2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
ミニ経済学史(44)

現在の経済学は?(22):欠けている視点(8)


吉本隆明の「歴史的産業構造の転換」論(6)

 前回の引用文と重複する部分もあるが、現在の日本に対する吉本さんによる状況認識の要約として、全文引用する。なお、前回にも紹介したように、このインタビューは2008年に行われている。

 ここ3、4年、日本社会は表面ではなく底の方で地殻変動を起こしている過渡期にあると僕は捉えています。どういうように変動しているかと言いますと、西欧先進国型の社会に向かっている。これは今まで言ってこなかったことですが、それが今の現状の最も根本的な原因であると思っています。色々な言い方があるのでしょうが、僕はこれを「第二の敗戦期」であると考えています。つまり、敗戦直後の数年間と非常に似ているなという感じ方もあるし、一般的には「第二の産業革命期」だという言い方もありますね。それはどちらで言っても、結局は同じことで、膨大に産業の規模が広がってモダンになっていった中で、儲ける方は、働く人が困り切ってしまうほどたくさん働かせ、しかし給料は多くないということが無自覚に過ぎた。それが産業革命期であり、終戦後の数年間でした。

 産業革命期に膨大に産業の規模が大きくなったのは蒸気機関のおかげだと、一般の経済学者たちは考えていたのだけれども、マルクスとエングルスはそうは言わなかった。彼らはあまりにも時間外に働かされるものだから、ロンドンでは肺結核が蔓延してきたことを指摘し、産業が拡大することが豊かな社会を実現させるとは言わなかった。彼らを真似て言うならば、今、肺結核の代わりに蔓延しているものは精神病です。第二次産業革命と言いたいならばそう言っていい規模になりつつある。何か人間の生活にとって障害になっているかと言えば、僕ならば精神病、精神異常、あるいは神経障害だと位置づけます。こうしたことに関しては、本当は専門家がちゃんと説明して、予防策を講じるべき時になっているのにもかかわらず、誰もが遠慮をしていると思っています。

 それから、産業革命と第二次産業革命では、通信交通機関の機械と装置の利用によって得る富の蓄積の不均衡が、非常に目立つ形で拡大してきている。これも非常に大きな問題だと思っています。病気のことと、拡大する産業規模をどこで止めるか、止められるか、あるいは他に抜け道があるのかということを考えることが今の課題だろうと思います。これは他の国がやるという気は全くしません。アメリカは儲ける方が大変だろうし、中国はやっと資本主義的な利潤の世界に入ってきたばかりです。こうした問題に対して、何か新しい、いいやり方を生み出せる格好の位置にあるのは、日本だけであると思います。そこは考えどころだろうということです。

 「第二次産業革命」という用語は吉本さんによる造語かと思っていたが、吉本さんは『一般的には「第二の産業革命期」だという言い方もありますね。』と言っているで、調べてみた。ウィキペディアによると
「産業革命の第二段階を表現するために、歴史家によって用いられる言葉である。通常、年代は1865年から1900年までと定義される。この期間にはイギリス以外にドイツ、フランスあるいはアメリカ合衆国の工業力が上がってきたので、イギリスとの相対的な位置付けでこれらの国の技術革新を強調する時に、特に用いられる。」
とあるので、吉本さんの使用する意味合いとはかなり異なる。吉本さんが用いる「第二次産業革命」は現在の日本の時代状況を示す言葉として吉本さん独自の概念と考えてよいだろう。

 吉本さんは「第二次産業革命」が引き起こした問題の核心は精神障害だと指摘している。昨日(5月18日)、この問題の核心を如実に示していると思われる事例に出会った。少し横道に入ります。

 東京新聞に毎日曜日、月刊『創』の編集長・篠田博之さんによるコラム『週刊誌を読む』が掲載されている。昨日の表題は『深刻な格差社会 増加する「無敵の人」』だった。全文引用する。

 『アエラ』5月19日号が「『無敵の人』と無差別犯罪」という記事を掲載している。私も取材に協力し、コメントが掲載されている。

 「無敵の人」という言葉をご存じだろうか。同誌が着目したのは、「黒子のバスケ」脅迫事件の渡辺博史被告が初公判の意見陳述で述べた一節だ。

「自分のように人間関係も社会的地位もなく、失うものが何もないからこそ罪を犯すことに心理的抵抗のない人間を『無敵の人』とネットスラングでは表現します。これからの日本社会はこの『無敵の人』が増えこそすれ減りはしません。日本社会はこの『無敵の人』とどう向き合うべきかを真剣に考えるべきです」

 渡辺被告は36歳だが、今まで定職に就いたことがなく、年収が二百万円を超えたことがないという。まさにこの10年で拡大した格差社会の落とし子なのだが、その世代がいま三十代後半を迎えつつあるのだ。

 将来にもう希望がないことを悟り、死ぬことを考えた。そして、成功者の象徴である人気マンガ「黒子のバスケ」の作者を道連れにしてやろうと起こしたのが、一連の脅迫事件だったという。

 それまで何かに燃え尽きる体験などなかったという渡辺被告にとって、警察に追われながら犯行を重ねた一年余は「人生で初めて燃えるほどに頑張れた」期間だったという。犯罪を遂行したら自殺するつもりだった。

 渡辺被告は自分の犯罪を「人生格差犯罪」と命名し、初公判での意見陳述で最後をこう結んだ。

「こんなクソみたいな人生やってられるか! とっとと死なせろ!」

 『アエラ』の記事は、このほか二月に名古屋駅近くで通行人に乗用車で突っ込んだ男性と、三月に千葉県柏市で連続殺傷事件を起こした男性も取り上げている。

 「無敵の人」。何とも恐ろしい言葉だが、今そういう人が増えつつあるのは確かだろう。

 渡辺被告は、他のマスコミと違ったスタンスで発信をしているという理由で、逮捕前から私に手紙を送ってきていた。先頃、彼の意見陳述をブログで公開したところ、人ごととは思えないという書き込みが相次ぎ、アクセス数は五十万を超えた。日本社会の閉塞状況は相当に深刻だ。

 私は「無敵の人」という言葉には初めて出会ったが、「黒子のバスケ」脅迫事件はある時期連日のように報道されていたので私の記憶にも残っている。「理解しがたいずいぶん奇妙な事件だなあ」という印象を持っていた。しかし、上の渡辺さん(渡辺さんの犯罪を問う場ではないから、あえて「さん」付けで呼ぶ)の意見陳述を読む限り、実に見事な自己分析をしているという感想を持った。

「病気のことと、拡大する産業規模をどこで止めるか、止められるか、あるいは他に抜け道があるのかということを考えることが今の課題だろうと思います。」
という吉本さんの問題提起と同じことを
「日本社会はこの『無敵の人』とどう向き合うべきかを真剣に考えるべきです」
と渡辺さんは訴えている。

 篠田さんが「彼の意見陳述をブログで公開した」と書いているので、それを読みたいと思い探してみた。ありました。

『「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開1』
『「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開2』

 これを読むと、渡辺さんの陳述の中に次の一文があった。
『いわゆる「負け組」に属する人間が、成功者に対する妬みを動機に犯罪に走るという類型の事件は、ひょっとしたら今後の日本で頻発するかもしれません。グローバル経済体制の拡大により、一億総中流の意識が崩壊し、国民の間の格差が明確化して久しい昨今です。日本は東西冷戦下の高度成長期のようなケインズ型の経済政策を採用する体制にはもう戻れないでしょう。格差が開こうとも底辺がネトウヨ化しようとも、ネオリベ的な経済・社会政策は次々と施行されるのです。』

 日本社会の閉塞状況も、政府のアベコベ政策も、正しく把握している。

 極めて健全にして明晰な思考力がある人がなぜ脅迫事件のような犯罪を犯してしまうのだろうか。渡辺さんは
「自分はサイコパスと呼ばれるタイプの人間なのかもしれません。」
という自己認識を披露している。

 「サイコパス=精神病質者」をウィキペディアで調べてみた。それによると
『サイコパスは社会の捕食者(プレデター)であり、極端な冷酷さ、無慈悲、エゴイズム、感情の欠如、結果至上主義が主な特徴で[2]、良心や他人に対する思いやりに全く欠けており、罪悪感も後悔の念もなく、社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞う。その大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者である。北米には少なくとも200万人、ニューヨークだけでも10万人のサイコパスがいると、犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは統計的に見積っている。』

 当然のことながら、サイコパスには先天的なものと長期の非情な生活環境の中で発病するものとがある。それらは峻別されるべきだろう。ウィキペディアは次のようにまとめている。

『実際、精神病質と社会病質が混合されているが、ヘアによると精神病質と反社会病質は似て非なるものであると記している。精神病質の原因と考えられているのは前頭葉の障害であるとされ、健常者の脳波とはまるで違う脳波を見せる。精神病質は遺伝病だとされる意見が主とされている。逆に、家庭・周囲環境や障害に因る心身の衰弱によるものなどによる、精神病質に似た性格異常は仮精神病質(偽精神病質)とされ、精神病質とは識別されている。

 「無敵の人」の増加傾向は大変深刻な問題である。アベコベ政府は
「日本社会はこの『無敵の人』とどう向き合うべきかを真剣に考えるべきです」
という渡辺さんの訴えを真摯に受け取るべきだろう。
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