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ミニ経済学史(8)

新古典派の時代(1):「労働力の包摂」から見た時代の変化

(「ミニ経済学史」は「『羽仁五郎の大予言』を読む」の中で「番外編」として扱ってきましたが、かなり長くなりそうなので独立させました。なんだか「ミニ」ではなくなってくるようです。)

 経済学史の四つの時代区分は次のようであった。

(1) 古典派の時代
(2) 新古典派の時代
(3) ケインジアンの時代
(4) 新しい古典派の時代


 資本主義の変遷に従って経済理論もそれを組み込みながら深化発展していくのだから、とうぜん経済学史の時代区分は資本主義の変遷と密接に関係しているはずである。では、ある時代から次の時代への移行の背後にはどのような資本主義の変遷があったのだろうか。その背景を知ることで経済学史の理解をより深めることができるだろうと思った。ところが、読者が当然持っている予備知識ということで省いたのだろうか、教科書④には資本主義の変遷についての記述がほとんどない。その当然持っているはずの私の予備知識は大変貧弱なので、これも学習し直すことにした。教科書①(大内力著『国家独占資本主義・破綻の構造』)に全面的に依拠して、その部分を補充しようと思う。

 資本主義の本質を表す概念に「労働力の商品化」という言葉があるが、『資本論』では資本主義の本質を「労働の資本のもとへの包摂」という概念を使ってとらえている。教科書①は
『マルクスは「労働の包摂」という言葉を使っているが、むしろ「労働力の包摂」といったほうが正確でしょう』
と言い、「労働力の包摂」という言い方を採用している。この概念の意味を改めて説明すれば次のようである。
『資本は労働力を商品として買い入れてこれを自由に使用する。そして、それによって剰余価値を獲得する。このことなしには価値増殖はできない。従って、資本を資本たらしめる本質は、資本の循環的な運動のなかに労働力を包摂する、ということにある。』

 教科書①は資本主義の変遷をこの「労働力の包摂」という概念を基軸にしてとらえ、次のような四つの段階を提示している。

(1)' 自由主義の段階
(2)' 古典的帝国主義の段階
(3)' 国家独占資本主義の段階
(4)' スタグフレーションの時期


 これが経済学史の時代区分に対応する資本主義変遷の時代区分と考えてよいだろう。「新古典派の時代」に入る前に、(1)'から(2)'への変遷をたどっておこう。まず、(1)'段階の資本主義はどのようなものだったのだろうか。

(1)' 自由主義の段階

 資本主義は産業革命を経過して確立された。(1)'はその産業革命から19世紀末にいたるまでの時代である。この時代はスミスに代表されるように、「自由な市場は市場メカニズムの働きによって経済が自動的に調和する」と考えられていた。「自由主義の段階」という命名はそこから出たのであろうが、教科書①ではそれを、「労働力の包摂」という観点から、次のように説明している。

 この段階では基本的には労働力を資本のもとに包摂するという関係はまったく自由放任 ― いわゆるレッセ・フェア、レッセ・パッセであった。つまり資本家は労働市場においてその時々の賃銀を払えば労働者を自由に雇い入れることができる。つまり労働力を買うことができた。そして、買った労働力はある意味で完全に資本の指揮命令のもとにおかれ、やや極端にいえば資本家は自由勝手にこれを使うことができるという体制になっていた。しかし、ドイツ、フランス、アメリカなどではそれほど典型的な自由主義的関係は形成されていなかったので、もっぱらイギリスを基準にして論じることになる。

 さて、この時代を生産様式から見れば、いわゆる機械制工業が成立した段階である。しかし機械制工業と言っても、この段階では、いずれの国でも基幹的な産業となるのは繊維(綿)工業であった。

 それ以前のマニュファクチヤの段階では、すくなくとも基幹的な部分では熟練度の高い男子労働力を必要とした。また一方、この初期資本主義の段階では、資本構成の高度化をつうじて資本自体が相対的過剰人口をつくり出す、という機構が欠けていた。従って、資本の蓄積はなお外部的に与えられる労働力の供給条件に直接に制約されざるをえなかった。言い直せば、労働力はまだ資本のもとに形式的に包摂されていた段階であった。

 ところが、機械化された繊維(綿)工業が基幹的産業となった段階では大部分の作業が単純労働化され、大量の不熟練労働が使われるようになった。つまり、資本のもとに包摂される労働力が主として婦人・幼年労働者となった。男子労働力は、多くが手工業の職人的労働の分野に配置されており、そうでないものは失業ないし半失業の下層社会を形成していた。一方、イギリスは19世紀の初めまでに農業の資本主義化がかなりの程度まで達成していた。すでに19世紀の初めには農業人口比率が30%をわったといわれている。このときに土地から追い立てられた農民が潜在的・停滞的過剰人口の堆積をもたらした。さらにまた、景気変動に連動してたえず産業予備軍化する流動的過剰人口も厖大な量に達していた。これらの過剰人口は文字どおり絶対的窮乏の状態に追いやられていたのだった。この段階での労働者の惨状は、前回に引用したエンゲルスの「イギリスにおける労働者階級の状態」が語る通りであった。

 以上の経緯を学習しながら私は、紡績工場で働く女工さんの生活を克明に記録した細井和喜蔵著のルポルタージュ『女工哀史』(1925年刊)を思い出していた。また、製糸工場の女工さんだったお年寄り達からの聞き取りをもとにした書かれたルポルタ-ジュ・山本茂実著『ああ野麦峠』(1968年刊)という本もある。「野麦峠をよく知ろう」さんが後者の著作の抜粋記事を紹介している。日本資本主義下の女工さんたちの惨状の一端を知ることができる。

(2)' 古典的帝国主義の段階

 教科書④はこの時代を1870~1880年からほぼ第一次大戦に至るまでの時期としている。古典的帝国主義(以下、単に「帝国主義」と呼ぶ)の段階では、もはや単なる商品交換関係を通じてだけでは労働力の包摂ができなくなり、なんらかの政策的補強=社会政策が必要になってくる。このような状況になってくる要因はもちろん生産様式の変遷にある。

 この段階では基幹産業が軽工業から重化学工業特に鉄鋼業へと変わっていく。それは、一般的にいえば、生産力の発達を反映したものであり、次のような二点が指摘できる。

第一点
 この鉄鋼業自体が、とくに製鋼過程において従来のパドル法にもとづく手工業的生産(錬鉄の生産)の段階を脱却し、ベッセマー法・ジーメンス法等の大規模な装置工業 ― 平炉もしくは転炉を使う近代工業=装置産業 ― が確立される。人によってはこれを第二次産業革命と呼ぶほどの技術革新が起こったのだった。その技術の発達は、つまりは生産力の拡大を物語るものである。

第二点
 この技術革新を基盤として、良質・廉価の鋼材が供給されるようになり、産業機械はむろんのこと、鉄道や鋼船やもいちじるしい発達の契機を与えられた。つまりそれは全社会的な規模で生産力の拡大を実現したのであった。

 こうした産業構造の変化が資本の側にもたらした変化は、株式会社の普及であり、いわゆる金融資本的蓄積様式を確立するにいたる。そして、それが同時に独占の形成を必然化するものであった。

 この同じ産業構造の変化が労働の側にもたらした変化は、それは一言でいえば、ここまできてようやく、成年男子の労働力が資本のもとに包摂されるようになったことである。ここに初めて労働階級がひとつの階級として確立されることになった。

 この段階で成年男子の労働力が労働者の中核を占めるようになる理由は次のように説明できよう。

 重化学工業が中心になると、一方では重量物の取扱いが増加する、あるいは熱・ガス等にさらされる危険な作業が多くなるなど、労働環境のきびしさがましてきた。また、ここでは技術の水準が高まり、労働過程においても、より合理的で精密な作業が要求されるようになったことも重要である。つまりここでは、もう一度高度の技能をそなえた熟練労働者が必要になった。もちろんこの場合の熟練とは必ずしも、かつてのギルドの職人の専門的技能 ― 長期間の修練によって獲得した「腕のいい仕事をなしうる」能力 ― を備えるということではない。機械設備の発達のいかんによっては、このような「腕」が要求される部分ももちろん残るだろうが、どちらかと言えば、より高い教育を受け、近代科学の成果である技術を合理的に使いこなし、製品に要求される精密性・規格性に十分対応しうるような意識構造をそなえた労働者、つまりは技能工が必要とされる。このことの反映して、いずれの国でもこの段階になると普通教育の義務化がはかられ、しかも教育年限がしだいに延長される傾向が現われる。

 さて、この段階を「帝国主義の段階」と呼ぶ理由は次のようである。

 生産様式が巨大な設備を擁するようになればなるほど生産の弾力性が失われる。すると、企業の景気変動にたいする対応力は弱くなり、従って独占を形成しながら価格をある程度人為的に統制してゆこうとする志向が強められる。もちろん独占が成立するためには、集中された比較的少数の大資本が生産過程を掌握するという関係が前提になるが、巨大な設備投資を必要とする部門ではおのずからそのような前提は整えられてくる。また、独占により価格を維持するためにはある程度国内市場が閉鎖的にならなければならない。それは保護関税によって果される。また、対外的に市場を拡大するためには、この保護関税を利用しつつダンピングによって国際競争力を強めてゆくことになる。資本の側からいえば、こういう一連の金融資本的蓄積が積み上げられ、それが対外的な帝国主義政策へと展開してゆくのである。

 「労働力の包摂」をめぐっては資本側と労働者側との攻防、つまり労働運動の変遷の問題も重要だが、この問題は、もし必要が出てくれば、そのときに取り上げることにする。
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