2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(12)

裁判は階級的である(4)

新宿騒乱事件(2)


 羽仁さんが挙げている第二の問題点は新宿騒乱事件の裁判において争点の一つとなった写真という証拠物件の問題である。

 第二の問題は、この事件の裁判は、すべて写真を証拠としているということにある。証拠というものは、誰が見ても納得できる明らかなものでなければならない。

 写真というものは、それを撮った人の位置や目的、立場などでまったく違ってくる。全体を正確に捉えることは不可能なんだ。石を投げてる人間の前から撮るのと後ろから撮るのとではまったく違ってくるし、石を投げるという行為でも、ただ投げているのと、人にぶつけようとしている場合と、建物へぶつけようとしているのとでは違う。しかし、正面から撮ればすべて同じに見えるだろう。また、日の出か日没かということでも、鑑定を専門家に依頼しなければならないくらいむつかしい。

 したがって一部分を切りとったような写真を証拠にすることくらい危険なことはない。

 沖縄の松永優君の場合を考えてみるがいい。写真を見たのでは、火だるまの警官を助けようとしているのか、暴行を加えようとしているのか判断がつかない。これを証拠とすること自体が間違っていることに気づくべきなんだよ。自分の方に都合のいい解釈ができるというようなものは、客観的に見て証拠にはなりえないんだ。証拠がそろわなかったら、起訴する必要はないんだよ。検察官にしても、われわれの税金で月給を貰ってるんだ。証拠のないものまで有罪にしなくちゃならないという制約なんてあるはずもない。むしろ疑わしきは罰せずという立場に立つことこそ、公務員としての検察官、裁判官なりのあり方なんだ。それを無理矢理でっちあげて、あてにならない写真のような証拠で犯罪にしようとするのは、心得違いもはなはだしい。なぜ苦労してまで有罪にしなけりゃならないんだ。

 羽仁さんが例として挙げている「沖縄の松永優君の場合」とは、次の事件の裁判のことである(「ウィキペディア」を利用しています)。

 1971年11月10日、沖縄返還協定の国会批准を一週間後に控えた日、全沖縄軍労働組合、日本官公庁労働組合協議会、教職員組合など14万6500人の労働者が、返還協定批准阻止を訴え沖縄全土でゼネストを実施し、当日の沖縄は全島で麻痺状態となっていた。沖縄県祖国復帰協議会は那覇市内で県民大会を開催し、7万人がデモ行進に参加した。「11・10ゼネスト」あるいは「沖縄ゼネスト」と呼ばれている。

 なぜこのこのような大規模な激しい反対運動が起こったのか。沖縄の人々が切望していた日本国への復帰がアメリカ軍基地を県内に維持したままのまやかしものだったからだ。そのため未だに沖縄はアメリカ軍の基地問題で苦しめられている。

 なお、この沖縄返還では日米両政府間に密約が交わされていたことが周知の事実となっている。つい先日(7月14日)、西山太吉さんなどが起こしたそのときの密約文書の開示を求める訴訟に対して、最高裁は原告側の上告を棄却した。 まるで秘密保護法を適用したような典型的な政府援護判決だ(この問題については『「沖縄密約文書」不開示に 情報公開の立証責任とは?』が詳しく解説している)。

 さて、沖縄ゼネストの時、学生たちとの激しい攻防の中で警察官が一人死亡した。その殺害犯として染色家の松永優(当時24歳)さんが逮捕・起訴されたのだった。弁護側は「被告人は殺人ではなく、救助しようとして居合わせていただけだ」と反論した。一審では有罪判決(懲役1年 執行猶予2年)を受けたが、二審では弁護側の主張が通り「消火・救助行為」が認められ無罪判決が出され、そのまま確定している。

 写真を証拠とする裁判では冤罪を生み出す危険性が大きい。新宿騒乱事件での写真証拠は裁判では具体的にどのように扱われたのだろうか。

 さて、さっきの写真が証拠になりえるかということだが、能力的にいって非常にむつかしいんだよ。

 わかりやすい例をあげると、国学院映研事件というのがある。国学院大学の映画研究会が新宿の当日のデモを撮影に行って、記録映画に収めたんだ。検察側は、このフィルムを証拠として押収した。結局、違法だということでこのフィルムは証拠として採用されなかったんだが、警察の見解では、個人的に写された写真は証拠として押収できるというんだよ。ここで個人が出てくるのは、いわゆる報道写真やニュース・フィルムの問題があるからなんだが、新聞社などの報道関係が写したものは、讐察が押収することはできない。しかし、マスコミが写したものと、個人が写したものでは、どこが違うのかというと、そんな一線を画するようなことはできるはずもないんだ。

 新宿騒乱事件の証拠物件として、国学院映研のフィルムを押収したことは違法だということが第一審では決定したが、検察側が受け取りに行った弁護人に、なかなか返そうとしなかった。しかも、第二審の証拠品として、再び裁判所から押収令状を出させている。なぜこんなことまでするのかというと、犯罪を立証する方法が他にないからなんだ。少なくとも理論的には犯罪にならないことを、どうにかして有罪にしようというのだから、いろいろな無理が起こってくる。こうした権力側の無理が結果的には別の波紋を投げることになるんだ。

 学生が新聞社のカメラマンに暴行を加えるなんていうことが事件として起こるのは、手に入りさえすれば、報道写真でも何でも証拠にしようという考えが警察側にあることを学生たちは知っているからなんだ。すると、報道の自由そのものが脅やかされることになる。取材活動もできなくなってしまうんだ。

 しかも、写真には、証拠になりえないような側面かある。いわゆる危なっかしい証拠であって、一方的な見解も成り立つような客観性に欠けるものなんだ。したがって、写真を証拠にしないという原則があっていいくらいなのに、それしかないからということで、どうにでも証拠にしてしまう。警察側が写した写真はいくらもあるが、一方的な証拠と見なされる可能性が強い、そこで第三者が写したものが欲しくなる。いかにめちゃめちゃなことをやってるかがわかるような話なんだが、捕えた人が写真機を持っていると、フィルムを証拠として提出しろと迫まる。写した本人が犯罪に問われているんだから、自分自身がフィルムの中に写っているわけがない。証拠としても意味がないわけだよ。

 日活ポルノの裁判のときなんかも、証拠として、外国のポルノ映画のフィルムを見ようということになった。つまり識者たちに、日本のものと見較べてもらって、いろいろ意見を聞こうということになった。ところが、どこも提出してこない。弁護側に有利なフィルムを提供したりしたら、あとでどんな意地悪をされるかわからないから、どこも出さなかった。しかも、自分たちにとって有利な証拠ならば、警察は喜んでそれを裁判に提出するのに、不利になりそうなものは一切使わない。つまり、公平な裁判なんか行なわれていないんだよ。警察が用意する写真やフィルムは、まずアテにならないといってもいいすぎじゃないんだ。いくらだってごまかすこともできるし、写真やフィルムが絶対的な証拠になんてなりえないはずだ。

 「日活ポルノの裁判」は一般には「日活ロマンポルノ事件」と呼ばれている。1972年に映倫が許可した成人向け映画が「わいせつ図画公然陳列罪」(何ともけったいな罪名だ)に問われ刑事裁判に発展した事件。起訴された被告は全員無罪になっている。
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