2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(36)

権力が教育を破壊する(19)

教育反動(11):番外編:アメリカによる日本占領は終わっていない(3)


(今回も前回の補足から始めます。)

 私が愛読しているサイトの一つ『澤藤統一郎の憲法日記』の今日(11月18日)の記事は『いよいよ「終わりの始まり」ー沖縄知事選とアベノミクス失敗』だった。その中に前回書いたことと関連する事柄があったので紹介したい。

 澤藤さんは「幸先のよい前哨戦の勝利、翁長候補の当選を素直に喜びたい。」と沖縄知事選の結果を評価しているが、「率直に言って、翁長候補の政治姿勢には大きな違和感を感じる」と一抹の危惧を漏らしている。その危惧の論拠として、沖縄タイムス(電子版)11月8日付の「沖縄知事選公約くらべ読み:『憲法』」という記事を取り上げて、記事の中の「候補者の見解」を紹介しながら、それを論評している。その中の「憲法9条に対する各候補者の見解」のうち、喜納候補の見解とそれへの論評が私の目を引いた。澤藤さんは「喜納候補の憲法論は歯切れがよい」と評価している。喜納さんの見解は次のようである。

集団的自衛権不可 喜納昌吉氏

 現行憲法には国会議員の免責特権をはじめ、重大な欠陥があり、前文と9条の崇高な精神を継承・発展させて改憲すべきである。

 1条から8条はなくし、国民主権を第1章とすべきだ。
 第1条は国民の抵抗権。
 「すべての国民は外国の侵略あるいは国家の圧政により、生命および基本的人権がおびやかされる場合、可能なあらゆる手段・方法をもってこれに抵抗し、これを排除する権利を有する」旨を明記すべきだ。
 9条には第3項を加え「集団的自衛権についてはこれを認めない」と明記するべきである。
 現政権による「集団的自衛権の行使容認」は国家による武力の行使、すなわち戦争の容認であり、明らかな憲法違反だ。
 これを閣議決定による「解釈変更」で強行したのは、まさに「ナチスの手口」によるクーデター。

 これに対する澤藤さんの論評は次の通りである。

 個人的にはシンパシーを感じる主張。基本姿勢において「護憲派」ではなく、人権・民主主義・平和主義を徹底する立場からの「改憲派」なのだ。天皇制をなくすことを公言するその意気やよし。しかし、問題は、この主張では勝てる見込みがないことだ。この人と組むことは、私個人なら喜んでするが、政党や政治勢力としては難しかろう。

 喜納さんが「第1条は国民の抵抗権」と言っているが、これは吉本さんが言う「政治的リコール権」にほかならない。また、澤藤さんは喜納さんを「改憲派」と呼んでいるが、日本の人民が「人民の人民による人民のための」憲法を制定したことはないという白井さんの指摘に従えば、「制憲派」と呼ぶのが正しい。

 さて、これまで論じてきたように、自民党政権は一貫してアメリカ・財閥・官僚の傀儡政権であった。そして、そのようになっていった淵源はGHQの占領政策が大日本帝国の天皇制官僚を使った「間接統治」を行った点にあった。その占領政策の結果、天皇制官僚と財閥が生き返った(その経緯については「日本の支配者は誰か」をご覧下さい)。

 自民党政権が一貫してアメリカの傀儡政権でもあったことは明らかであるが、そのことを最もあからさまに表面化させた結節点は1953年10月の池田・ロバートソン会談だったと、私は捉えている。そこで、池田・ロバートソン会談についてはすでに何度か簡単に触れているが、教科書Aが詳しく論じているので、少し長いが、ここでそれを転載しておくことにした。次のようである。

 1953年7月27日、朝鮮休戦協定が調印された。それは、アメリカの朝鮮侵略の失敗を意味していた。そしてそれは、アメリカの極東戦略体制のうえでの日本の地位をいっそう重視させることとなり、ヨーロッパにおける西ドイツとならんで、日本を反共軍事拠点としてかためる政策となってあらわれた。

 アメリカの軍需・発注にたよっていた日本経済は、中間的な恐慌の徴候をあらわし、その活路をさがし求めていた。朝鮮戦争による「特需」に支えられていた日本の戦争経済は、その休戦を契機に消費財部門から生産財部門に波及し、とりわけ石炭、海運等は深刻な影響を受けた。

 それに加えて53年4月には関東一帯の大霜等、6月下旬には九州の大水害、七月和歌山・京都の水害、九月の台風の被害、冷凍害、イモチ病の発生等は1400億円にのぼる被害をもたらし、19年ぶりの大凶作が農村をおそった。アメリカでもウォール街の株式の暴落に見られる過剰生産恐慌がおそっていた。

 アメリカの対日政策は、MSA「援助」をテコに日本の軍備を急増し、急速度に軍国主義を復活させることであった。日本の反動的支配層は、このMSA受け入れによって再軍備と軍需産業の拡大を促進し、政治反動の体制を強化することによってその深刻な経済的・政治的危機をのりきろうとしたのである。

 当時自由党政調会長であった池田勇人は1953年10月、日本政府の特使としてワシントンを訪れ、MSA受け入れ(わずかばかりの完成兵器と米余剰農産物中心)とひきかえに、日本の「防衛力」増強と再軍備促進の問題について、ロバートソン米国務次官補と会談した。

 53年10月25日の『朝日新聞』(同行した宮沢喜一『東京=ワシントンの密談』実業之日本社、1956年、もほぼ同内容を記述している)はつぎのような議事録草案を報道した。

 日本側代表団は十分な防衛努力を完全に実現するうえで次の四つの制約があることを強調した。
(イ)法律的制約
 憲法第九条の規定のほか憲法改正手続きは非常に困難なものであり、たとえ国の指導者が憲法改正の措置を採ることがよいと信じたとしても、予見し得る将来の改正は可能とはみえない。
(ロ)政治的社会的制約
 これは憲法起草にあたって占領軍当局がとった政策に源を発する。占領8年にわたって日本人はいかなることが起っても武器をとるべきではないとの教育をもっともつよく受けたのは、防衛の任にまずつかなければならない青少年であった。
(ハ) 経済的制約
 国民所得に対する防衛費の比率あるいは国民一人当りの防衛費負担額などによって他の国と比較することは、日本での生活水準がそれらの国のそれと似ている場合のみ意味がある。旧軍人や遺家族などの保護は防衛努力に先立って行なわなければならぬ問題であり、これはまだ糸口についたばかりであるのみならず、大きな費用を必要としている。また日本は自然の災害に侵されやすく、今会計年度で災害によるその額はすでに戦後1500億円に上っている。
(ニ)実際的制約
 教育の問題、共産主義の浸透の問題などから多数の青年を短期間に補充することは不可能であるか、極めて危険である。

 会談当事者はこれらの制約を認めた上で・・・(中略)・・・会談当事者は、日本国民の防衛に対する責任感を増大させるような日本の空気を助長することがもっとも重要であることに同意した。日本政府は、教育および広報によって日本に愛国心と自衛のための自発的精神が成長するような空気を助長することに第一の責任をもっものである。…(後略)

ニューヨークータイムズのウィリアム記者は、「池田・ロバートソン会談」のもようをつぎのようにのべた(『週刊朝日』 1954年新年号より)。

 池田は、自己の見解をのべるかわりに ― いや、のべることはのべたが ― おおかたは米国の対日新政策のきびしい現実に耳をかたむける結果になったのだ。

 まずはじめに、池田は、日本という島を囲んで配置された、北は樺太から南は中国沿岸にいたる共産勢力の脅威に関して、徹底的かつ劇的な軍事情勢の説明をうけた。……これら情況説明の目的は、たんに池田、したがって日本人を恐怖させるためにのみなされたのではなく、むしろ、それは軍事的危険を、したがって日本を防衛するために何らかの措置をとる必要のあることを、ハッキリさせるためになされたのである。

 第二に池田は、アメリカの新政策が経済援助を削減して、軍事的援助に集中するものであることを知らされた。

 この「池田・ロバートソン会談」はアメリカ帝国主義の極東戦略体制の上での日本の教育のもつ意義とその軍国主義化の必要が認識され、その期待が表明されたものであったし、そこでは反共のためにすすんで武器をとる日本の青少年づくりが露骨に要求されたものであった。

 この直後、ニクソン米副大統領が来日し、日米協会の席上で「戦争放棄の憲法は誤りであった」と演説した。すでに、"逆コース"として復活しつつあった教育の官僚統制はこれ以後急速に強化されていく。

 教科書Aはニクソン演説の該当部分を記録している。次のようである。
「ひとびとは1946年に、日本の非武装化をしたのはだれだというだろう。それは日本人ではなかった。日本人も軍備の放棄に賛成ではあったが、それはアメリカが日本の非武装化を固執したからであった。ところで、もし1946年には、軍備の廃棄が正しいことであったのなら、なぜ1953年には間違いだということになるだろうか。そして、もし1946年には正しかったものが、1953年に間違いだったと、認めないのだろうか。公人として、私は、なすべきだと考えたことを、いまおこなおうとしているところなのである。私はここで率直に、アメリカが1946年に誤り(ミステイク)をおかしたことを認めようとしているのである」(1958年11月19日)。

 これは明らかに日本を属国扱いしている発言だ。実際に日本はアメリカの属国なのだから、その限りでは間違った発言ではないと言わざるを得ない。

 このニクソン演説は参議院の予算委員会で取り上げられていたことを知ったので、その部分を、国立国会図書館の「国会会議録検索システム」から転載しておこう。ちなみに、質疑者の小林孝平は当時は日本社会党所属の議員である。

質疑(小林孝平)
 次に総理大臣にニクソンアメリカ副大統領の言明に関してお尋ねをいたしたいと思います。去る十一月の十九日に日米協会主催の昼食会においてニクソンアメリカ副大統領は、終戦後アメリカが日本の軍備を解体したのは間違いであつた。日本は自衛できる水準まで再軍備すべきだ、米国は援助を惜まないという内容の演説を行なつておられるのであります。これは憲法に関連して一九四六年の誤りを公式に言明しまして、日本は憲法を改正して再軍備すべきであるというアメリカ側の意向を率直に述べたものであると考えられるのであります。ダレス長官もこのニクソン言明を支持する旨の談話をアメリカにおいて発表しておるのであります。これは極めて重要な発言であると思うのであります。日本をアメリカの従属国であるかのごとき態度をとつているのは我々としても到底承服しがたいところであります。我々のこの日本の今後歩むべき道は日本自身が決定する事柄であつて、日本の主権を無視するがごときこのニクソン副大統領の発言は我々としても甚だ迷惑千万であると思うのであります。吉田総理大臣といえども内心は恐らく非常に御不満であろうと思うのであります。そこで、この問題について総理大臣はどういうふうにお考えになつているのか、こういう発言をされつぱなしでいいのかどうかという点をお尋ねいたします。

答弁(国務大臣・吉田茂)
 ニクソン副大統領の演説は直接に聞かないから知りませんが、併し私はニクソン副大統領との直接会つた感じは、決して日本に対して悪意を持つて、或いは干渉というような考えで演説せられたものでないと確信いたします。而してニクソン副大統領若しくはダレス長官の言明に対して、とやかや私はくちばしをさしはさむことは、過日参議院の本議場においても申上げましたが礼儀の上から差控えます。

 吉田茂の答弁は質問をはぐらかして、まったく何も答えていないに等しい。このような答弁はもちろん吉田に限らない。国会で行われている質疑応答はこの類いのものが多い。それにしても吉田の答弁は属国の宰相としての面目躍如、と言ったら言い過ぎだろうか。

(次回から本道に戻ります。)
スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/1949-8849da07
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック