2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(24)

権力が教育を破壊する(7)

番外編:マキァヴェリの政治思想


 前回の補足です。

 前回、羽仁さんの言説の中に出てきた①「マキァヴェリの政治思想」評価と②家永さんの「教科書裁判」について、私の知識に曖昧な点があるので、調べることにした。なお、「Machiavelli」のカタカナ表記は何通りかあるようだが、ここでは「マキァヴェリ」を用いることにする。

①マキァヴェリの政治思想

 私のように哲学史に疎いものにとってはマキァヴェリは「マキァヴェリズム」という概念を通して知る程度である。広辞苑はこれを次のように解説している。

「目的のためには手段を選ばない、権力的な統治様式。マキァヴェリの「君主論」の中に見える思想。権謀術数主義。」

 羽仁さんの言葉で言えば「政治家はどんな悪いことをしてもいい」ということになる。私はこれがマキァヴェリの思想の核心だと誤解してきた。羽仁さんは、そうではなく「マキァヴェリは道徳の陰にかくれて政治をやる奴が最大の悪人だということをいっている」と言う。

 ネット検索をすると、マキァヴェリ思想の核心を論じている論考にたくさん出会う。私が調べた範囲では、そのほとんどは「共和制が最も優れた政治体制」というのがマキァヴェリの政治思想の核心としている。

 手元にあるバートランド・ラッセル著(市井三郎訳)『西洋哲学史』(みすず書房)とブライアン・マギー著(日本語版監修 中川純男)『知の歴史』(BL出版)のマキァヴェリの項を読んでみた(「参考書1」「参考書2」と呼ぶことにする)。

 参考書1は「マキァヴェリズム」=「マキァヴェリの政治思想」という誤認の原因を次のように指摘している。

彼のもっとも有名な著書「君主論」は、1513年に書かれてロレンツォ二世に献げられている。というのは彼が、メディチ家の引き立てをえようと望んだからである(実際には、それは空しかったのである)。

 この著書がもつ語調は、部分的にはこの現実的意図からくるものであろう。より長い著述「ローマ史論」を、彼は同時に書いていたのだが、これは著しくより共和的であり、より自由主義的である。「君主論」の冒頭で、彼は次のようにいう。共和国については、他の場所で扱ったから、本書では言及しないつもりである、と。  「ローマ史論」を併読しないひとびとは、彼の教説について非常に一面的な見解をえやすいのである。

 参考書2は「ビジュアル版哲学入門」というサブタイトルが付記されているように、私のような初心者にはコンパクトで分かり易いので、マキァヴェリ思想の概略を知るために、参考書2からマキァヴェリの項を全文転載しておこう。

  マキァヴェリ
  君主たちの教師
マキァヴェリは,政治と行政のあからさまな実態を科学的な態度で客観的に観察した最初の哲学者だった。

“君主にとっては、慕われるよりも恐れられるほうが、はるかに安全である”
     ニツコロ・マキァヴェリ

マキァヴェリの代表作
〈君主論〉(1513)
 新しく君主となった者がいかにして権力を蓄えていくかが論じられている。実験科学におけるアプローチを政治の世界に応用したもの。
〈政略論〉(1513)
 さまざまな政治体制の是非が論じられている。


 ここまで,コペルニクスからケプラーを経てガリレイヘ、そしてニュートンで結実するまで、近代科学の出現にまつわる胸躍る物語を紹介してきましたが、そのあいだに他の分野でもさまざまな発展があったのはいうまでもありません。なかでも注目すべきは、政治哲学の分野です。ルネサンス期には、この領域に恐るべき天才、ニッコロ・マキァヴェリ(1469~1527)が現れました。彼が生まれたのは、コペルニクスよりもわずか4年前のことです。

 マキァヴェリは、新しく登場してきた科学者と同じように、伝統的な政治の論法を退けて、現実を真正面から見すえようとしました。彼の主著〈君主論〉(1513)には、
「私のねらいは、本書を読む人にとって実際に役立つことを述べることにある。したがって、想像の世界ではなく、真実をあるがままに伝えるのが適切であると思った」
と書かれています。

 マキァヴェリ以前は政治理論の書物といえば、支配者がはたすべき義務や理想的な君主像、望ましい社会の形態などについて記したものがほとんどで、日々の政治活動について述べられたものはありませんでした。マキァヴェリはそれとは対照的に、あるがままの政治の姿を伝えようとしたのです。当時から現代にいたるまで、数多くの人が彼の著書の内容に衝撃を受けています。[マキァヴェリアン]といえば「ずる賢くて、目的のために手段を選ばない策謀家」を意味する軽蔑的な言葉として使われるようになってしまいましたが、マキァヴェリが意図していたのは、ただ単純に政治の実態に率直に目を向けることだったのです。ちょうど新しい科学の先駆者たちが根強いキリスト教の伝統に対抗しながら、特定の価値観にとらわれない科学を発達させようとしたように、特定の価値観にとらわれることなく政治を理解する態度をはぐくもうとしたのでした。

 偉大なる真実の語り手マキァヴェリの〈君主論〉には、人はどのようにして権力を手に入れ、それを維持するのか、その権力をどのようにして失っていくのかが、鋭い洞察力にもとづいて単刀直入に述べられています。そして、どのような政治であれ、軍事力の行使と軍事力による脅迫がいかに重要な役割をはたすかについても、驚くほどあからさまに書かれているのです。また、政治では見かけが大切なので、イメージ作りを怠ってはならないこと、政治家にとって信義はどういうときに守るべきで、どういうときに破るべきか、どのような策略が成功しやすく、どのような策略が失敗しやすいかなどについても記されています。以来く君主論〉は、「政治的現実主義」のバイブルと呼ばれるようになりました。ある章など「悪らつな行為によって君主となった者たちについて」と題されています。

 マキァヴェリが展開する理論は、キリスト教や聖書の教えはもとより、人は何をなすべきかという倫理観とはまったく関係がありません。彼は実際に起きていることを正確に観察し、それをみごとに説明しているだけなのです。ヒトラーやスターリンについて知っている私たちには、マキァヴェリが観察し、指摘したことが現代において実証されたように思えるかもしれませんが、彼がいっていることは、人がより高い地位を求めで画策する場面ではどこでも、そしていつでも、そうした現象に見られることなのです。また、政治の世界にとどまらず、すべての組織や公共団体、さらに教会や同好会やボランティア団体においてさえ観察できます。

 マキァヴェリは、もうひとつの重要な著作〈政略論〉(〈君主論〉と同じ1513年に発行)のなかで、〈君主論〉にひけをとらない洞察と率直さで、異なる政治体制の是非を比較した結果、人民の支持を正しく反映する共和制がもっともすぐれ、安定しているといいました。マキァヴェリが赤裸々に描いた政治の実態は非常に衝撃的で、そのような描写は今日であっても大きな反響を呼ぶだろうと思われます。

 とはいえ、マキァヴェリのことを冷酷な策略の奨励者だとか、さながら悪魔のようにみなすのは大きなまちがいです。たしかに彼の著書には、「君主が祖国を存亡の危機から救ったり、自分の権力の座を維持するには、あれこれの道徳はいっさい考慮せずともよい」という部分があります。しかしこの文章でさえ、ルネサンス期のイタリアという政治的状況のなかでは当たり前のことを語っているにすぎないのです。マキァヴェリによる政治の内実の暴露は、何世紀にもわたる偽善的な言葉を払拭するものとして、見識ある人びとからは当初から高く評価され、彼はまたたくまに国際的な名声を得ました。シェークスピアはマキァヴェリのことを自作の劇で取りあげています。また、次に紹介するフランシス・ベーコンも「人間は何をなすべきかではなく、何をするかについて述べたマキァヴェリのような人びとにこそ、私たちは感謝すべきである」と書きました。

 「マキァヴェリは道徳の陰にかくれて政治をやる奴が最大の悪人だということをいっている」
という羽仁さんの指摘は上の引用文中の
「マキァヴェリによる政治の内実の暴露は、何世紀にもわたる偽善的な言葉を払拭するもの」
と同意義であろう。

 以上でマキャヴェリを終わろうと思ったが、ここで疑問が一つ出てきた。参考書1は『君主論』と『ローマ史論』を併読すべしと注意しているが、参考書2が主著の一つに挙げている『政略論』が全く出てこない。逆に参考書2には『ローマ史論』がない。これはどうしたことか。これら三冊を直接調べてみようと思い、図書館の蔵書を検索してみた。次の2冊を借りてきた。

『世界の名著16 マキャヴェリ』(中央公論社)
 <「君主論」と「政略論」を収録している>
永井三明訳『ディスコルシ―「ローマ史」論』
 <「ローマ史論」が副題になっている>

 なんと、前書の「政略論」の訳者も永井三明さんだった。そしてそこでは「政略論」に「ティトゥス・リウィウス『ローマ史』にもとづく論考」というサブタイトルが付されていた。もちろん、訳文は全く一致しているようだ(全文を比較していない)。

 つまり、中途半端な知識の悲しさ、知らなかったのは私だけ、『ディスコルシ』=『ローマ史論』=『政略論』ということでした。

 最後にもう一つ、『世界の名著16 マキャヴェリ』の付録を読んでいたら、「文献案内」の欄の研究書のトップに、なんと羽仁さんの著書『マキャヴェリ君主論』(大思想文庫8 岩波書店)があげられていた。もう一つなんと、1936年の出版です。マキャベリについて、羽仁さんに一家言あることが納得できた。
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