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ミニ経済学史(21)

新しい古典派の時代(4):その功績


 「新しい古典派の時代(1)」で触れたように新しい古典派には大きく三つの学派があった。教科書④はそれぞれの学派の功績を以下のようにまとめている。

フリードマン(マネタリスト)

 フリードマンは労働市場の需給一致を頭から想定している。つまり、労働供給が労働需要を超過して、働きたいのに働けない状態にある失業者(非自発的失業者)がでる事態は最初から想定していない。これは非現実的な想定であり受け入れ難いが、ケインジアンの「貨幣賃金率の硬直性」という前提を問い直したことが功績として認められる。詳しく説明すると次のようになる。

 ケインジアンは貨幣賃金率は上がるとしても、物価ほどスムーズには上がらないと考えていた。その前提が「総需要拡大政策をとって物価を上げることによって実質賃金率を下げて、労働需要を増やすことができる」という理論を生んだ。しかし、実際には「労働者達は物価の上昇を直ちに認識して、実質賃金率が下がらないように、貨幣賃金率の賃上げを要求し闘い取っていった。そうすると、総需要拡大政策をとって物価が上がっても、スムーズに貨幣賃金率が上昇して、実質賃金率は簡単に下がらないことになるから、労働需要は増えないことになる。これがスタフグレーションの原因であるという分析から、「価格伸縮性」を前提としたフリードマンの現実を反映した理論が生まれた。

サプライ・サイド派

 サプライ・サイドは「供給側の活動を重視」するという意味だろう。その対抗軸はデマンド・サイト(需要側)である。日本語では前者は「有効供給の原理」(古典派のセイ法則)、後者は「有効需要の原理」(ケインジアンのワルラス法則)と表記しているようだ。これまでの学習から、どうやら、経済学は大きくはこの二つの立場のどれに依拠するかによって二つの学派に分けられるようだ。新しい古典派は古典派理論に回帰したのだから、その中に供給側の活動を重視するサプライ・サイド派があるのは当然なことだろう。教科書④はこのサプライ・サイド派の功績について次のように述べている。

 サプライ・サイド派はケインジアンの見方が短期的であるという弱点を突いたことがその功績である。ケインジアンは消費が増えて貯蓄が減ることは需要が増えることだからいいこと考えた。これに対してサプライ・サイド派は、ケインジアン説は短期でのことであり、長期的には貯蓄率が高いほうが投資増につながり、生産力(供給)が上がることになり好ましいと考えた。

 サプライ・サイド派の説はあくまでも完全雇用が維持されながら成長する長期的な経済状態における主張である。この点を無視して、需要不足で不況の真っ最中の経済をどう引き上げるかという課題に直面しているときに、「反経済学的発想」の安直な産業強化策を取ってはならないと言い、その悪例としてあのレーガンの軍事産業強化策を挙げている。


合理的期待形成学派


 合理的期待形成学派は現在の学界の主流に直接つながっている。その成果は「新しい古典派の時代(2)」で「新しい古典派の特徴の一つに挙げた「(4)' ミクロ的基礎付け(方法論的個人主義)」である。それはフリードマンのあとシカゴ大学のトップスターになっているロバート・ルーカスやロバート・ジョセフ・バローなどが始めたもので、
「いろいろなマクロ経済の関数は、個々の家計や企業が、各自自分にとって一番良いとなるよう手段を選んでいく仕方から導き出さなければならない。」
という主張である。この合理的期待形成学派の主張をもう少し詳しく解説すると次のようである。

 人々は自分の経済的動向を計画するときには、いま得られる情報を最大限に使って将来の価格などを合理的に予想して振る舞う、と合理的期待形成学派は考えた。これを「合理的期待」と呼んでいる。このことを前提に考えると、どのような経済政策をとってもそれは無効になるという結論になった。フリードマンの考えでは、短期的には政策効果があるけど長期的には無効、ということだった。それに対して合理的期待形成学派は、短期的にも無効だと主張したことになる。

 ルーカスはまず金融緩和政策を例に取り、次のように主張した。
 その政策を知った人々がその政策の結果起こるインフレを平均的にせよ予想できるならば、物価が上がるだけで事態はなにも変わらない。
 それを引き継いだ形で、バローが財政政策について次のように同じようなことを主張した。
 国債発行して赤字財政政策をとったとき、将来国は利子をつけて返さなければならない。それに対して人々は将来その分の増税を予想して、それに備えて貯蓄を増やして消費を減らす。つまり、政府が消費需要の増加を見込んで財政支出を増やしても消費需要の増加にはつながらない。もし減税した場合はそもそも赤字財政政策の効果もなくなってしまう。
 これは実はリカードが同じことを言っていたという。そこで、この理屈はいま「リカードの中立命題」と呼ばれている。

 上のような議論が何故合理的期待形成学派の功績として取り上げられているのだろうか。実はこれはケインジアン派に対する重要は批判になっているという。

 ケインジアン派に「ハーベイロードの前提」という命題がある。ケインズが生まれ育ったハーベイロード街はイギリスの知識エリートが集まる町であった。その地名を使って、弟子のハロットが名付けたという。ケインジアン派の次のような姿勢を意味しているという。

 人々の意識から独立したマクロ経済の法則が客観的にあり、人々はその法則に知らず知らずのうちに盲目的に突き動かされて行動している。頭が良くて公平無私なケインジアンの政策エリートは、経済の外に立って、あたかも物理学者が物質を分析対象とするように経済を対象として扱い、その中に法則を見いだして、無知な大衆のために正しい政策を立案実行してやっているのだ。

 経済社会の渦中にいる主体である大衆は無知であり、理論を組み立てている自分たちだけが合理的である、と思い込んでいる。ケインジアンは多かれ少なかれこの前提を共有していたという。(今でもこのような上から目線の思い上がった学者が多い。これは管理人の感想)。

 合理的期待形成学派は上述のようなケインジアンの根本的な姿勢の問題点を突いたのだった。教科書④は次のように締めくくっている。

 頭のいいケインジアンが理論を作って政策判断したならば、それが本当に正しい役に立つ理論だったら、経済の中で生きている企業の人や消費者でも勉強して身につけることができるだろう。そして、人々はみなケインジアンのエリートに負けないくらい将来を予想するようになるし、どんな政策がとられるかを先読みして先手を打つようになるだろう。そうなれば、政策効果は無効になってしまうという結論がでる場合があってもおかしくはない。逆に、政策エリートのほうも、学問の世界だけに埋没している仙人のような者ではなく、実経済の中に生きている存在だ。だから彼らも、企業の人や消費者に負けず劣らずに自己利益を追って行動している。学者はそういう大衆と同じ目線を前提にして理論を作るべきである。

 さて最後に、以上の「反ケインズ革命」によるケインジアンの方法論への批判をまとめておこう。

 それまでのケインジアンは計量経済学の手法で見つけてきた式を、あたかも不変の法則のようにみなして組み合わせて、景気予想や政策効果の予想をしていが、実際には実社会の変動に従って式の内容も変化していく。だから政策効果の予想もはずれることになる。どのように式が変化すのかを考えるためには、ミクロ的基礎付けと予想形成を考えなければならない。

 まず、調整にかかる時間については多少意見が分かれるが、価格や賃金は硬直的でなくて、需要供給の具合に応じて上がり下がりするものとして扱うこと。さらに、短期のことだけ考えないで、経済が長い目でみて動いていく先も考えないといけない。そして、人々が行う各自の最適計画から積み上げて、マクロ法則を導き出すこと(ミクロ的基礎付け)。その際の将来予想は、手持ちの情報から合理的に形成しなければならない。そうすると、人々の予想によりその最適計画が変わるのだから、そこから導かれるマクロ法則も変わることになる。それに気づいた最初の一例がフィリップス曲線のシフトだった。

 ちなみに、上述のような立場からできた新しい古典派のマクロ経済モデルの一つの「ひな形」になったものに、キッドランドとプレスコットの『リアル・ビジネス・サイクル』理論がある。ここでの「リアル」の意味は、「現実」という意ではなく、「貨幣的な要因がない」という意味である。つまり、貨幣や金融ではなく、自動車や鉄などのような財やサービスの「実物」という意味である。貨幣的な要因がないとは、総需要側の要因が一切ないということであり、ひたすら供給側の生産性の予想されざるショックだけで景気循環が発生するという理論である(サプライ・サイドですね)。

 この理論では、やはり、最初から労働の需要供給は一致していて、終始失業の生じる余地はないこと、もちろんのことさらに、政策が介入する余地も必要もなにもないことが前提とされている。これではまったく非「リアル(現実的)」な景気循環理論と言うほかない。上の世代の学者達の中には、このへんでつまらなくなって、理論経済学研究をやめてしまった人も多いという。

 しかし、実はこれは出発点だった。これを踏み台にして、その後の理論が発展していくことなった。「全市場完全均衡」だとか「政策無効ゆえやる必要なし」といったような新しい古典派的常識を乗り越える研究が、ここから生み出され始めたのだった。次回から、いよいよ最近の経済学の動きを見ていくことになる。
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