2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
ミニ経済学史(42)

現在の経済学は?(20):欠けている視点(6)


吉本隆明の「歴史的産業構造の転換」論(4)

 吉本さんによる佐和流「お説教」に対する第二の批判は次のようである。

 もうひとつ根本的な批判がある。やさしい言葉でいえば近代経済学を心得えた顔をした経済学者でありながら、この今くらいの世界諸地域の経済発展の程度で、もう音をあげて経済発展の公理を放棄してしまっていることだ。佐和隆光の言っていることは二宮尊徳の『夜話』の世界で、すでに150年も200年もまえに、農民は勤倹節約してぜいたくを慎んで生活し、金銭を貯えるためには、夜なべをして繩をない、それを販(あきな)って貯蓄につとめなければならないと説いている。ひとかどの経済学者が、今度の不況程度のことでこんな唐突にもう退化をはじめてしまうことが、わたしにはまったく信じられない。わたしは断言して予告しておくが、たとえ佐和隆光や中野孝次が政府の経済政策や道徳政策の顧問になって国民大衆に勤倹節約を強制しても、経済機構は高度化への自然史的な発展をやめないで、第三次産業化への度合いをすすめてゆくし、都市は農村との接触対面をますます少なくして、H・G・ウェルズの未来小説的にハイパー都市化をすすめるとおもう。この方向は政策や政治とはかかわりない自然史的な必然に属するから、自民のような保守政府でも、社共のような進歩政府でも、退化してしまうことはありえない。せいぜい文明の進展に反動的に逆らうことで、多少の遅れをもたらせるだけだ。

 70年ほど前、大日本帝国の支配者が、無謀で悲惨な戦争を遂行するため、国民に浸透させたスローガンに「欲しがりません、勝つまでは」とか「贅沢は敵だ」というのがあった。佐和流「お説教」はこのようなスローガンと通じる。もうずいぶん以前のことだが、確か糸井重里さんだと思うが、「贅沢は敵だ」をパロって「贅沢は素敵だ」と言った。佐和流「お説教」に対する根源的な批判になっている。吉本さんによる批判の核心もそこにある。 黒子一夫という評論家がまさに「贅沢は敵だ」と全く同じ「お説教」をたれていると言う。吉本さんの批判はそこへと向かう。

 佐和隆光は経済学の専門家を自任しているから、そこまで露骨には言っていないが、黒古一夫のような無智な素人は、国民大衆が高価なファッシヨンを身につけたいために、自由に使える選択消費の部分からそれを購ったことが、バブルがはじけ、不況になった原因だとおもっている。

 わたしが再三いうようにそれは逆なのだ。国民大衆がファッションを身につけて豊かな気分になったり、選択消費を充分に使える状態が経済的好況を主導することになるので、脇を締めて勤倹節約しなければならない状態は政策者や指導者が無能なために起った悪い社会状態なのだ。

 黒古一夫や佐和隆光や中野孝次が清貧な生活をしても、誰も賞めないかわりに咎めるものもいない。だが国民大衆に勤倹節約を説教するのは、まったくのお門違いで、この倒錯は諸国のスターリン主義者や同伴者が国民大衆をあざむいて破産させた根本的な前近代の発想法にしかすぎない。きびしくその錯誤を批判するよりほかありえない。国民大衆に勤倹節約を強制したり勧告したりする佐和隆光のような見解が、ひとかどの経済学者の口をついて出てくるなど、わたしにはとうてい信じ難いことだ。経済学はまかり間違えばすぐに支配の補助学として機能できる側面をもっている。宮崎義一や佐和隆光の不況分析や現在の経済状態の分析は、それほど不都合だとはおもわないが、そこから導きだしている経済倫理や経済政策は、まったくの反動と退化を口当りのいい言葉でつらねているにすぎない。それは経済学的な知識の蓄積の問題ではなく、見識と叡知を問われる側面を経済学がもっているからだ。自分たちはそうしたければ清貧を守ればいい(ただし立てまえだけの嘘をつくのはもうやめるべきだ)。だがすこしは国民大衆の所得を増加させ、民衆が自由に豊かなファッション製品を購買できるようになることを促進するような見識を示してみせるべきではないか。

 経済不況の現状を誤解し、政策や方策をまちがえて不況に陥れた指導者の責任の後始末のために、国民大衆に勤倹節約を説くなどは、まったくの逆縁というもので途方もないまちがいなのだ。

 これまで紹介してきた吉本さんの論考はバブル崩壊(1991年)後のわずか2・3年後に書かれている。そのころの第三次産業化は国内総生産で約55%、就業人口約57%だった。その後、「経済機構は高度化への自然史的な発展をやめないで、第三次産業化への度合いをすすめてゆく」という予測どおり、現在では約70%になっている。しかし現在では、吉本さんが有効な不況政策として提唱している「投入する公共費の割合を第三次産業関係(70%)に向ける」という政策だけでは不況脱出は難しくなっているのではないだろうか。小泉「構造改革」以来悪化し続けている労働環境の改善が同時に行われることが、もう一つの重要課題となっている。次回は、吉本さんが小泉「構造改革」以降の状況をどうとらえ、その状況下での不況対策についてどのような発言をしていたか、をさぐってみることにする。
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