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ミニ経済学史(11)

新古典派の時代(4)―A.マーシャル(1)・思想的立ち位置

 前回、アルフレッド・マーシャルが「ミクロ経済学」の教科書大系を築いたという紹介があったが、この「ミクロ経済学」とは何だろうか。これも人によっては常識の範囲の事柄なのだろうが、私には曖昧な理解しかないので、ウィキペディアのお世話になろう。

 ミクロ経済学(ミクロけいざいがく、英: Microeconomics)は、マクロ経済学に並ぶ近代経済学の主要な一分野である。

 経済主体の最小単位と定義する家計(消費者)、企業(生産者)、それらが経済的な取引を行う市場をその分析対象とし、世の中に存在する希少な資源の配分について研究する経済学の研究領域であり、最小単位の経済主体の行動を扱うためミクロ経済学と呼ばれる。

 これとは別に個別の経済活動を集計したマクロ経済学という領域もあり、ミクロ経済学と併せて経済学の二大理論として扱われている。ただし、現代ではマクロ経済学もミクロ経済学の応用分野の一つという面が強い。ミクロ経済学は、その応用分野であるマクロ経済学、財政学、金融論、公共経済学、国際経済学、産業組織論などに対して、分析の基礎理論を提供する役割をも果たしている。

 さて、本題に入ろう。初めにマーシャルの経済学研究の根柢にある思想的な立ち位置を知ることから始めよう。その上で、次ぎにその経済学説のあらましを具体的にたどることにする。

 松尾さんは、経済学を志す者はマーシャルの主著『経済学原理』(1890年刊 以下、『原理』と略す)の第1編を読むべきだと言っている。そこにはおおよそ次のようなことが書かれていると言う。

『貧困は避けられないものではなく、貧困をなくすことが経済学の主要な目的である。そして、市場経済の発展で昔と比べて人々が利己的になったと思われているのは幻想で、隣人とのきずなこそ薄まったかもしれないが、よそ者に対する同情は昔よりはるかに高まっており、人々は正直で公正になっている。実際には不正で反社会的な競争もあるが、競争を規制することでかえって強者の排他的な特権が作られがちである。産業革命期の産業の自由は残酷な弊害をもたらしたが、それは本来の姿ではない。産業の自由の本質は独立独歩であり、それは長い目でみて労働者階級の状況を進歩させ、新たな結合をもたらす。』

 これはまるでマルクスの主張のようである。マルクスは
『資本主義は短期的には不公正と変動で人々を苦しめるけど、長い目でみたら普遍性をもたらす。』
というようなことを言っていた。この二人の主張は
『強者が力で意図的に世の中を動かして弱者を食い物にするという「反経済学的発想」の図式が当てはまるのは短期的なもので、長い目でみれば、みんながトクになれるような、誰の意図でもない進歩がもたらされる。』
といった点で共通している。

 松尾さんは、『原理』の第1編には『「反経済学的発想」の市場主義者が経済学をゆがめている』ことについての言及があると言い、そのくだりを引用している。(馬場啓之助訳の東洋経済新報社版から)

 19世紀初期独占的な階級的特権をもつようになったところの、冷酷な雇主や政治屋のうちには政治経済学の権威を味方にしておくほうが都合がいいとみて、みずから「経済学者」だと称したものもある。現代にいたってもなお、同時代の経済学者たちは異口同音に大衆にたいする十分な教育費支出こそ真に経済的なものであり、これに反対するのは国民的見地からみて誤りでおろかであると主張するようになったのに、いぜん経済学者の名においてこれに反対しようとしているものがあるのだ。

 ところでカーライルやラスキンは十分な検討も加えないで、偉大な経済学者たちが実は反対しているような言行にたいしてもかれらに責任があると論じた。そしてカーライルやラスキンほどのすばらしく気高い詩的ビジョンをもたない多くの思想家が、これに追随してあらわれたために、偉大な経済学者たちの思想と性格について通俗的な誤解が生まれてきたのである。

 実際にはほとんどすべての経済学の創立者たちはヒューマニズムを信奉しており、親切で思いやりの深い気質の人たちであった。かれらはみずからのために富を得たいとは考えなかったが、富が大衆のあいだに幅ひろく分布していくことを望んだ。どんなに力強いものであっても、反社会的な独占にはかれらは反対した。数世代にわたってかれらは、雇主の連合組織には許されている特権を労働組合には認めないような階級的立法には反対した。かれらは旧救貧法が農業労働者その他の労働者たちの心情と家庭におよぼす害毒を防止するようその対策をたてようとした。政治屋や雇主のうちには経済学者の名のもとにしつようにこれに反対するものがあったにもかかわらず、かれらは工場法を支持した。かれらは例外なく、全民衆の福祉こそすべての個人的努力および公共的政策の究極の目標となるべきだという学説を心から支持した。

 この文章について、松尾さんはおおよそ次のような補足説明をしている。

『「偉大な経済学者たち」とは、もちろん古典派の人たちを指している。特に古典派の中でもJ.S.ミルを念頭に置いていると思う。ここにでてきたカーライルは理想主義者でミルとも大変親しくしていた。けれども、カーライルは黒人差別の文章を書いてミルに批判されている。その後、ジャマイカの黒人反乱弾圧でイギリス人総督が黒人を大虐殺する事件が起こったとき、ミルはこの総督の罪を告発する委員会を作ったのに対して、カーライルは総督を擁護する運動を担った。結局カーライル側の方が人気があって、ミルは人気をなくして国会議員に落選してしまう。ミルはそうなるのもわかった上であえて行動したのだった。……このようなことも踏まえて、マーシャルはこの文章を書いてる。』

 『原理』からの引用文が言っていることはそのまま現代でも当てはまりそうだ。松尾さんは次のように指摘している。

『声の大きい「反経済学的発想」の市場派エコノミストが血も涙もない強者のための俗説を唱えて、それを真に受けて反発した人々が経済学批判を繰り広げる。しかも一見ヒューマンなそういう経済学批判の言説の中に、排外主義の芽がひそんでいる。』

 『「反経済学的発想」の市場派エコノミスト』をエセ経済学者と断罪していると同時に、その連中の俗説を批判することと「真の経済学」への批判を混同するな、と言っていると思う。しかし、その俗説批判の中に「排外主義の芽がひそんでいる」と言っているが、私の乏しい情報の中にはその例を見いだすことができない。
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