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ミニ経済学史(17)

ケインジアンの時代(4)―ケインズ(2):「大きな政府」論

 ケインズは財と交換することができるという資産の性質を「流動性」と呼んだ。また、この流動性が一番高い資産ということで「貨幣(いつでも自由に支払いに使える資産)」という概念を導入した。そして、人々は予想外の緊急の支出に備えるため、流動性のなるべく高いものを欲しがる性質があると言う。流動性の最も高い資産は貨幣であるから、人々は必然的に貨幣を所持したがることになる。ケインズは「予想外の支出に備える」という貨幣の所持動機を「予備的動機」と呼んだ。貨幣を持ちたがる動機には債券のような資産の価値下落のリスクに備えるという動機もある。これを「投機的動機」と呼んでいる。そして、それらの動機により貨幣を欲すること(貨幣需要)を「流動性選好」と呼んだ。

 改めてケインズ法則が主張していることを簡潔にまとめると、「流動性選好のため貨幣が需要超過となるということは、有効需要(消費需要+投資需要)が不足することである。つまり、財・労働が供給超過(デフレと失業の進行)となる」となろう。流動性選好説が正しければ、不況は必然ということである。

 ここで失業とは労働市場での供給超過のために起こる失業であり、ケインズはこれを「非自発的失業」呼んでいる。新古典派は賃金などが不満で自ら退職する失業を「自発的失業」と言い、労働供給超過の職業や地域から労働需要超過の職業や地域に移動する間の一時的な失業を「摩擦的失業」と言って、失業とはそのいずれかであると考えていた。1930年代の不況下の失業は非自発的失業であり、新古典派の想定外の失業だった。従って、新古典派はこの失業を労働組合の責任とするほかなかったのだった。

では、どうすれば不況を克服したり回避したりすることができるのだろうか。この問題の解答はすでに「ケインジアンの時代(1)―「労働力の包摂」から見る」で触れていた。その部分を再引用する。

『(大恐慌の事後対策に失敗後)恐慌をなるべく起こさないようにしようという対策に変ってくる。これは、初めは恐慌に落ち込んでしまった経済をいわゆるポンプの呼び水でもって復活させるというところから始まり、やがて調整政策という形に変っていく。そのいちばん中心をなすのはフィスカルポリシーを中心とした財政金融政策である。いずれにせよ、それは恐慌にたいする予防的な措置を強め、大幅な恐慌が起こることを予防して、大量の失業者が生ずることをできるだけ回避するという狙いをもった政策と言うことができる。
(注記 広辞苑より) フィスカル‐ポリシー【fiscal policy】  財政的手段によって国民経済の動きを制御し、完全雇用と安定成長を達成しようとする政策。主にケインズ的な立場に立った財政政策をいう。』

 失業の根源的原因は流動性選考による財の需要減少と投資の供給減少であった。このため、財は売れ残る、利子率は下がらない。このようなときに設備を増やして増産しても製品が売れないし利子が高いのだから借金抱え込むだけで終わるのが目に見えている。当然企業の設備投資が停滞した。するとますます不況となり……という悪循環が大不況へと落ち込んでいく要因だった。

 この事態に対する対策として考えられるのが利子率を下げるために貨幣供給量を増やすという中央銀行による金融緩和策であった。貨幣供給量を増やせば、それが債券の供給増加を引き起こし利子率低下につながるという理屈である。いまアベコベミクスがやっている「第一の矢」である。多くの人が期待しているが、1930年代の大恐慌のときにはこの政策は破綻している。ケインズは1932年のアメリカでの例を挙げて指摘している。何が起こったのか。増加した貨幣は債券の購入に向かわず、貨幣の形態のまま保有し続けられ、利子率は下がらず、事態は何ら変わらなかったのだった。ケインズはこれを「流動性のわな」と呼んだ。

 もう一つの政策が政府による財政支出の拡大である。アベコベミクスの第二の矢はこれである。政府が財やサービスの購入を増やせば、企業の生産活動が盛んになり、労働需要も増加する。企業は利潤が増加し、労働者の賃金も上がる。それは財やサービスの需要増加をもたらし、景気はさらに上向いていく。最初の政府の財政支出を大きく上回る所得増加につながるという理屈である。

 このとき、経済全体の最終生産額が政府の財政支出何倍になるかを示す割合を「乗数」と言う。(この乗数の計算式が教科書④には書かれていない。これについては教科書⑤を用いる。)
 乗数の計算式は
「乗数=1/(1-限界消費性向)」
と表される。ここで「限界消費性向」の意味は次のようである。消費や投資などの「追加」のことを、経済学では「限界」概念と呼んでいる。また「性向」とは「何かをしたいという傾向」のことであるから「限界消費性向=消費として追加したい金額の割合」といった意味になる。例えば
 賃金が10万円上がり、そのうちの8万円を消費支出分としたいとき「8/10=0.8」を限界消費性向と言う。つまり、人々が所得が増えたときそのうちどれだけを消費にまわすかという割合のことである。例えば、限界消費性向が
6割なら乗数は1/(1-0.6)で2.5倍
8割なら乗数は1/(1-0.8)で5倍
9割なら乗数は1/(1-0.9)で10倍
となる。財政支出政策によって、それぞれ最終生産額が政府の財政支出の2.5倍・5倍・10倍になったということである。実際にこの理論通りいくとしたら、「めでたしめでたし」ということになるが、はたしてどうなのだろうか。

 1930年代の大不況はこの財政支出によってある程度は克服された。これがアメリカのルーズベルト大統領によるニューディール政策である。しかし、このときのニューディール政策は少し景気が回復した段階で金融緩和策とともにこの政策を打ち切ってしまったため、再びひどい不況に逆戻りしてしまったと言う。むしろ、その当時のナチスドイツのシャハト経済大臣、あるいは日本の高橋是清大蔵大臣などは、ケインズの理論通りような政策を貫徹して立派に景気を回復させていた。教科書①を用いて、これと同じ解説を「ケインジアンの時代(1)―「労働力の包摂」から見る」において紹介している。次のようであった。

『さしあたりの恐慌対策としては、実は日本・ドイツなどの方が成功している。つまり強権的に押さえつけた方が早く恐慌からぬけ出せることになった。しかし、最終的にはそれは戦争をやらざるをえなくなる体制であり、実際に戦争へと突き進んでいった。そして、それらの国が戦争に敗れた後は、いずれの国もニューディール型の対策をとらざるをえなくなってくる。』

 さて、教科書④はケインズをどのように評価しているのだろうか。最後にそれをまとめておこう。

 ケインズは1930年代の日本・ドイツが行ったような直接命令で強制する経済政策を主張したわけではない。ケインズは経済は生き物のように自律的に動くものであることを踏まえて、不況対策という経済のコントロールについても、その中にある人為を離れた法則を見いだして、その法則を利用して動かそうとした。有効需要が少ない世界では、企業者の利益は全体としてゼロ以下になり、「特別の技能と異常な幸運」に恵まれた人が得た利益の裏には、そうでない人々の損失がある。しかし、有効需要が十分あればそのようなことにはならない。これがケインズの言わんとしたことである。教科書④は『一般理論』(塩野谷祐一訳)から、次の一節を引用している。でおおよそ次のような主張をしている。

……もし諸国民が国内政策によって完全雇用を実現できるようになるならば……、一国の利益が隣国の不利益になると考えられるような重要な経済諸力は必ずしも存在しないのである。適当な条件のもとで国際分業や国際貸付が行われる余地は依然としてある。しかし、一国が他国から買おうと欲するものに対して支払いをする必要からではなく、貿易収支を自国に有利にするように収支の均衡を覆そうとする明白な目的をもって、自国商品を他国に強制したり、隣国の売り込みを撃退しなければならない差し迫った動機はもはや存在しなくなるであろう。

 国際貿易は現在では、外国市場に対して販売を強行しながら、購入を制限することによって国内の雇用を維持しようとする必死の手段となっているが、これはたとえ成功したとしても、失業問題を競争に敗れた隣国に転嫁するにすぎない。国際貿易は現在見られるこのような姿ではなくなり、相互利益の条件のもとで喜んで行われる財貨およびサービスの自由な交換となるであろう。

 ケインズは、第一次世界大戦が終わったとき、ドイツから賠償金をむしり取ろうとする戦勝国の動向に反対していた。彼は、このような「食うか食われるか」の反経済学的図式こそが平和を壊すものとみなして、一貫して嫌悪している。「世界全体が豊かになる共存共栄の世界を実現する余地は必ずある。だからこそ政府の政策が必要なのだ。」これがケインズの考えだった。しかし、ケインズのこのような真っ当な主張は生かされることなく、世界は第二次世界大戦に突入していってしまった。

 現在、太平洋圏諸国を巻き込んで交渉中のTTPは、アメリカ合州国を牛耳っている強欲1%とそれに迎合する属国財閥の利益を最優先するとんでもない不平等条約だ。「経済学的発想」を装っているが明らかに「反経済学的発想」の牙が見え隠れしている。
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