2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(35)

権力が教育を破壊する(18)

教育反動(10):番外編:アメリカによる日本占領は終わっていない(2)


 前回の引用文中に、日本における米軍機の飛行ルートも治外法権下にあるという指摘があったが、昨日(11月14日)の東京新聞朝刊にその実例の一つを示す『羽田増便阻む「横田空域」』という記事があった。横田空域の範囲は日米地位協定によって決められていて日本の航空機はそこから排除されている。その記事の中で、現役機長の高橋拓矢さんが次のように語っている。
「操縦士にとっては、羽田空港のすぐ西に高層マンションが立っているようなもの。空域の南側は、羽田へ向かう航空機が数珠つなぎで気を使う。ニアミスの危険がつきまとい、管制官にも相当な負荷がかかる」
「首都近辺の広大な軍用空域は他の先進国に例がなく、軍事上の制約で民間機への危険が生じている」

 こんな理不尽なことがまかり通っているのだ。

 そしてもう一つ。こちらは何ともせこい話で、今日の東京新聞朝刊「こちら特報部」の「NHK受信料 在日米軍滞納中」という記事。『米側は、日米地位協定を盾に「特権」を主張』しているそうだ。

<閑話休題>

白井さんは日本の政府が「合法的傀儡政権」であることを、舌鋒鋭く、かつ明晰に次のように論じている。

 基地の場合は日米安保条約と地位協定、原発の場合は日米原子力協定 ― これが日本の国内法の上位に位置し、かつこの優位性は、法的に確立されている。

 1959年の砂川判決により、安保条約のごとき高度に政治的な問題について司法は憲法判断から逃避することを自ら決め、そしてダメを押すように2012年の原子力基本法改正によって同法には「安全保障に資する」の文言が取り入れられた。この二つを足し合わせれば、出てくる結論は次のようなものとなるだろう。

(管理人注:
砂川判決については「裁判は階級的である(1)」で詳しく取り上げています。)


 すなわち、福島原発事故の賠償問題も含め、今後原子力問題について憲法上の人権保障とのかかわりで訴訟が起こされたとしても、司法は安全保障問題であることを盾に憲法判断を回避できる、ということである。

 確かに、戦後憲法には民主主義の原則や基本的人権の尊重やらが立派に書き込まれている。しかしそれらは決定的な局面では必ず空文化される。なぜなら、権力の奥の院 ― その中心に日米合同委員会が位置する ― における無数の密約によって、常にすでに骨抜きにされているからである。

 つまり、この国には、表向きの憲法を頂点とする法体系と、国民の目から隔離された米日密約による裏の決まり事の体系という二重体系が存在し、真の法体系は当然後者である。言い換えれば、憲法を頂点とする日本の法体系などに、大した意味はないのである。

 官僚・上級の裁判官・御用学者の仕事とは、この二重体系の存在を否認することであり、それで辻棲が合わなくなれば二重の体系があたかも矛盾しないかのように取り繕うことである。この芸当に忠実かつ巧妙に従事できる者には、汚辱に満ちた栄達の道が待っている。

 かくして、戦後日本には、世界で類を見ない体制が成立した。それはすなわち、「世界一豊かで幸福な極東バナナ共和国」とでも呼ぶべきものである。傀儡政府は珍しいものではない。しかし、かつて中南米に多数存在した「バナナ共和国」では、もちろん誰もが傀儡政権の傀儡性を理解していた。日本のそれこそ万邦無比たる所以は、この傀儡性に社会全体が無自覚であり、メディアを含む支配層が全力を挙げてこれを否認するところにある。このメカニズムのなかで、この国の住民は、平和と繁栄を謳歌し幸福を享受してきた。この精神状態がなおも続くならば、幸福の微笑みを浮かべる者たちは、それが引きつった卑屈な作り笑いへと変質していることに気づかないままに、幸せそうなふりをするのを止めた者たちを迫害するのであろう。

 「幸せそうなふりをすることを止めた者たち」とは、事の真相を解こうする人たちに対して、その人たちの議論の正否を検討・議論することなく、「引きつった卑屈な作り笑い」を浮かべて、「非国民」「売国奴」「国賊」「反日日本人」などというステレオタイプの罵倒語を発して「迫害」する者たちである。現在、マスゴミでもネットでも、その種の反知性人が大きな顔をしている。彼らをなんと呼べばよいのだろうか。彼らこそ「非国民」「売国奴」「国賊」「反日日本人」だろう。それが全く分らないとは、どうしようもない愚民と呼ぶほかない。

 さて、白井さんの論文「護憲ではない、制憲を」の第二節「占領の継続は当然」に入ろう。

 上で指摘された「二重の法体系」の由って来る由縁はどこにあるのだろうか。

 1946年11月3日に公布された日本国憲法の公布文は次の通りである。

朕は、日本國民の總意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、樞密顧問の諮詢及び帝國憲法第七十三條による帝國議會の議決を經た帝國憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。

 御名 御璽
   昭和二十一年十一月三日

 矢部さんが提起しているもう一つの重要な論点は上の公布文と関連している。矢部さんの論点提起を白井さんは次のようにまとめている。

 矢部氏は、いわゆる改憲/護憲論争に対しても重大な論点を提起している。護憲だろうが改憲だろうが、右に見た二重体系を解消できないのなら何の意味もないという重い事実を、『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』は突きつけている。

 矢部氏は、これまでの護憲運動が反動的な改憲の動きをせき止めてきたことを一定認めつつも、近代民主国家の憲法の原理的問題に言及する。

 それはすなわち、外国軍の占領下で、その圧倒的な支配力の下に、何らの民主的な手続きなしに民主主義を根拠づける憲法が制定される、などという事態は、端的に荒唐無稽であるという事実だ。

 ここでは「内容が素晴らしいのだからいいじゃないか」という護憲派の論理は成り立たない。しばしば指摘されてきたように、欽定憲法たる大日本帝国憲法の改正プロセスに従って民主主義憲法を定めたという事態が、旧体制(アンシャンレジーム)を利用しての民主化という占領政策の矛盾した本質を濃厚に反映しているのであり、ここでは誰が(当然それは国民自身でなければならないのだが)この憲法を定めたのか、永遠に確定できない。つまり、どれほど条文の中身が素晴らしかろうが、それを定め、国家に強制する主体=国民はのっけから存在していない。この構造は、先に見た二重の法体系をつくり出すものにほかならない。

 以上から明らかになるのは、これまでの改憲/護憲陣営の多くが、どれほど的を外した議論で堂々めぐりを続けてきたか、ということだ。そして、不毛な議論が続く限り、改憲でも護憲でもない、民主制国家が必ず通らなければならない過程、すなわち制憲の問題は、視野の外に置かれる。このことはもちろん、永続敗戦レジームの延命に寄与する。そして、制憲権力とは革命権力にほかならない

 最後の一文を私なりに解釈しておきたい。

 自民党の憲法改正草案も「制憲」と言えるが、しかしそれは「革命」ではなく「反革命」である。そして、自民党は「旧体制(アンシャンレジーム)を利用しての民主化という占領政策」の落とし子であり、よほど本質的な脱皮がない限り、自民党には傀儡政府しか作れない。

 私(たち)の立場から理想を言えば、「制憲」されるべき憲法はブルジョア民主主義を止揚したものでなければならない。現在の日本国憲法を土台にして論じるとすれば、まず天皇条項はすべて削除しなければならない。そして、その代わりというわけではないが、少なくとも政府に対する「政治的リコール権」の条文を追加すべきである。このような憲法が制定できればそれこそまさに「革命」と言うことができよう。

 「政治的リコール権」という概念は吉本隆明さんからの受け売りです。これまでずいぶんといろいろのところで使ってきました。つい最近では《『羽仁五郎の大予言』を読む》(7)でもふれています。詳しくは
「戦争と平和(2):政治的リコール権 」

「権力と反権力の現在(6):社会主義とは何か」
をご覧下さい。


 さて、白井さんは最後に、日本がいまだに連合国の占領軍(実態はアメリカ軍)の占領下にあるのは当然だという法的根拠を指摘をしている。ポツダム宣言第12項である。

 われわれは知るべきであろう。ポツダム宣言第12項、
「前記諸目的が達成セラレ且日本國國民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府が樹立セラルルニ於テハ聯合國ノ占領軍ハ直ニ日本國ヨリ撤収セラルベシ」
は、厳密な意味で正しく履行されていることを。この条項は、現在まで続く米軍駐留と矛盾するものだとしばしば言われる。しかし、「責任アル政府」が現に存在しない以上、占領が続くのはむしろ当然なのである。

 アメリカ・財閥・官僚に対して「責任アル政府」ではなく、一般国民に対して「責任アル政府」、つまり「国民の国民による国民のための政府」が誕生しなければ、占領は終わらない。しかし、圧倒的多数が「引きつった卑屈な作り笑い」の中で満足している限り、そこへの道は限りなく厳しい。
スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/1948-e3439ebf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック