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557 新新宗教批判(23)
宗教は倫理の問題である。
2006年7月23日(日)


 「第542回 7月3日」で私は次のように書いた。

 全ての宗教を包含する「普遍宗教」というものがあるとすれば、その宗教の 神は自然にほかならないのではないか。地上から浮遊してさまよい続けた挙句、 霊(こころ)は本来のあるべきところ、この地上に戻ってくる。神秘めかした 言説を一片なりとも必要としない。

 ではその普遍宗教の教義は何なのか。

 どの新新宗教も、その教義のばからしさに拘わらず、「良いことも言っているじゃな いか」という「まともな部分」がある。その部分の説教は通俗的な道徳であったり 愛であったり自由や平等や公正さであったりする。しかしそれらのほとんどは 既成宗教からの抽出・合成をしたものである。既成宗教はすでに現代社会の根 源的問題の解決にはなんらの貢献もなしえない。古田さんの言葉を借りれば、 「立ったまま枯れている」。新新宗教のどんなありがたいご託宣も既成宗教 の枠組みを超えるものではない。

 普遍宗教の教義は諸宗教の「まともな部分」をすべて含んだ上でさらにそれ らを超えるものでなければならない。それはいいかえれば、現在の根源的な問 題に真正面から向き合うことができる「倫理」、人類が現状の「どうしようも ないドウツブ」から抜け出て、大自然と調和した「まともなドウブツ」となる ための「倫理」にほかならない。新しい倫理の創出が現在のラジカルな課題と なる。

 今までに取り上げてきた人たち、たとえば吉本さんや古田さんのさまざまな 論考もその底流には「新しい倫理の創出」というモチーフがあると思う。また ロールズの「正義論」もそのような観点から読むことができよう。
 私の狭い視界に入ってこないだけで、このほかにももっとたくさんの人が 新しい倫理創出のための真摯な営みを積み上げているに違いない。

 柄谷行人さんの「倫理21」(平凡社)がすぐ思い出された。カントの哲学に 依拠しながら新しい倫理の創出を試みている。「あとがき」の日付は「1999年11 月」とある。この書名にはたぶん「21世紀を迎えるにあたって、新しい時代に 堪えられる倫理創出の試み」という自負が含まれている。
 柄谷さんは最近「世界共和国へ」(岩波新書)という著書を上梓した。その 中の「普遍宗教」という章の最後に、「倫理21」の概略を述べている文章があ る。それを引用する。(ただし柄谷さんのいう「普遍宗教」は、私が言う「普 遍宗教」とは違い、キリスト教・イスラム教・仏教などのいわゆる「世界宗 教」を指している。)

 しかし、ここで強調しておきたいのは、普遍宗教は社会運動を生み出したと はいえ、それ自体はけっして政治的・経済的な運動ではなかったということで す。一九世紀の社会主義者にはイエスを社会主義者と見る人たちが少なくなか った。カウツキーも原始キリスト教を社会主義運動としてとらえています。仏 教に関しても似たようなことがいわれます。だが、そのような考えは事実に反 しているといわねばなりません。普遍宗教がもたらしたのは、自由の互酬性 (相互性)という倫理的な理念です。それが政治・経済的平等を含意するにい たったとはいえ、後者が至上目的ではなかった、ということを忘れてはならな いのです。

 カントは、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱え」という格 率を、普遍的な道徳法則として見いだしました。「目的として扱う」とは、自 由な存在として扱うということです。自分が自由な存在であることが、他者を 手段にしてしまうことであってはならない。すなわち、カントが普遍的な道徳 法則として見いだしたのは、まさに自由の相互性なのです。そして、この場 合、「他者」は、生きている者だけではなく、死者およびまだ生まれていない 未来の他者をふくみます。たとえば、私たちが環境を破壊した上で経済的繁栄 を獲得する場合、それは未来の他者を犠牲にすること、つまり、たんに「手 段」として扱うことになります。

 自由の相互性をこのように理解するならば、それが資本主義と国家に対する 批判をはらむことは当然です。あとでのべるように、カントは抽象的な道徳 論にとどまらず、生産者協同組合や国際連合について考えたのです。しかし、 ここで強調しておきたいのは、カント的な倫理が普遍宗教に由来していると いうことです。カント自身がそうしたように、宗教を批判してもよいし、また 批判すべきですが、そのことが、宗教によって開示された倫理=交換様式を 否定してしまうことになってはなりません。


 「普遍宗教がもたらした自由の互酬性(相互性)」という概念の理解には、 それを論じている部分を読む必要があるが、ここでは「なんとなく分かるよ」と 読みすごしても全体の趣旨は理解できると思うので、いまは深入りしない。 (成り行きによっては柄谷さんの著書を取り上げることになるかもしれませ ん。)
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