2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(50)

権力が教育を破壊する(33)

教育反動(25):中曾根臨教審(3)


1984年1月4日
 伊勢神宮参拝後の記者会見での中曾根談話。
「教育改革では、1月中に中央教育審議会に諮問したい。できるだけ早く、しかも全力を尽くしたい。」

(ついでながら、首相の伊勢神宮参拝は、靖国神社参拝と同様、政教分離にもとる憲法違反の行動である。)

1月7日
 これを受けて文部省は「第14期中教審を1月末に発足させる」ことを決めた。

 しかし、中曾根は教育改革の検討を中教審に委ねるのか、それとも別な機関を設けるのか、揺れ続けていたようだ。

1月9日
 中曾根は森喜朗文相に対して、
「戦後政治の総決算を行うべきだ。そのために行政改革・財政改革に加えて、教育改革の機は熟している。内閣全体として取り組む必要がある」
と述べ、「首相の直属機関」による教育改革の審議を強く求めた。

 これに対して、森文相・文部当局・自民党文教部会は首相直属の機関が教育改革の主役になることには危惧の念を持っていた。文相・坂田道太元文相・海部俊樹党文教制度調査会長らがいろいろと意見を交わした結果、海部が首相を訪ねて次のように伝えた。

1月23日
「文部省の責任と中教審の過去の答申を尊重することを条件に首相直属の機関の設置を党として正式に了承する。」

 そして2月1日、首相と文相の会談で教育臨調の設置は本決まりとなった。

2月6日
 中曾根は衆議院における施政方針演説で次のように述べている。
「教育改革は、全国民の皆様のご支援の下に、長期的かつ国民的裾野をもって進められるものだ。このための内閣総理大臣の諮問に応じて改革案を調査審議する新たな機関を設置すべく検討を進めていく。」

 自民党は、1984年度の運動方針で
「正しい民主主義と祖国愛を高揚する道義を確立するため、現行教育制度を改革する」
と宣言している。そして、党内には、教育基本法を改正して、国家意識の高揚のため、愛国心や防衛教育の必要性を盛り込もうとする目論みが強くあった。それは、改憲と軌を同じくする動きである。とうぜん「戦後教育の見直し」を行おうとする中曾根の教育改革論にも同じ意図が隠されていることが追い追いと明らかになってくるだろう。

3月27日
臨時教育審議会設置法案を国会に提出。

8月6日
 参院本会議で可決成立、8日公布。

 臨教審の委員は、25人以下で組織され、総理大臣が任命し、答申等は国会に報告するものとされた。1984年8月21日に施行され、3年を経過しだ日に効力を失う、時限立法である。

 ちなみに、臨教審法の第一条は
「教育基本法の精神にのっとり、その実現を期して各般にわたる施策につき必要な改革を図る」
とうたっている。「「愛国心や親孝行」を表だって主張することは避けている。これについて、久保さん(教科書Cの著者です)
「これは一つには、野党対策でもあり、二つには、前述したように、こと荒立てて教育基本法改正といわなくても、解釈改法により、実質的に改正の目的が達成されるからである。」
と論評している。

 では、その臨教審がどんな審議をしたのか、たどっていこう。

 臨教審第1回総会は、9月5日に開催された。その際、中曾根首相は、
「我が国における社会の変化及び文化の発展に対応する教育の実現を期して各般にわたる施策に関し必要な改革を図るための基本的方策について」
を諮問した。諮問理由はつぎのとおりである。
「21世紀に向けて我が国が創造的で活力ある社会を築いていくためには、教育の現状における諸課題を踏まえつつ、時代の進展に対応する教育の実現を期して、教育基本法の精神にのっとり、各般にわたる施策に関し必要な改革を図ることが喫緊の課題であり、そのための基本的方策を樹立する必要がある」。

 臨教審の委員には、会長に元京大学長岡本道雄、会長代理慶應義塾塾長石川忠雄、同日本興業銀行相談役中山素平の3名のほか、22名が選ばれた。そして、検討課題別に次の4部会に分けて、審議を開始した。
第一部会
 21世紀を展望した教育の在り方
第二部会
 社会の教育諸機能の活性化
第三部会
 初等中等教育の改革
第四部会
 高等教育の改革

 その後、臨教審は四次にわたる答申を発表して、任務を終了している。
1985年6月26日 第一次答申
 我が国の伝統文化、日本人としての自覚、6年制中等学校、単位制高等学校、共通テスト
1986年4月23日 第二次答申
 初任者研修制度の創設、現職研修の体系化、適格性を欠く教師の排除
1987年4月1日 第三次答申
 教科書検定制度の強化、大学教員の任期制
1987年8月7日 最終答申
 個性重視、生涯学習、変化への対応

 臨教審の設置に当たって、中曾根は「中教審の過去の答申を尊重すること」を一つの条件として受け入れた。従って、臨教審の審議は中教審のこれまでの審議結果を踏まえて行われているが、実は臨教審の審議に影響を与えたのはそれだけではなかった。

 1983年4月27日(これは臨教審設置法案の国会上程の5日前)に、中曾根が私的諮問機関として設置した「文化と教育に関する懇談会」の答申と、松下幸之助が創設(1983年4月27日)した新政策研究提言機構「世界を考える京都座会」の「学校教育活性化のための七つの提言」という意見広告が同時に発表されている。この答申と提言が臨教審の審議に強い影響を与えた。久保さんはこの答申と提言の同時発表は偶然ではないと、次のように分析している。

「前者は前述したように、中曾根首相の私的諮問委員会であり、後者は、後述するように、中曾根首相のブレーン、文教懇委員、行革臨調委員、のちに臨教審委員となるメンバーも含まれている会であった。したがって、これは、偶然的ではなく、意図的に仕組まれたものであり、臨教審設置法案審議に向けてのアピールであったといえよう。」

 では、「文教懇の答申」と「京都座会の提言」の内容はどのようなものだったのか、それを見ていこう。

「文教懇の答申」

 文教懇の答申は、当初1984年6月の予定であったのが、中曾根の強い要請によって、3月22日に発表されたものである。この急遽早められた答申については、久保さんの解説と批判をそのまま引用しよう。

 したがって(急遽早められたために)、それは、
「報告書のとりまとめは、文部省のOBの天城勲氏と文部省から総理府に出向している森内閣審議官があたり、詰めの段階では「ノリとハサミの徹夜作業」『あれも足りない。これもない』ということになったが、委員の日程調整がつかず、2、3月は持ち回り協議が頻繁に行われた」
という状況の中で起草されたものであった。

 「文化と教育に関する懇談会『報告』の共通意見」は、総論、
一、教育の現状について、
二、教育問題発生の根本原因について、
三、教育改革の基本的視点について、
四、教育改革の方向と主な課題について、
となっている。

 総論においては、現代日本のおかれている状況分析から教育改革の課題を位置づけようとしているのであろうが、考察が皮相的であり説得性が薄いものとなっている。
「今日、人間性をはぐくむべき教育の分野では、画一主義の浸透により、個人の能力や実力よりも出身校や学歴が過度に重んじられ、受験体制教育が進み……」
とのべ、画一主義の弊害を指摘している。しかし、何故画一主義が浸透してきたのかの原因の分析にはいたらない。学習指導要領の拘束性や教科書検定の弊害についてはまったく目を閉ざしている。そして、
「我々の歴史は、人間と社会について、常に時代を超えて『不易』なるものと、『変化』するものとがあることを教えている。来るべき未来に向けて、既成の通念にとらわれない、新たで最も必須なものの教育が行われなければならないが、それとともに、人間が社会を作り上げていく以上、人間として当然備えるべき不易の価値を保持し、より高め、養っていくことこそ教育の本旨であろう」
とのべるにいたる。

 これは、時々刻々変化している社会の中にあって、世代を超えて、求められる道徳性をより高めていくことこそ、不易の価値の高揚であり、それが、教育の本来の趣旨であると説いたのである。これは、そのまま、臨教審に引き継がれ、「不易」と「流行」の措辞で論じられている。

 そして、この総論部分の結論は、
「我々は、以上のような基本的認識の下に、教育基本法や教育に関する特定の見解にとらわれず、特に今後の教育の在り方 ― 教育改革の必要性と課題 ― に焦点を当て、以下のように我々の意見を整理した」
というものであった。教育改革に当たっては、教育基本法の改正をも臆することなく行うことに意見の一致を見たということである。

 こうして、根本的な原因の追及を怠り、現象的な教育の弊害を画一主義批判に集中し、教育の本旨を道徳価値の高揚ととらえるような、不易の価値を強調し、教育基本法をも改正する方向を示したのである。

 上に記したように、四項目において総論を具体化しようとするが、いずれも、きわめて抽象的文言に終始している。第四の「教育改革の方向と主な課題」において、
「学校教育制度の多様化と運用の弾力化を図り、希望する者に選択の余地を残す学校制度の再編を図ること」
と答申しているが、これは現行教育制度の能力主義的効率的再編の提起であり、単線型学校制度に歪みを与えるものとなる。

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