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《続・「真説古代史」拾遺篇》(138)



「倭人伝」中の倭語の読み方(81)
官職名(10):伊都国(2)


 本道に戻ろう。伊都国の大官「爾支」についての諸説の検討の途中であった。「井の中」でほとんど定説化している「爾支(ニキ)=稲置」説が単なる語呂合わせ説でしかないことが分った。もう一つ、山田説を継承した水野説があった。次のようであった。

 伊都国の「爾支」は「ニシ」と訓むならば、日本語の主(ヌシ)である。この「ヌシ」も、大国主や事代主のように主たる存在を意味し、竜神系(出雲系国津神)の神に対する尊称であり、県主というように、やはり地方豪族の長者を意味する。

 「爾支(ニキ)=稲置」説と同様に、このような類音探しは危うい方法だ。この場合は通音転訛と言いたいのだろう。念のため辞書を調べていたら次のような解説に出会った。

『広辞苑』
にし【主】〔代〕(ヌシの訛)おまえ。汝。
東海道中膝栗毛(2)「―が馬(おま)ア誰(だ)が馬だ」

『明解古典辞典』(三省堂)
にし(代名)東国方言。なんじ。おまえ。
「これさ、―たち、物さ(=ヲ)問い申すべい」(近松・基盤太平記)

 大国主や事代主の「ヌシ」のようにとても尊称とは言えない。それに、3世紀頃に同じよな転訛があったという根拠は何もない。

 古田氏も「ニシ」という訓みを採用している。しかし、「ヌシ」という類音に関連させるのではなく、その根拠を副官の訓みと関連させて説いている。次のようである。

 次の「伊都国」は問題である。

 「官」が「爾支」。従来の「支(キ)」〝訓み″ からすれば、「ニキ」となろう。しかし、後述のように、これは「ニシ」である可能性がある、と考えている。なぜか。

 問題は「副官」の方である。「泄謨觚(セモコ)」「柄渠觚(ヘココ)」といった、〝見馴れない文字″が用いられている。

 倭人伝の、通例の文字には、現代のわたしたちにも〝見馴れた文字″が多く使われている。いわば、有名な「千字文」という、中国側の〝通用″の代表的な文字群の一つ、といったものが多い。

 ところが、この伊都国の「副官」の場合は〝異例″なのだ。「文字の質」が異なっているのである。

 おそらく、他の文字群とは〝ちがう時点″、すなわち〝より早い時期″の流入時の漢字、また、その〝訓み″なのではあるまいか。

 とすれば、「大官」の方も、他の倭人伝並みの〝爾支(ニキ)″ではなく、「ニシ」である可能性もあろう。漢書西域伝などの「支(シ)」〝訓み″に準ずる。そのように解すべきかもしれぬ。

 「ニシ」は、もちろん「西」であるけれど、博多近辺では「ヌシ(主)」のことを「ニシ」と発音するという(児玉奈翁一氏による)。

   全て「可能性」の範囲の記述になっていて歯切れが悪い。「ニシ」を「主」と結び付ける可能性を示唆している部分があるが、私の見解は水野説のところで書いた通りである。

 もうひとつの仮説、「ニシ」と訓み「西」の意としているのは「“西方に当る地域”の刺史」の称号「平西将軍」と対比する意図があるのだろう。『「倭の五王」は大和の王?(2)』でそのような古田説を取り上げたのを思いだした。その部分を再録する。。

 伊都国には「一大率」がいます。これがこの「ニシ」と深い関係をもつことは当然です。大官「ニシ」自身が「一大率」の軍事権力をもつ。そういう可能性も十分ありましょう。倭王が“東夷の国”としては風変りな「平西将軍」の称号を第一の臣下に対して承認するよう、中国側に求めた、その背景には、この「ニシ=西」の称号があった、こう考えるのは、うがちすぎでしょうか。

 しかし、このような、いささか不確定要素をふくむ推定(たとえば「爾」にも、他に「ジ」「ディ」「ナイ」の音があります)は一応別としても、いま確認できること ― それは、九州に「都」がある場合も、その西方に拠点をもつ軍事司令官(長官)がこの「平西将軍」の号をもつこと、それは中国本土における用例から見て、何の不思議もない。 ― この一点です。

 例えば「爾支卑狗」などと書かれていればこの説は問題なく成立する思う。しかし、「ニシ(西)」という方角を示す語だけで「平西将軍」と同じ意味を持った官名とする説は、私には受け入れ難い。

 何よりも、「倭人伝」中の「支」を用いている倭語では、他の全ては「キ」と訓んでいるのに、「爾支」の場合だけ「シ」と訓むことの当否に、私はどうしてもこだわってしまう。古田氏は副官名の文字が〝異例″であることから、大官名の訓みも例外なのではないかと説くが、これも納得しがたい。「支」は万葉仮名として使われていて、その音は「キ」または「ギ」である。紀記・万葉集・風土記で「支」が「シ」という音で使われている例は恐らくないだろう。「爾」も万葉仮名として使われている。音は「ニ」である。やはり「爾支」は「ニキ」と読むべきだろう。

 では、意味はと問われれば困ってしまう。分らないと答えるべきなのだろうが、苦しまぎれに、表意文字としての意味も込めて使われていると考えてみた。「爾」には「貴者に対する二人称」という意味もある。「支」は「一つのものから分かれ出たもの」である。伊都国は女王国にとって一大率が置かれる重要な分国である。たぶん、俾弥呼の血縁のものが派遣されていた。そこで伊都国の大官を「爾支」と呼んだのではないだろうか。
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この記事へのコメント
爾支は邇邇芸命にちなんだ職名
「天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命」の「邇岐(にぎ)」の「つくり」を採れば「爾支」です。
彼が降臨したのは、ご存じのとおり糸島なる「竺紫の日向の高穂の久士布流多気」であり、伊都国の長官が、光栄ある「邇邇芸命」にちなんだ職名を持っていて何の不思議もないと思います。
2012/12/19(水) 16:49 | URL | 愛読者 #KUmnAu4w[ 編集]
Re: 爾支は邇邇芸命にちなんだ職名
なるほど、一理あると思いました。


> 「天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命」の「邇岐(にぎ)」の「つくり」を採れば「爾支」です。
> 彼が降臨したのは、ご存じのとおり糸島なる「竺紫の日向の高穂の久士布流多気」であり、伊都国の長官が、光栄ある「邇邇芸命」にちなんだ職名を持っていて何の不思議もないと思います。
2012/12/21(金) 09:56 | URL | たっちゃん #-[ 編集]
令支命題解決で「支」は「キ」になっていたはず
ご理解有難うございます。
 ところで「支」について、古田氏は従来尾崎雄二郎氏のアドバイスにより「し」と読んでいたのを、「令支命題」 の理解が進み「き」と変更されていたと思いますが・・。すると当然現時点で古田氏も「爾支」は「にき(ぎ)」と読まれているはずなのでは。
(続・「真説古代史」拾遺篇(62)「倭人伝」中の倭語の読み方(5)「令支命題」に書かれています)
2012/12/21(金) 11:43 | URL | 愛読者 #KUmnAu4w[ 編集]
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