教育の自由化」をめぐって激論が続いたという。「審議経過の概要(その2)」にその論議の内容が記述されている。しかし、『朝日ジャーナル』には、それとはニュアンスを異にする、未公表の議事概要が紹介されているという。久保さんはまず初めにその未公表の議事概要を取り上げている。次のようである。

「臨教審として、第三の教育改革を訴えるには、やはり『自由化』を強調することがポイントだ」。

「親が子供を育て、教師が生徒を教えるという行為に『自由化』という言葉はなじまない」。

「いや理念として『自由化』が入っていなければ改革の名に値しない」。

「教育における『自由』という言葉がわからない」。

「文部省が『自由』を避けてきたことこそ問題である。教基法の第一条、第二条に掲げられているのは、まさに『自由』の原理であり、戦後、文部省、日教組ともこれを忘れたのではないか」。

「自由の大切さは、理念としてはもっともである。しかし教育の現場では『自由』をめぐる不幸の確執が続いてきた。校長は教員に対し余計な口出しをするなという意味での『教師の自由』は裁判ざたにもなったし、ここでは自由は無規律と解されるごとくになっている」。

「文部省も教育委員会も校長等の管理責任者も、この意味での自由=無規律の是正のため、必死に努力してきている。生徒の構内暴力の非行にも、教師対生徒の関係の無規律にその原因の一端があり、このための是正も懸命に行われている」。

「自由という言葉は、学校現場では、日教組が校長等の管理者のコントロールに服さず、勝手きままにするという意味にとられるのか」。

「その通りであり、学校現場はやっと立ち直りつつある状況にあり、いま『自由』というと誤解されて、また逆戻りするのではないか心配である」。

 久保さんはこうした議論を
『このように「教育の自由化」論議で問題になるのが、文部省サイドの委員の中から、自由という言葉を多年使い続けてきたのは日教組であり、いままたそこに自由という言葉をもち込むと現場が再び無秩序になり混乱するからという根拠で、反対論を繰り返し展開することであった。次元の低いものであった。』
と、切り捨てている。

 「審議経過の概要(その2)」によると、上のような論争を通じて、「教育の自由化」は、「理念のレベル」と「手段のレベル」の両面にわたって検討されるべきであるという主張がある一方、「教育の自由化」そのものに反対という主張があり、混沌とした議論が展開された。そして、最終的には
『戦後教育においては、「教育の機会均等」の実現をめざすあまり、「平等」の概念が強調されすぎ、個性の尊重、自律、自己責任というような「自由」の概念が軽視されてきたから、教育改革の基本方向として、個性の尊重、個人の尊厳をかかげる』
ことに、ほぼ共通の認識が得られたという。

 「中曾根臨教審(4)」で取り上げた「京都座会」の「教育の自由化」論に沿った主張を臨教審で展開したのは、天谷直弘(元通産審議官 京都座会のコアメンバーであり、臨教審第一部会長に就任している)や香山健一(学習院大教授・政治学)等の委員であった。彼らは教育改革の手段と方法について、つぎのような主張をしていた。
『義務教育の在り方、学区制、学校と塾、公立学校と私立学校、学校の設置基準、教科書検定、教員採用、文部省・教育委員会の役割、等の諸分野について、従来の教育行政における規制、許認可を見直し、児童・生徒・父母の選択の自由を拡大すべきである』

 これを素直に受け取れば、教科書検定を初めとする文部省による教育への過度な介入を批判しているように見えるが、「中曾根臨教審(4)」で見たとおり、京都座会の提言にはそのような主張はこれっぽちもない。天谷らの主張に対しては、画一性などを打破する必要は認めつつ、
「急激な自由化は、混乱や弊害を呼ぶ危険があり、とくに義務教育段階の学校設立の自由や学区制の廃止等には慎重を期すべきである」
という反論があったというが、天谷らに批判的な委員たちも「文部省による教育への過度な介入」を問題化する意義など全く念頭にない。

 「教育の自由化」という概念から私たちが受け取る意味は、教科書・教育内容に対する権力の介入排除、国民・地域住民に直接責任を負う教育行政機関への参加の自由、教師の教育の自由などであり、総じて「国家権力からの教育の自由」であろう。もちろん、香山の主張する教育の自由化は、そうした真の意味での「自由化」ではない。香山は、歴代文相と臨教審幹部との懇談会(1985年1月31日)において、教科書検定についての自説を述べ、文相経験者たちを安心させているという。

 香山が打ち出した京都座会の「教育の自由化」論は、反対意見と妥協しながら方向転換を行っていく。「概要(その2)」では、「教育の自由化」の言葉は消え、それに代わって、「個性主義の原則」なるものが、教育改革の理念として浮上している。日本を代表する(と自負しているであろう)知性の集団が作成した妥協の産物はそこらじゅう支離滅なしろものとなっている。久保さんはその「概要(その2)」の記録を追いながら、それを厳しく批判している。次のようである。

 「概要(その2)」は
「この個性主義とは、個人の尊厳、個性の尊重、自由、自律、自己責任の原則の確立であることを確認した」
と定義付けをしている。

 個性主義という用語からして、日本語として意味不明である。その内容も、次元を異にする価値観を、並列、羅列しているにすぎない。そして、続けて、「個性主義」に関して留意すべき点を挙げている。

「① 個人レベルの個性だけでなく、家庭・学校・地域・国・時代などのレベルの個性を幅広くとらえる必要があること」
としている。

 ここでも、個性尊重の原則を強調する視点から、このような対象を列挙して何をいおうとしているのか、漠然として、理解できない。

「② 日本文化の個性は、伝統文化を踏まえた新しい文化の創造によって発展するものであること」
を挙げる。

 これは、一つの日本文化論であって、なぜこの論点だけを強調するのか、また、それが、個性尊重の教育とどう結びつくのか不明である。

「③ 個性主義をエリート主義と解するのは誤りであり、むしろ多様な個性の開花により偏差値型エリート主義の弊を改めようとするものであること」
という。

 このような表現をして、弁明をしなければならないのは、自由化論者(香山、天谷委員他)が、戦後教育を「平等」ばかり強調する画一主義であったとのべ、学校にも、生徒間にも、教師間にも、能力の原理と競争の原理を導入して活性化させようと主張していたからである。その論理の発展として、当然、「個性主義」と「エリート主義」の結合を考えるのは自然であろう。それを裏づけるかのように、臨教審は、具体的提言で、エリート化する危険があるとみずから認める六年制中等学校の創設を提言しているほどである。

「④ 教育の場に特定のイデオロギーを持ち込むことは個性の伸長を妨げるおそれがあること」
まで確認されたという。

 この命題も理解に苦しむところである。特定イデオロギーに限らず、政治的あるいは党派的思想の強制、権力の教育介入は、個性の伸長だけでなく、教育全般に悪影響を与えるものとなる。学習指導要領の法的拘束化や検閲的教科書検定こそ、個性の伸長を歪める最たるものであることを銘記すべきである。

 こうして、臨教審の文書からは、「教育の自由化」の用語が消え、理解することの困難な「個性主義」が、それにとって代わったのである。それについて、天谷第一部会長は、口頭で、
「いわゆる自由化とは審議メモにいう画一性・硬直性の打破、個性主義の尊重の意味であったように思う。しかし『教育の自由』をまったく別の意味に解する向きもあるので、個性主義という表現を用いることがより適切であろう」
と付け加えたという。

 これは、明らかに、前述したように、自由化派と反自由化派の対立調整の妥協案であった。これによって、正統的な教育の自由論を逸脱した京都座会的自由化主張さえからも、後退したことを意味した。

 臨教審提言した六年制中等学校は現在「中高一貫教育」と呼ばれて全国的に展開されている。それらは明らかにエリート校をを目指すものである。

 また、教育の場に自民党公認の国家主義という特定のイデオロギーを持ち込む動向もいよいよあからさまに推し進められている。その典型的な事例が「日の丸君が代の強制」である。
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