2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
ミニ経済学史(48)

現在の経済学は?(26):欠けている視点(12)


吉本隆明の「歴史的産業構造の転換」論(10)

まず、リストラ回避のために大企業の首脳部の分不相応な退職金や報酬を使えと言っている。

 景気浮揚のためにはちょっと変わったことをやってみるべきです。たとえば大企業の首脳部の退職金をいじるとどうなるか。仮に退職金が一億円として、これを首脳部が返上したら、リストラされる員数は何人助かるか。ひと月の給料を40万円としたら、ボーナスなしの年収は480万円です。退職金の一億円を480万円で割れば約20ですから、まあ20人の雇用が確保されます。一度もらった退職金を返せというわけにはいかないでしょうから、はじめからすこし削っておく。それなら納得する人も多いのではないでしょうか。リストラが一年延びれば次の仕事だって見つけやすくなります。不況感はずいぶん緩和されるとおもいます。

 1989年にアメリカがS&L(貯蓄貸付組合)を清算したときは1775人が経営責任を問われて告訴され、1369人が有罪、1013人が刑務所入りです。それをかんがえれば、日本でも公的資金を投入された大銀行なんか、経営陣は責任をとって辞職すべきです。それを機に経営陣を半分にしたらいい。役員の年収が三千万円として、経営陣を10人減らすとすれば三億円。年収480万円の従業員だったら60人救えます。大企業がそろって経営陣の削減をしたらリストラ問題などたちまちのうちに解消できます。

 こんなふうにでもいわないと見晴らしがききません。それが「現在」という情況です。

 すでに膨大な資産をため込んでいるのに、さらに過大な報酬(労働者たちからの搾取)を求めて止まない強欲守銭奴たちがこのような提言を受け入れるわけがない。ほとんど実現不可能な提案である。もちろん、そんなことは吉本さんも百も承知のことである。この提言についても
「そんなこと、夢のようなことだといわれるかもしれない。でも、夢みたいなことでもいいからいってみることがたいせつです。」
ということだ。

 吉本さんは労働組合に対してはリストラされた労働者たちへの支援を提案している。

 労働組合はいまや、「もういらないよ、あんなの」といわれるような存在です。中小企業というより小企業の場合は別でしょうが、ふつうはいまのように労働条件も改善され、保養所などの施設も備わってしまうと、労働組合の存在意義はほとんどなくなってしまっています。そのとき、組合にもまだ有効性があるんだといいたいならば、救世軍のように慈善鍋をやって集めた募金をリストラされた人や本当に困っている人の手に渡るようにすることです。時間がある組合員を街頭に出して、奉仕的な募金活動をさせればいいとおもいます。

(中略)

 企業という枠を取り払って「連合」なら「連合」として、1日2時間か3時間、そうした募金活動を行なえばいい。どうせそんなに忙しいわけではないのだから、組合員がそれくらいの時間を使ったところで企業側もたいした痛痒を感じない。募金活動する時間をくれという交渉をすれば、それくらいのことは可能だとおもいます。

 いまのような不況の時期に労働組合が意味をもつとしたら、そうした活動をすることです。「いまや宗教団体ではなく労働組合の出番だ」といって街頭に出るのです。阪神・淡路大震災のとき、労働組合はダイエーのような企業体やボランティアの人たちに比べてほとんど活躍することがなかったように記憶しています。いまのこの不況こそ、そうした汚名をそそぐときではないでしょうか。

 現在、就労意欲はあるし、技能も時間もあるのだけれども職についていない人は2003年6月時点で361万人に上っています。そういう人たちのために街頭へ出るのです。じぶんたちだって給料は上がらないし、ボーナスは減る一方かもしれませんが、しかしすくなくとも職はあるわけですから、リストラされた人たちのために募金活動をするのは有効だとおもいます。もちろん街頭募金ぐらいではたいした金が集まるわけではありませんけれども、問題は辛抱強さです。募金活動が長期化すればするほど集まる額は多くなるし、活動に賛成してくれる人の数も多くなるはずです。そうなれば消費を刺激する運動としてかなりの影響を及ぼせるかもしれません。一般庶民、大衆の個人消費を押し上げることに一役買える可能性も出てこようというものです。

 小泉政権に期待ができないとすれば、われわれ国民一般の側からそうした動きをはしめるべきなのです。それは無言のうちに現在の政府をリコールすることでもあるといえます。

 この提言はまったく「夢のようなこと」ことではないと思う。労働組合がその気になれば実行可能だろう。しかし、現在の労働貴族が牛耳っている「連合」では「夢のようなこと」に終わるほかないだろう。次の記事はもう10年も前のものだが、「連合」のこうした体質は今も変わっていないようだ。2003年7月24日付の【共同通信】『「正社員の利益だけ代弁」 識者から厳しい連合批判』を引用する。

 組合員の減少で影響力の低下が指摘される中、連合(笹森清会長)は24日、元日弁連会長の中坊公平氏らを招き「労働運動の再生への道」と題した集会を名古屋市内のホテルで開催、労組幹部ら約200人が参加した。

 外部から連合の活動を評価する連合評価委員会がまとめた中間報告は「大企業の正社員の利益だけを代弁し、労使協調路線にどっぷりつかり、緊張感が足りない」と指摘。評価委員会の座長を務める中坊氏ら同委員会のメンバーが招待された。

 中坊氏は「労働者は弱い者というのが原点。働く喜び、働きがいといった労働の本質を考えてほしい。そこから連帯も生まれてくる」と注文。

 副座長の神野直彦東大教授(財政学)は「時代の転換点にある。連合も変化を迫られている」と語った。

 「組合でも結局自分の声が届かないと聞く。組合に民主主義がない」と批判したのはタレントのイーデス・ハンソンさん。作家の吉永みち子さんは「労働運動の再生という言葉に違和感を覚える。働く人の幸福のためにではないのか」と疑問を投げ掛けた。

・・・・・・・・・・
<終わりに>

 「ミニ経済学史」と題しながらずいぶんと長くなってしまった。おかげで経済学の状況がいくらか分かるようになって、今までほとんど無頓着だった経済関係の報道に強い関心を持つようになったし、その報道の真偽を考えるようにもなってきた。そして、現在の経済学への不審は深まるばかりである。特に、何度か揶揄的に使ってきたが、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な学説への不審は募るばかりである。アベコベミクスがその典型である。

 アベコベミクスはいわゆる「リフレ策」と呼ばれている政策である。これはクルーグマンが提唱した政策であり、クルーグマンはアベコベミクスを絶賛しているという(「現在の経済学は?(2)」を参照して下さい)。

 アベコベミクスの「風」は「異次元の金融緩和」であり、「桶屋」は「景気回復(雇用回復、実質賃金の上昇)」のはずなのに、今のところ「桶屋」は「大企業と投機的投資家」どまりである。その上、現在安倍内閣は経済政策そっちのけで、「集団的自衛権」という姑息な解釈改憲を目論んで、盲目的な軍拡路線に突入しようとしている。

 「リフレ策」はもう少しさかのぼれば、「フリードマンのx%ルール」を踏襲した政策である。1980年代、レーガン大統領がフリードマン理論に基づく政策を実行したが、惨憺たる結果に終わっている。その経緯を見ると、アベコベミクスはまるでレーガノミクスの轍を踏んでいるようである(「新しい古典派の時代(3)」を参照して下さい)。

 経済学が難しい理屈をこねて作り上げた「風が吹けば桶屋が儲かる」などという迂路をとるのではなく、直接第三次産業に財政支出をしたり、「国民一般や中小企業、金融機関なら信用金庫や信用組合、それらが自由にふるまえるようにする」といった国民一般目線にかなった直截的な施策の方が、私には確実な不況脱出策だと思える。しかし私の知る限り、このような政策を提唱する経済学者いない。もしいたとしても、残念ながら、大企業の支配下にある政治家・官僚・御用学者が牛耳っている現在の政府にはこのような政策の実行はまったく期待できない。

 なんとも意気の上がらないまとめになってしまいましたが、以上で「ミニ経済学史」を終わることにします。
スポンサーサイト
 コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
 トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://adat.blog3.fc2.com/tb.php/1918-3f61e3c1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック