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ミニ経済学史(39)

現在の経済学は?(17):欠けている視点(3)


吉本隆明の「歴史的産業構造の転換」論(1)

 1991年のバブル崩壊からいわゆる平成長期不況が始まった。吉本さんの論考「超資本主義の行方」は1993年に書かれている。現在より20年ほども前の論考なので使われている統計数値は現在のものとは相当に異なるが、産業構造の第三次産業化と第二次産業の空洞化がさらに進んでいる現在でこそ、その論旨はますます妥当することになろう。

不況とはなにか 2

 保守政府は平成5年(1993)4月13日に過去いちばん大規模だといわれる「新総合経済対策」なるものを決めた。総額で13兆2千億と新聞は発表している。なぜこんな大規模な不況の対策を追っかけるように決めなければならなかったか、はっきりしている。これまでの規模の二回にわたるテコ入れくらいでは、おもうような不況脱出のきざしがみられなかったからだ。どうして公共事業費の投入を主にしたケインズ型の不況対策がそれほどの目立った効果をあげないのかは、これまたとてもはっきりしている。

 「これまでの規模の二回にわたるテコ入れ」とは、たぶん次の対策を指している(いずれも宮沢内閣による決定)。
92年3月
 緊急経済対策(公共事業の上期前倒し等)
92年8月
 総合経済対策(事業規模10.7兆円)

 こうした不況対策が効果を上げない理由を、吉本さんは「歴史的な産業構造の転換」という視点の欠如に求めている。前々回に「産業構造の転換」の様子を示すグラフを掲載したが、吉本さんは1990年頃の産業構造を数値で示しているのでそれを掲載しておこう。

国内総生産からみた産業の構成比
 第一次産業 約3%
 第二次産業 約42%
 第三次産業 約55%
就業している人口からみた産業の構成比
 第一次産業 約9%
 第二次産業 約33%
 第三次産業 約57%

 (1990年頃)にもう就業者の人口からみても、国内総生産からみても第三次産業が過半量を占めていたのだ。こんな世界の経済的な先進地域国家で、建設や土木工事や道路や港湾の改修など、第二次産業に属する建設業に公共事業費を投入しても、国内総生産で42パーセントくらい、労働人口で33パーセントくらいが直接の効果に晒されるだけで、大部分の総生産や労働人口を占める第三次産業にたいしては、めぐりめぐった間接的な効果しか期待できないか、途中で効果が消滅してしまうのは、じつにはっきりしたことだからだ。いいかえれば不況対策として建設や土木工事を主体にした公共事業費の投入に期待をかける方策は第三次産業が半分以下しか占めることのない地域国家か、経済段階にしか通用しないケインズ的な(逆にいえばマル経的な)寝ぼけたやり方にしかすぎない。仮に不況脱出の効果があったとしても寝ぼけた、あいまいな、そして遅々とした速度にしかならないことは、はっきりしている。

 もうひとつ付け加えることがあるとおもう。第三次産業を物流と金融や信用や証券の流れのような非物流の二面から眺めたばあいの特徴はふたつかんがえられる。ひとつは物流と金融や信用や証券の流れのあいだに一対一の対応性が成り立たないことだ。もうひとつはそこから派生するわけだが、物流も金融や信用や証券の流れのような非物流も、それぞれに独り歩きして、より有利な経済的な場面に集中して過剰になったり、それにともなう過少な部分をつくってしまうことだといえる。これだけの条件があれば第三次産業が過半量を占めている世界の先進的な地域国家で、ケインズ的な(逆にいえばマル経的な)不況対策が急速な効果をあげえないのは自明のことだというほかない。

 (逆にいえばマル経的な)という但し書きがこの後にも出てくるが、私には意味不明。不況対策の提言をしたマルクス経済学者を私は知らない。ちなみに、松尾さんはマル経のお一人のようだが、リフレ策を支持している。また、吉本さんは財政出動そのものを否定しているわけではない。その重点の置き方を批判している。

 さて、吉本さんは「不況とはなにか 1」で
『世界の経済的に先進的な地域(アメリカ、日本、ECのような)では、個人の消費や企業体の総支出が所得や収益の過半量を占め、そのうえ選択的な消費や支出が、総消費や総支出の過半量のパーセンテージを占めている』
ことを明らかにしているが、それを踏まえてさらに次のように論じている。

 (このことから)個々の国民大衆や民間企業体が選択的な消費や総支出をひき締めてしまえば、どんな政策を採用しても不況を脱出することができないという条件をもつようになっている。いいかえればどんな政治体よりも国民大衆や企業体のほうが優位になってしまっている。

 こんな条件をもった先進的な地域国家で、すこしでも有効な不況政策があるとすれば、投入する公共費の半分以上(わが国でいえば55パーセント以上 現在では70%ぐらいだろうか)を第三次産業関係に向けることしかかんがえられない。この見方から今度の保守政府の「新総合経済対策」をみてみるとどういうことになるのか、すこし言及してみることにする。

1993年経済政策

 表2をみてみると、まず公共投資など、10兆6千2百億のうち公共事業関係に4兆1千7百億が割りあてられている。これは40パーセントくらいに当る。この数値の割りあてはなかなか妥当なものだといっていいことが、第二次産業の国内総生産としての割合が42パーセントくらいであることからすぐに判断される。

 ところで第三次産業関係にたいする割りふりを拾いあつめてみると、大学や研究所施設、教育、医療、福祉などを整備するための施設費1兆1千5百億、政府関係金融機関など2兆4千3百億、中小企業対策1兆9千百億(55パーセント掛け)、民間設備投資の促進5千2百億(55パーセント掛け)、住宅金融公庫1兆8千億(55パーセント掛け)などが最大限の概算に入ってくる。最小限は1兆1千5百億とみなされるから、第三次産業関係の投入分は最大限に見積っても45パーセントくらい、最小限では10パーセントくらいなものにすぎないことになる。

 第三次産業への投入分最大限値は、中小企業対策・民間設備投資の促進・住宅金融公庫の配分額を産業構造比に従って配分した場合の額として計算している。念のために追計算してみたが正確に計算されている。

 理想のイメージを大胆にいえばこの数字は逆さまだ。第三次産業関係の公共投資がむしろ50パーセント(現在なら70%)を超えた額になるような割りふりをもつことが、不況を脱出するための経済対策としていちばんの早道だということはいうまでもないとおもう。ここではまだ政策担当者にケインズ的な方策(逆にいえばマル経的な方策)の有効さが信じられているのだ。すでに不況の原因が先進地域国家における第三次産業の過半分さと、第三次産業における物流と非物流の独立と分離した動きの跛行性からやってきていることが、はっきりしているのに、不況政策は相変らず第二次産業を主体にかんがえられいる。これで効果がすみやかにあらわれるとかんがえる方がどうかしていることになる。

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