2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(44)

権力が教育を破壊する(27)

教育反動(19)


 羽仁さんの勤評についての談話を転載しよう。

 これが制定されたときに福田恒存君が「勤務評定は軍国主義につながって、風が吹けば桶屋が儲かるのと同じだ」といっていたが、実にその通りなんだ。風が吹けば桶屋は儲かるんだよ、現実というのはいろんな所に関連があるからね。ちょっと見ただけでは、関連がないような所に関連を発見するのが学問なんだよ。

 この勤務評定だが、いったい誰がやるのかということが問題なんだ。つまり校長がやるんだよ。教師が相互に勤務評定をやるのだったら、それは結構ですよ。それから教師が校長を勤務評定するんだったら、なおいいね。生徒が教員の勤務評定をすれば、ますますいいでしょう。

 大学生が教授の任命権を持たせろというのはそれなんですよ。ひどい教授が多いんだからね。現に、ドイツなどでは聴講制度というのがあって、聴講生が少ないとその教授は首になるんだよ。日本では、聴講しなければ、単位をくれないんだからね。単位をもらうために学校へ行っている。これが文部省教育だ。文部省がなくなれば、くだらない教授の講義を聞く大学生なんていなくなっちゃう。それに、文部省がなくなれば、財界と結託できないから、財界で採りたいような入社試験というものもなくなる。

 受験地獄というけれど、この勤務評定は校長がやるということに一番の問題がある。すなわち、教員は校長の前では何もものがいえなくなるということなんだ。この勤務評定というのは、教員沈黙法なんだよ。教員が黙ってしまうというようなこんな恐ろしい社会はないね。国民を代表している教員が黙っちゃうということは、国民が黙っちゃうということだからね。ところが現実は、ほとんどの教員が思っていることをいわなくなっている。たまたま思っていることをいうと首になってしまう。これは日教組も擁護できないんだね。

 本当に無邪気な先生は、本気で子供を相手にするんだよ。すると当然問題が起こって、その先生は首になる。子供達は一所懸命復職を要求する。ところが、日教組は組織決定とは関係ないといって、一緒に闘おうとしないんだね。全国の教員がどういう状態にあるかと思うと、ぼくは哀れで夜も眠れない。気の弱い、勉強の好きな、人の好い人が教員になるんだよ。これらの先生がどんな気持で学校へ行っているか、このことがビンビン、子供に反映するんだね。だから、この勤務評定というのはどんなに恐ろしい制度であるか、明らかなんだ。一刻も早く廃止するべきだ。

 勤務評定に、東京都で敢然と反対して、校長としてはとてもできないといった人は、東京都の教育委員会で首になった。この間、その裁判があって、裁判にも敗けた。この校長を日教組は支援もしていないんだね。人間なら、一緒に働いている同僚の評定などできるはずはないよ。裁判所だって勤務評定は憲法違反じゃないといって、上司の命令に服従しないのは首を切られても当然だという判決を下すんだよ。これは、裁判所が、命令が教育だと思っている証拠なんだ。すなわち、軍国主義というか、侵略主義なんだ。上司の命令ならなんでもやってしまう。

 最近のいい例が、小野田さんだよ。それで、自分は何にも悪いことをやったと思っていない。この罪悪感がないということが、日本の教育の根本的問題だね。日本国民には罪悪感がない。被害者としての意識はなぜかあるんだ。東京空襲のように、立派な本を作って、展覧会をやったりするんだよ。だけど、南京虐殺の調査というのはちっともやらないんだ。だから被害者の意識はあるけれども、加害者の意識はゼロなんだな。

 大分前だけど、テレビで田中角栄と瀬戸内晴美さんが対談やっているんだよ。さすがに瀬戸内さんは、田中をいろいろと問いつめるんだよ。ところが、田中はノラリクラルと逃げる。とうとう、瀬戸内さんは「あなた宗教は?」と聞いたんだね。田中は「私は至って信心深い、仏様でも、神様でも何でも拝みます」つていうんだよ。さすがに瀬戸内さんも驚いて「あなたはおそれということを知らない人ですね」といったよね。こういう人間を文部省は作っているんだよ。罪悪感がゼロなんだ。

 教員にしても、裁判官にしても、公務員にしても、罪悪感のないほど、恐ろしいものはないと思っている。警察が日教組を逮捕するのもそうですよ。これがすべて、勤務評定からきている。

 「勤務評定に、東京都で敢然と反対して、校長としてはとてもできないといった人」が東京都の教育委員会に首になった経緯は教科書Cが詳しく記録している。以下、教科書Cにより、その経緯を追ってみる。

 まず、東京都が勤評実施を決定した経緯は次のようである。

 愛媛県での勤評問題に当面して、文部省は愛媛県教育委員会を擁護する施策を始めた。文部省が主導して、全国的に勤評が実施しやすい標準的試案を都道府県教育長協議会に作成させた。その試案は1957年12月20日に発表される。この試案は愛媛の勤評のばかばかしさにさらに輪をかけたしろものであった。

 この「試案」によれば、「勤務評定の趣旨」として「勤務評定は、一般公務員や、会社その他の企業体の職員等について、すでに広く実施されている。およそ人事管理は、職員の勤務実績や能力に即応して行われるもので、わが国の公務員制度も職員の実績や能力に応じたいわゆる成績主義を基本的原則としており、職員の適正配置、給与の決定、研修、指導、褒賞などの人事管理を公正に行うための基礎資料として勤務評定が考えられる」としている。そして、都道府県教育委員会の勤務評定計画樹立に際して留意すべき点として、

 勤評の時期、方法、内容等を細部にわたって定めること、

 実施に関する規定を、規則、通達のいずれかにする、

 評定の内容は、非公開とすることが適当である、
を挙げていた。

 それに続いて試案の概要を示して、特性・能力のほかに、職務の状況と勤務状況について記録し、特記事項の具体的記述と総合的な評価を総評として示すように示唆していた。評定する項目は、82項目にわたっており、その複雑さは愛媛の比ではなかった。82項目の中から一部を摘記すると、

○ 指導方法は児童・生徒の実態に即しているか。
○ 豊かな愛情をもって親切に指導を行っているか。
○ 日頃、研究修養に努めているか。
○ 正直で良心的であるか。
○ 上司や有力者にへつらい、取り入ることがないか。
○ 他人の欠点や誤りに寛容であるか。
○ 身体や服装が清潔であるか。
○ 生活態度が清廉であるか。

 「清廉な服装」という外面的なことから、子どもに対する指導を「愛情」をもって行っているかという内面的なことまで、それも、生活の素振りにおいて、心が清らかで私欲がないこと、についても、すべて82項目にわたって、一人ひとりの教師について評価しようというものであった。

 これについて、今井誉次郎(国語教育者、児童文学作家)が『日教組教育新聞』(1958年1月17日付)で次のように書いている。

 ある県のある校長が、こんどの都道府県教育長協議会から出された教職員の勤務評定試案についてつぎのようにいっていた。

 なにしろひとりひとりの教員についてそれぞれ82項について評定しなくてはならない。しかも、そのひとつひとつの項目がむずかしく評定が容易でない。たとえば ― 基本的生活指導(しつけ)、道徳的心情や判断力を育成するためによく研究し努力しているか ― というような1項について考えても、基本的生活指導はしつけだといっていいかどうかもわからないね。こんなハッキリしないことで勤務評定するのはごめんだね。

 その上、82項目では、1項目について1分間ずつ考えても、82分かかる。ただでさえ忙しいのに、これでは1日に1人やるのさえ大変だ。職員は30人だから土曜・日曜までいれて、評定するだけに丸1ヵ月はかかる。その上ひとりひとりのまとめの票をつくり、また別に履歴書よりくわしい教職歴から家族のひとりひとりの状況などまで記入したものを作らなくてはならない。よくまあ、机上プランで、こんなバカゲタことをきめたものだ。

 まったくこの通りで、勤務評定は慎重にということで、詳しくやることにしたのかも知れないが、不合理なものは、どんなに詳しくしてもますます不合理になるばかりである。

 日本教育学会も、1958年4月に日本教育学会教育政策特別委員会(委員長、海後宗臣)名で公表した『教師の勤務評定の第二次検討及び教師の勤務評定問題に関する全般的見解』の中の「都道府県教育長協議会『試案』の検討」で同試案を厳しく批判した。その概要は次のようなものである。

第一
 『試案』の論理は軽からぬ誤謬を含んでいる。
1 『試案』はなんら研究の裏づけをもっていない。
2 『試案』の論理は、弱みをかくすかのような弁解と強弁に満ちている。

第二
 『試案』の教職観は構造的でなく、建設的でない。
1 『試案』は教職員がたがいに協力して学校教育を高めることを推進するような教職観に立っていない。
2 『試案』は教師の主体性、創造性を軽視し、上から教育を規制しようとする態度をもつ。
3 『試案』は職務活動のゆがんだ現状をそのまま固定させてしまう考え方である。
4 『試案』は教育の諸条件の不備には眼を蔽い、その結果を教師個人の責任に帰せしめようとする傾きがある。

第三
 『試案』の人間観は機械的である。
1 『試案』は皮相で浅薄な人間観を示している。
 一、二の例をあげよう。
『上司や有力者にへつらい、取り入ることがないか』などは典型的というべく、ほかならぬ当の上司が、この項目があることによって、へつらう部下をかえって低く評価し得るようになると考えるのは、あまりにも皮相浅薄な人間観であるというほかない。
 校長も『身体や服装が清潔であるか』を観察され、学童なみにあつかわれることになる。『明朗、陰気、素直………』と90以上の性格評語例をならべ、これで『人間像を浮き彫りにしようとする』というのは、あまりにも機械的ではあるまいか。それは浮き彫りではなくてレッテルをはることであろう。
2 『試案』には人間尊重の気持が稀薄である。

第四
 『試案』の人事管理についての考え方は矛盾を含み、教育人事を公正妥当にするとは考えられない。 1 『試案』は考課のもつ不合理性を克服していない。 2 『試案』の五段階の格づけは、いわゆる絶対評価の建前と矛盾している。

第五
 『試案』は教育行政に対して法制上の混乱をもたらすものを含んでいる。
1 『試案』においては、公立義務教育学校の教員について、県教育委員会が、その勤務内容と職務遂行の水準とを実質的に設定することとなるが、このことは県教育委員会の権能を超えるものである。
2 地方教育委員会の教育長は、その資質において、評定または調整を行うのに不適格であると思われるものが多い。

 このようなまっとうな厳しい批判を理解する知性を持たない連中、つまり反知性主義に呪縛されている連中が教育委員を務めている。東京都は、本島寛教育長が「都道府県教育長協議会試案」作成において推進的役割を演じた関係からだろう、1957年12月20日、同試案が発表されると、直ちに全区市町村教委、公立学校長、教職員組合等関係者にこれを送って、内容の検討を求めた。

 現在、アベコベ首相を「反知性主義の親玉的存在」と位置づける論調(まさにその通り!)が多く見られるが、反知性主義は今に始まったことではない。戦後の反動化を推進してきた財政官学界に蔓延している思考癖である。反知性主義について、つい先日、東京新聞の「本音のコラム」で佐藤優さんが次のように書いていた。

『この一年を振り返って痛感するのが、政治エリートの間に反知性主義が蔓延したことだ。反知性主義とは、「客観性、実証性を軽視もしくは無視して、自分が望むような形で世界を理解する態度」のことで、高等教育を受けた者が反知性主義のわなに足をすくわれることもまれでない。』

 この反知性主義が歴史認識において適用されたのが歴史修偽主義である。
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