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ミニ経済学史(16)

ケインジアンの時代(3)―ケインズ(1):古典派批判

(「ケインズ」章は理論が錯綜していてちょっと手こずっています。)

 古典派も新古典派もセイ法則を前提にしているという点では区別はないという理由で、ケインズは古典派と新古典派を一緒くたにして「古典派」と呼んでいるという。古典派の時代と新古典派の時代ではその社会経済状況がまったく異なるのだから、このようなくくり方が成り立たないことは明らかだ。実際、新古典派の依拠した原理がセイ法則ではなく、それを修正したワルラス法則であるという。ではワルラス法則とはどのような命題だろうか。

 前回の記事を整理すると、セイ法則の正確な定義は
セイ法則
「諸財の超過需要の和は恒等的にゼロ」

であり、このセイ法則のケインズによる解釈は
「需要の総価値額と供給の総価値額は等しい」
あるいは
「諸財の供給はそれ自身の需要を生み出す」
だった。また、「生産費の全部が、直接および間接に、全体として、生産物の購入に支出される」という説明もあったが、これは実は古典派学者がセイ法則が成り立つため大前提としたもので、その時代の市場状況に対する認識を示している命題と考えるのがよいようだ。分かりやすく言うと、古典派の時代(産業革命直後)はほとんどの労働者(主として婦人・幼年労働者が担っていた)はかろうじて生きられる程度の賃金しか得られなかった時代であり、労働者は賃金のすべてを生活維持のために消費するほかなかつた。セイ法則はそのような時代における命題であった。このセイ法則を「風が吹けば桶屋が儲かる」的に解釈すると次のようになろう。

 セイ法則は「誰もが何かを供給した見返りに入ってきた所得をそのまま全部消費する」ことを前提としている。この前提のもとでは、「総需要=総供給」となるから、ある財で供給超過で売れ残りが出れば、その一方では別の財で需要超過で品不足になっていることになる。この場合、供給超過になっている財の価格は下がり、需要超過になっている財の価格は上がる。消費者にとっては、価格が上がった財より価格が下がった財を買う方が得だから、需要超過財の需要は減って、供給超過財の需要は増える。やがて均衡する。これがセル法則が言わんとしている命題の具体的な内容のようだ。

 さて、新古典派の時代(第二次産業革命後、労働力は主として成年男子が担うようになる)は株式会社が普及しいわゆる金融資本的蓄積様式が確立していく時代だから、セイ法則はそのままでは成り立たない。マーシャルなど新古典派が依拠した法則はセイ法則を修正したものでワルラス法則と呼ばれている。その正確な定義は次のようである。

ワルラス法則
「諸商品の超過需要の和は恒等的にゼロ」

 セイ法則の「諸財」が「諸商品」に代わっている。何が違うかというと、「諸商品」は財だけではなく、「債券や労働のような商品も全部含めた」概念だそうだ(ここで「債券」というのは「株」なども含めた資金の運用手段全体を指している)。セイ法則では資本家や地主の影が見えないのをいぶかしく思っていた(あるいはそれは私の誤解で資本家や地主も含めた命題なのだろうか)が、ワルラス法則では明らかに資本家や地主なども含めた市場全体が対象となっている。「諸商品」などという紛らわしい用語を使わずに表現すれば、ワルラス法則の正確な定義は次のようになる。

ワルラス法則
「諸財、債券、労働の超過需要の和は恒等的にゼロ」


 この法則の場合はセイ法則とは異なり、「諸財、債券、労働」全体での議論だから「諸財の超過需要の和がゼロ」(セイ法則)になるとは限らない。そういう意味でセイ法則を「セイの恒等式」、ワルラス法則を「セイの方程式」と呼ぶそうだ。以下ではケインズが槍玉に挙げていたのは、セイの法則ではなく、ワルラス法則だと解釈して話を進める。

 ワルラス法則を「風が吹けば桶屋が儲かる」的な解釈ではなく、ちょっと学問めかして解釈すると次のようである。まずはいろいろな用語の意味を確認する。

所得
 最終財の総生産額から原材料・燃料などの投入費用(投資)を引いたもの。つまり、社会構成員が自由に使える最終財の生産額、言いかえれば最終財の総供給量である。
貯蓄
 所得から消費を引いた残りのこと。従って株や債券を買うこともこの中に含まれる。
投資
 企業の設備投資のこと。

 上の定義によれば
 「貯蓄+消費=最終財の総供給」
であり
 「投資+消費=最終財の総需要」
である。新古典派は「貯蓄は全て投資に使われる」こと、つまり「貯蓄=投資」を前提にしているのだから、「総供給=総需要」ということになる。つまり、財や労働で全般的に供給過剰になっても、その裏で債券の需要超過が起こって利子率が下がる。利子率が下がれば設備投資が増え、雇用も増え失業者は無くなり、財市場も均衡していく。これがワルラス法則である。

 ところが、1930年代の大不況のときは、価格も賃金も下がり続けたうえ、失業者は減るどころか、ますますひどい状況になっていった。ワルラス法則に依拠している経済学者たちはワルラス法則に反するこの状況を次ぎのように説明して労働組合を攻撃したという。
「失業が出たら貨幣賃金率が下がるのが自然なのに、労働組合が貨幣賃金率の引き下げに抵抗する。そのせいで市場メカニズムが働かなくて失業がなくならないのだ。」

。  これに対して、ケインズは古典派が信奉しているワルラス法則が誤りなのだと考えた。その誤りの根源は「人々は財・労働・債券の供給の見返りに手に入る所得を全て財・労働・債券を買うのに使う」というワルラス法則が依拠している暗黙の前提にあるとした。ケインズはこの前提は現実には成り立たないと言う。ケインズは現実では
「人々は供給の見返りで入ってきた所得を全部支出したりせず手元に残す。それはとりも直さず、社会全体では供給より需要が少なくなることであるから、売れ残りが生じることになる。」
と主張する。ケインズは「手元に残す」所得を「貨幣」(必要に応じていつでも引き出せるような普通貯金や定期貯金も含まれる)と呼ぶ。このケインズの主張をワルラス法則流に定義すると次のように表せる。(経済学会ではケインズ法則などという呼称はないようだが、ここではこれをケインズ法則と呼ぶことにする。)

ケインズ法則
「諸財、債券、労働そして貨幣の超過需要の和は恒等的にゼロ」


 この場合、財や労働の供給超過(売れ残りや失業)が起こっても、その裏では貨幣の需要超過があるだけで債券市場には何の変動もないということのあり得る。すると利子率にも何の変動も起きない。利子率が下がらなければ設備投資も増えず、財市場では財の需要に合わせて生産が減少していって均衡することになる。その結果、失業が出たまま市場全体が均衡してしまう。ワルラス法則に貨幣を含めれば、このような状況が生じることが説明できる。

 ケインズはこのような事態を回避するためには「大きな政府」が必要だと説いた。次回はその説のあらましをまとめてみよう。
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