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ミニ経済学史(24)

現在の経済学は?(3):イザナミ景気(1)


 「現在の経済学は?(1)」 で掲載した経済動向年表からイザナミ景気の部分を再掲載する。

2002年 景気回復
2004年 景気回復から景気拡張へ
2005年・2006年 好景気継続(いざなみ景気)
2007年 景気後退

(以下は教科書⑥を用いています。今回の議論では国債が解説のキーに使われています。私は、経済学の学習が初めての上に、投資する資金もなければ関心もなかったので株とか国債とかについてはほとんど何も知らなかった。うまく理解出来ない事だらけです。他にいろいろの本を調べてみるが、混乱するばかりの事柄もあります。以下、教科書の文意がよく分らない部分は、私なりの解釈で書き換えたり追記したりしています。間違いがあったらごめんなさい。)

 まず、この後に出てくる経済学の用語について学習しておこう。

総需要
総需要=消費+投資+政府支出+純輸出
 ちなみに、ここで言う投資とは企業の設備投資のことである。また、純輸出は貿易収支とも言い、輸出から輸入を引いたもの。また、総需要は国内総支出とも言い、左辺をGDP(国内総生産)とすることもあるようだ。吉川洋著『現代経済学入門 マクロ経済学』(教科書⑦とします)は次ぎのように定義している。

国内総支出をY、民間消費をC、民間投資をI、政府支出をG、輸出と輸入をそれぞれX・Mとすると

Y=C+I+G+(X-M)

 なぜ「純輸出=輸出-輸入」なのかも説明されている。

「Yは日本で生み出された財・サービスに対する総需要である。輸出は外国人や外国の企業による日本の財に需要であるのに対して、輸入は日本人や日本企業による外国の財に対する需要である。したがって、輸入を国内の総需要から差し引くことにより、日本で生み出された財・サービスに対する総需要が得られる。」

実質GDP成長率
 総需要式の各需要項目の成長率にそれぞれの需要項目がGDPに占める割合をかけ算したものを「寄与度」と言う。この需要項目の寄与度をすべて足したものが実質GDP成長率である。

 この教科書④の説明を、上で設定した記号を用いて、式で表してみよう。例えば、Cの成長率は、[ΔC=(今期のC)-(前期のC)]とおくと、ΔC/(前期のC)と表される。従って、寄与度は[(ΔC/C)×(C/Y)](以下記号×を省略する)となる。従って、実質GDP成長率は次のような式で表される。

実質GDP成長率
=(ΔC/C)×(C/Y)+(ΔI/I)×(I/Y)+(ΔG/G)×(G/Y)+(Δ(X-M)/X-M)×(X-M/Y)…(1)

 ここで私の頭に素朴な疑問が湧いた。

[(ΔC/C)×(C/Y)=ΔC/Y]なのだから、
実質GDP成長率
=ΔC/Y+ΔI/Y+ΔG/Y+Δ(X-M)/Y
=[ΔC+ΔI+ΔG+Δ(X-M)]/Y=ΔY/Y…(2)
である。ならば、
「ΔY/Yを実質GDP成長率と言い、ΔC/Yを民間消費の寄与度と言う」
と定義すれば済むのになあ?

 私はこのようなことに拘泥してしまうので、学習がなかなか進まない。改めて教科書⑦を見てみると、式の推移の順序が逆なのでした。教科書⑦では[Y=C+I+G+(X-M)]がスタートの式で、 Y=C+I+G+(X-M) ∴ΔY=ΔC+ΔI+ΔG+Δ(X-M)
∴(2)式
 そして(2)を(1)に変形して、次のように解説している。

「この式からわかるとおり、総支出Yの成長率は、各需要項目の成長率にその需要項目がYの内に占めるシェアを掛け、それらを足し合わせたものである。これをみることにより、われわれはそれぞれの需要項目がYの成長にどれだけ寄与したかを知ることができる。例えば(ΔC/C)×(C/Y)を消費の寄与度という。当然のことながらある需要項目が高い成長(逆に大きな落ち込み)をしても、Yに占めるシェアが小さければ寄与度は小さくなる。」

 どうやら(1)式のような変形をしたのは、ΔC/Yからは(ΔC/C)×(C/Y)という深い意味(赤字の部分のような)が読み取れるのですよ、ということを示すためだったらしい。それでも私には「ΔC/Yを寄与度という」でも一向にかまわないと思うが、これ以上こだわっても意味がないので、経済学の定義に従って先に進もう。

 さて、2002年が景気回復の年となっているが、実はこの年は不況の底の年だった。「失われた10年」(1991年~2001年)の実質GDPの成長率の平均は1%ほどであり、完全失業率は5%に近かった。この間の実質GDPは増えていない。総需要が冷え込み生産も落ち込んでいるこの時期に、小泉政権は、「構造改革」と銘打って、労働生産性を上げる政策をとった。景気の底はこの政策がもたらした当然の結果だった。実際に景気回復が見られるのは早くとも2003年からである。(ちなみに、不況の底の年を景気回復の始まりとするのは、景気拡大期の始まりは不況の底からとする決まりになっているからだそうだ。)

 2003年の実質GDP成長率は2.1%で、景気上昇の兆しが見えてきたが、各需要項目の寄与度を見てみよう。
 消費の寄与度はわずか0.4%。
 投資の寄与度はマイナス0.4%(2002年)から0.8%(2003年)に増えている。さらに、2004年・2005年も0.9%と、大きく景気を引っ張っていることが分かる。
 政府支出はは一貫してマイナスの寄与度である。公共事業を削減して財政赤字を減らすことを方針とした小泉政権だったが、この支出削減策によって景気が回復に向かったわけではない。
 純輸出の寄与度は2002年からプラス(0.7%)に転じている。2003年は0.8%。その後もかなりの比重で景気回復の貢献している。

 景気回復への転換に一番貢献したのは投資であったようだ。それでは投資の需要が増えた要因は何だったのだろうか。

 企業が設備投資を判断するときに考慮するは将来の収益率上昇と実質利子率である。2003年当時は消費が冷え込んでいて収益率上昇は期待できない。すると2003年の設備投資の伸びは実質利子率の低下、つまりインフレ率の上昇を予想していたと考えられる。では、何を根拠にそのような予想をしたのだろうか。物価連動国債がその根拠だという。

 国債はいわば国の借金証書である。普通の国債は満期になったときに返してもらえる金額が決まっているのに対して、物価連動国債は返してもらえる金額が物価に連動している。物価が上がればその分もらえる金額も上がることになる。普通の国債も物価連動国債も市場で売買されているが、そこでは結局どちらの国債も有利さが同じとみなされるように利回りが決まると考えられている。このことを式で表してみよう。

 売買時点での「普通の国債の利回り」をF、「物価連動国債のインフレ調整後利回り」をR、予想インフレ率をYとすると
F≒R+Y 従ってF-R≒Y
となるような売買が行われている。そこで、「F-R」を物価連動国債と普通の国債の利回りが等しくなる(break even)ようなインフレ率ということで、「ブレーク・イーブン・インフレ率」と呼んでいる。「物価連動国債の発行規模は小さいのでブレーク・イーブン・インフレ率を経済全体の予想を表すには不適切」とか「ブレーク・イーブン・インフレ率は真の予想インフレ率よりもやや高めに値が出るのではないか」など懸念があるが、他にもっといい方法がないので、ひとつの目安としては有用であるとして、松尾さんはブレーク・イーブン・インフレ率を用いてイザナミ景気の分析をしている。次のようである。

ブレーク・イーブン・インフレーション

 上の図によると、ブレーク・イーブン・インフレ率は、 2004年3月の物価連動債発行時点で0.1パーセント
のプラスの値をつけ、その後どんどん上昇して、
2004年8月下旬には1パーセントに迫るところまで達した。その後、
2005年半ばまで、0.8~0.9パーセントで推移していった。

 次ぎに利子率を見てみると、名目利子率(銀行が企業に融資するときの利子率)の平均は、
2003年で1.79パーセント
2004年で1.73パーセント
2005年で1.62パーセント
と、戦後最低記録を更新し続けていた。

 このブレーク・イーブン・インフレ率と名目利子率の推移をもとに、松尾さんは次のよう判断を下している。(原文をそのまま引用する)

 この(ブレーク・イーブン・インフレ率の)数字自体、景気拡大にとって十分なものかどうか分からないのですが、ともかく、この時点で市場参加者のデフレ予想が消えていたことは間違いないと思います。現実にはまだデフレが続いていたのですが、人々の将来予想としては解消されていたわけです。

 (名目利子率の上昇に関わらず)それまで加えられていたデフレ予想が消えて、かえってインフレの予想をするようになったわけですから、実質利子率は、今度こそ正真正銘の「超低金利」。設備投資が起こってくるのも当然です。

 何しろ、目の前の現実はデフレで、いろいろなモノの価格は今が底値だろうと予想されるわけです。この機を逃すと、機械も、鉄鋼も、セメントも、値段か今より上がるに違いないのです。利子率の低い今のうちに借金をして設備投資しておけば、将来自分のところの製品の売値も今より少しは上がるから、借金を返すのも楽です。まさに今しかない!

 かくして、2002年に前年比マイナス5.2パーセントという落ち込みを見せていた民間企業設備投資は、03年には4.4パーセントの増加、04年は5.6パーセント、05年は9.2パーセントと拡大し、景気回復をもたらしたのでした。

 このように、松尾さんは、ブレーク・イーブン・インフレ率を用いて、
『2003年頃からの景気「回復」をもたらしたのは企業の設備投資の増加であり、これは、人々のデフレ予想が解消され、逆にインフレが予想されるようになったために生じた』
という判断をした。では、この時期に人々のインフレ予想を誘引した要因は何だったのだろうか。
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