2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《『羽仁五郎の大予言』を読む》(6)

世界同時ファシズムの脅威(2)

ファシズム化の契機(1)


 羽仁さんはアジェンデの立往生について、その経済的な理由も大きいと言い、
「現在、世界的に進行しているインフレーションを、どうしたら停止することができるか。」
という問題提起をしている。この問題を考えるきっかけとして、当時『東京大学新聞』に発表された大内力論文「インフレの第三期症状・国家独占資本主義の帰結」を取り上げている。

 それによると

「資本主義が独占資本以前の段階では、インフレーションによって、つまり景気循環面での不景気に陥っても、そこを脱出して、好景気になることができた。ところが現在は、恐慌が慢性化して、インフレーションという、ケインズ経済学による有効需要を無理に作り出して、それで景気を刺激する方法をとっても、そこから脱出できない」

ということになる。資本主義が発達した現在では、どうにもならんというわけだ。大内君にいわせれば

「資本主義の正道というのは、むしろ強いデフレ政策をとり大規模な長期にわたる不況を引き起こし、もう一度、再生産の基礎を築き直すことであろう。しかし、もともと国家独占資本主義が、こうした事態を回避するための体制である以上は、こういう正道はとれそうにない……」

ということになる。

 ではどうすれば、今のインフレから脱出できるんだ。それが大事なところなんだが、大内君は次のような結論を下してしまう。

「とすれば、残された道は、ひとつしかなさそうである。それは、所得政策を中心に、経済に対するあらゆる権力的統制を強めていくことであり、また、それに耐え得るような、多かれ少なかれ、独裁的権力を確立することである」

 これはいったいどういうように読んだらいいのか。つまり、非常に素直に読めば、大内力君は、日本がインフレを脱却するためにはファシズム独裁をやるしかしようがない、といっているわけだ。独占資本をそのままにしておいて統制をやろうという論理は、すなわちファシズムだからね。どういうつもりで、こういうことを書いているのか真意はわからないが、大内君のような人が、こんなことを書くことが、実に特徴的なんだよ。

 客観的な事実だから仕方がないという。別に自分が主張してることではないとでもいいたいのか。あるいは読者に決めてもらうことで、ほっとけばこうなるよ、ということを警告しているのだろうか。まあ、これぞ一種の〝大予言″だよ。東大教授というのは、警告なんてことはやらない。ただ眺めてるだけなんだ。「俺は知らないよ」、というアレだ、落語にあるじゃないか「わたしは知りませんがネ」つていうアレだよ。大内君は「わたしは知りませんがね、インフレから脱出するにはどうもそうなっていくんじゃないでしょうかねえ」というような調子なんだろう。

 この大内論文を受けて、羽仁さんは次のような現状認識(1970年代当時の)を披瀝している。

 はっきりしていることは、日本の独占資本は、買い占め、売り惜しみ、投機といった手段によってしか、体制を維持できなくなっているということだ。資本主義そのものが、大内君のいうところの正道、つまり健全な政治的意義を失ってしまっているんだ。いいものを作って、安く売る、これが資本主義が成立する唯一の根拠ですよ。それができないなら、もう資本主義はやめろということになるんだ。資本家たちが、資本主義を擁護することのできる論拠としては、それより他にないだろう。

 しかも、池田勇人がドゴールのところへ行って、トランジスターのセールスをやっていた時代は、とっくに終ってしまったんだよ。一時は、日本経済はそれでいけそうにみえたんだが、いつの間にか、買い占め、売り惜しみによって価格をつり上げたり、ドルや円まで投機の対象にして売買している。大衆が投資できた株式にしても、危なくて大衆には手が出せなくなってしまったんだ。

 ところが、これは日本だけの状況じゃないんだね。世界の資本主義の現状なんだ。だからインフレージョンから脱出できない。独占資本というのを置いといて、つまり革命によらずに、インフレからどう脱出するか。これは世界の資本主義国の共通の問題なんだ。しかるに、かの冷静なる大内力君の観測によれば、道は唯ひとつしかない。それは、所得政策を中心に、経済に対するあらゆる権力的統制を強めていくことであり、それに耐え得るような独裁的な権力を確立することである、という恐ろしい結果になる。

 日本だけじゃない。イギリスでも、フランスでも、西ドイツでも、イタリアでも、それこそいたるところで、所得政策を強行するための、強力な独裁体制……これは、つまり、世界同時ファシズムの到来だ。すでにいわれているところの、世界同時革命というゲリラ理論があるのも、決して偶然じゃない。

 世界同時ファシズムの脅威は、ごく身近にあるんだよ。そういう方向に行くか、アジェンデが行こうとした方向を選ぶか。したがって、アジェンデの立往生には、歴史的な意味があると同時に、立往生は二度繰り返すものじゃないという点が大事なんだ。つまり、繰り返さないためにこそ立往生があるんだ。

 「国家独占資本主義」という概念が出てきたが、これについては後に詳しく取り上げる予定である。この概念とは別に現在の資本主義の特徴を示す用語として「グローバル資本主義」・「情報資本主義」などがあるが、羽仁さんの所論では「金融資本主義」がキーワードになっている。前回で羽仁さんはITTについて
「ITTとCIAがどうしてタイアップするのかというと、それが金融資本の性質だからなんだ。」
と述べていたが、この状況は日本でも同じだという。そして金融資本主義という側面からもファシズムの脅威を指摘している。

 今の日本に、産業資本があるかといえば、実はないんだよ。全部銀行から金を借りてやっている。だから商社にしたって、利息を払うために、買い占めだろうが、売り惜しみだろうが、それこそ何だってやる。自己資本なんてないに等しいくらい銀行から借り入れている。自己資本だけでやっていたら、いい加減なものを作って売ろうという気にはなれない。つまり、哲学的にいうと物質からの制約というものを受けてしまうんだな。それが独占資本になると、唯物論とはまったく逆の概念というか、物質の基礎をすっかり離れてしまうんだ。

 金と物とか結びついていれば、通貨の増発は無制限にはできない。ケインズ経済学によって、現在の通貨は、金という物質を離れちゃっているんだ。だから、有効需要を刺激するために、どうしても金を離れて通貨の増発をやる。

 ケインズは、第二次大戦後の経済計画で、IMF(国際通貨基金)とワールドバンク(世界銀行)を提案した。その成立の晩餐会でケインズのやった演説というのが、なかなか洒落ている。
「紳士淑女諸君、今夜は非常におめでたい晩だ。双子が生まれたんだ。いい伝えによれば、双子が生まれると妖精が五色のケープをかけて祝福してくれるという。どうか今生まれた双子も、ずっと五色のケープを着て成長してほしい」。

 なるほどIMFにせよワールドバンクにせよ、ケインズの理論からいうと、どこか一国のものになってはだめなんだ。ところが実際は両方ともたちまちアメリカのドルー色になってしまい、ケインズの考えたような機能は果たしていない。しかも彼はその矛盾を自分で自覚しているんだ。
「フェアリー・オア・ノット・フェアリー、妖精というものはいるものかいないものかよくわかりませんが、どうか今晩は楽しくおすごしください」

 五色のケープというのは実は一種の夢だったんだ。これでは彼は経済学者とはいえない。同情的に見れば、ケインズの理想と政策は、救うべからざる矛盾に陥ったというわけだ。

 もっとも、ニクソンの経済顧問をやっていたフリードマンと対談したときに、ぼくが「ケインズ理論による福祉国家というのは、ごまかしだ」といったら、その通りだと賛成して「あれは乞食政策だ。みんなが食えないようにしておいて、福祉、福祉という」といっていた。まあ最近では、ケインズ経済学そのものがインフレーションだと、いたるところで批判されている。無邪気な大人が、インフレが起きるのは、何かの失策か政策の誤りによるんじゃないかと思っているのも困りものだが、さらに滑稽なのは、政策を正せばインフレが防げるんじゃないかとさえ考えているらしい。それこそ幻想だ。

 独占資本にとっては、インフレーションが唯一の政策なんだよ。大内力君の結論を、もっと早くいってしまうと、独占資本がインフレをやめることができるはずがない。もしやめるならば、非常な無理がでてくる。それがファシズムの独裁なんだ。

 だから独占資本を倒すという考えに立たない限り、ファシズムの下で生きなくてはならなくなる。どちらを選ぶか。それほど、むつかしい選択ではないと思うが……。

 こうして読んできて今、納得できる部分と納得できない部分があり、なんだか分かったような分からないようなウヤムヤな気分でいる。

 このような気分の原因は私が経済学に疎いことにある。そのような私が何も知らないくせに、いや何も知らないからこそ言える戯言だが、私はかねがね現在流布している経済学は学問ではないという偏見を持っている。経済学が提出する政策は、ただ現実に振り回されていて、試行錯誤を繰り返しているだけであり、そのほとんどは失敗している。例えば私には、またまた大きな顔をし出した竹中平蔵などの政策提言で経済状況が好転したことなどほとんど皆無だったという認識がある。でも今はこうした偏見をひとまず置いて、勉強し直してみよう。ということで、また長くなりそう。利用するかどうか定かではないが、取りあえず、教科書として
①大内力著『国家独占資本主義・破綻の構造』
②伊藤元重著『マクロ経済学』
③三橋貴明『歴代総理の経済政策力』
を用意した。どうなるのか、全く見通しはない。
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経世済民
「経済」の本来の意味は「経世済民」すなわち「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」、つまり「民の利益」が最終目標であったはず。(ここでいう「民」は流行の「民活」でいう官VS民の「民」でなく、国民・庶民です)
ところが今は「企業利益をどう増やすか」が経済学の主眼であり、企業利益が増えれば必然的に「民の利益となる」というドグマが無条件に通用している現状ではないでしょうか。もちろん企業利益は重要ですが、「経済学者」を標榜するからには、その利益がどこへ、どう配分されているのかを真剣に研究し、企業利益が必ず「済民」に繋がるようなシステムづくりを声を大にして提言してほしいと思います。(アベノミクスが「企業利益は増えたが庶民は疲弊した」結果にならないように願っていますが・・)
2013/07/28(日) 19:50 | URL | 愛読者 #KUmnAu4w[ 編集]
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