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《続・「真説古代史」拾遺篇》(115)



「倭人伝」中の倭語の読み方(58)
「21国」の比定:(25)躬臣国


 今回も全く見通しを持たないまま始めた。難しい国名だ。これまで通り、水野氏の解説紹介から始めよう。


 「躬」は音「キュウ」、「み(身)」「みずから(自分)」「自らする」「自身で行なう」という義をもつ。「臣」は、音「シン」、「けらい」「おみ」「家来が君に対していう自称」「自己の謙称(今の「僕」というに同じ)、広く統治権下にある官吏・官僚、また一般人民をも含める」などの義をもつ。国名は音の転写であるが、この文字を選んだのは朝貢国の名としては、ふさわしい用字ではある。

 「躬」には「キュウ」のほかに「ク」という音がある。「臣」には「シン」のほかに「ジン」がある。

 「 大家たちの諸説

「邪馬台国」九州説者
新井白石
 肥後国合志(かうし)郡に比定したが、後『外国之事調書』では、肥後国菊池郡に訂正している。
牧建二
「クシ」と訓み、豊後国球珠(くす)郡に比定。
宮﨑康平
 「クシのくに」と訓み、「ク」は「河」、「ス」は「洲」、「ヒ」は「干」で、「クスヒ」が転じて「クシ」となったとし、『古事記』にいう、肥国を建日向日豊久士比泥別というのは、この「クシのくに」に関連するという。そしてこの国は、筑後国生葉郡・竹野郡・山本郡・御井郡の地で、現在の福岡県浮羽郡・三井郡南部と、久留米市を含む筑後川の左岸地帯であるとする。

「邪馬台国」大和説者
内藤虎次郎
   伊勢国多気郡櫛田久之多(くしたくのた)郷
志田不動麿
 越(こし)国

米倉二郎
 播磨国櫛淵(くしふち)か、現在の明石市地方か。

 手元の資料では播磨国櫛淵という地名は確認できなかったが、徳島県に櫛渕町という地名があった。

楠原説
 楠原氏は「躬臣」については「21国」をまとめて論じている章ではなく、『風土記』に現れる土蜘蛛や荒ぶる神などを論じている章で別個に取り上げている。「吉野ヶ里の首長は遺跡の南西1.6㎞に祀られる」という表題が付されている。

 『肥前国風土記』からもう一例、「荒ぶる神」の話を紹介しよう。神埼郡の記事の冒頭に次のような話が記戟されている。

 昔、この郡に荒ぶる神があった。往来の人が多数殺害された。纏向の日代の宮に天の下をお治めになった天皇(景行天皇)が巡狩されたとき、この神は和平なされた。それ以来二度と災いを起こすことがなくなった。そういうわけで神埼の郡という。

 佐賀県神埼郡神埼町神埼には垂仁天皇の時代の創建と伝えられる櫛田(くしだ)宮が鎮座しているが、その「御由緒記」には「景行天皇の筑紫巡狩時、この地の荒神に備えて櫛田大神を勘請したところ霊験があり、この里を神幸の意をもって神埼という」と『風土記』と同巧の話を伝えている。また別の「由緒書」には櫛田大明神は伊勢大神宮の豊受比売命であるが、のち荒神と化して人民・牛馬に怨をなした。景行天皇がこれを和(やわ)らげ現在地に鎮座した、云々と伝える。

 櫛田宮は中世は神埼荘の鎮守であったが、平安期に大宰大弐に任官した平清盛一族が対宋貿易の拠点である博多の地に分祀した。それが、祇園山笠(ぎおんやまがさ)で名高い博多の櫛田神社である。

 ところで、神埼町の櫛田宮が単に一神社の名だけなら、別に見過ごしてしまってもよい。だが隣に位置する寺院の名も久志山(くしざん)安居寺と呼ばれており、櫛田神社から約3.3㎞南南東の現・千代田(ちよだ)町には中世「高志(たかし)・櫛田両社」と並び称された高志神社も存在する。「高志」は現在はタカ・シと湯桶読みされているが、本来はコウシまたはコシであったと考えられる。

 三つの寺社名はともに、クシの地に建立された意ではないか。クシとは岬の先端を指す岬角(こうかく)名語尾、また和歌山県串本町はじめトンボロ(陸繋島)地形のくびれた部分に多数見られる。

 岬角名語尾の場合はコシ(越)が語源(岬の先端を「越える地」と見たもの)、トンボロのくびれた部分は「骨折」や「挫折」を意味する動詞クジク(挫)に通ずる語であろう。

 そこで「倭人伝」が記す旁国二一国の名を見渡すと、何と「躬臣」という国名があるではないか。この「躬臣」の二文字で書き表わされるべき語は、現在も使われている日本語の地名用語ではクシかクジのいずれかしか想定できない。

 そして、まさに吉野ヶ里遺跡が載る台地こそ、佐賀平野に北から南に向かって突出した洪積台地であり、考古学の用語でいう舌状台地、その昔に佐賀平野一帯がまだ海面だった時代の光景を想定すれば地形学でいうトンボロ(陸繋島)そのものなのである。

 簡単に要約すると次のようになろう。

 「躬臣」を「クシ」と訓んでいる。そして、佐賀県神埼郡を比定地としている。「クシとは岬の先端を指す岬角名語尾」であり、佐賀平野が海だった頃佐賀県神埼郡は「クシ」(岬角)だった、というのがその論拠である。

古田説
 次は「躬臣(クシ)国」。これは簡単である。筑紫である。本家本元の称なのである。その「表意」は何か。「みずから臣下となった国」だ。もちろん「天孫降臨」神話の指すところ、対馬、壱岐の「海士(アマ)国」の首長、天照大神(アマテルオホカミ)」が、「国ゆずり」で、出雲から主権を奪ったあと、目指す筑紫、「高祖山連峯」を占拠した、女王国の始源をなす、画期的な事件である。もちろん、菜畑や曲田、そして板付という最大の始源稲作領域に対する「侵略」と「支配」であったこと、すでにのべた通りである。だが、「侵略」というのは、「被支配者側の目」による言葉だ。「侵略者側の目」では、逆である。「みずから進んで、臣下となった」というのは、例の「サルタヒコ」の〝出迎え″恭順を指しているのである。

 「サル」は沖縄では〝太陽が輝く″の意という。太陽神なのである。「天孫降臨」以前の主神である。九州や周辺に、広く〝祭られ″、分布しているのである。そのような「従来の主神」がすすんで恭順した。もちろん「女王国側の目」による〝イデオロギー的表現″である。

 次は「表音」である。もちろん「クシ」である。筑紫(チクシ)または筑紫(ツク(ヽ)シ(ヽ))と言う。「チ」は、例の「太陽の神」の古称、「ツ」は、もちろん「津」。博多湾である。要するに〝信仰上の表現″か、〝地理上の表記″か、の違いだけで、その語幹は同一。「クシ」だ。「ク」は〝奇し″の「ク」。「シ」は、〝人の生き死にするところ″(「言素論」参照)である。

 興味深いテーマがある。はじめわたしは「筑紫」を「チクシ」と〝訓む″のは福岡県だけ、と思っていた。「筑紫ケ丘高校」は「チクシガオカ」なのである。

 ところが、あとになって、聞いた。「島根県でも『チクシ』と言いますよ」と。初耳だった。もちろん、島根県在住のすべての方々が「チクシ」と発音されるのかどうか、判然としないけれど、少なくとも、島根県(出雲)には福岡県(筑紫)と同じ「発音」が現在も〝継続″しているようである。「言語の継続性」の不思議である。

 「出雲と筑紫との連係」―この古代の「歴史」は、21世紀の言語分布にも、〝消えず″に遺存していたのである。驚くほかはない。

 「躬臣」を「クシ」と訓んでいる。そして表意表記でもあるとしてその意味を「みずから進んで、臣下となった」国と解釈している。つまり、天下り(侵略)したときに恭順の意を示した国つ神猿田毘古が領有していた筑紫国が「躬臣国」だと言っている。しかし、筑紫の何処という具体的な比定はない。あまりにも漠然としている。

 以上、各氏の説をみてきたが、新井白石と志田不動暦以外はすべて「クシ」と訓んでいる。「躬」には「ク」という音もあるのでよいとしても、「臣 シン」を「ン」をはぶいて「シ」と訓むことの妥当性を誰も論じていない。語尾の「ン」を省く訓みは説明不必要なほど当たり前のことなのだろうか。もしそうだとしても、「シ」を音写するのなら「斯馬国」の「斯」でよいではないか。この問題についての合理的な説明がない限り、私は「クシ」という訓みに賛成できない。

 私はこの国名は表音表記ではなく、表意表記だと考える。ただし水野氏や古田氏のように表音でありかつ表意ということではなく、単純な表意表記である。そして素直に「キュウシンコク」と訓もう。そう考えたら解答は全く簡単だった。

 水野氏は「この文字を選んだのは朝貢国の名としては、ふさわしい」と言っているが、私(たち)の立場では倭国の盟主国「邪馬国」がすでに恭順の意を表している。私は倭国内のこととする古田説を採る。ただし、天下りの時の猿田毘古の恭順ではなく、大国主の国譲りである。つまり「躬臣国」の比定地は出雲だ。

 古田氏は「好古都国」を出雲に比定しているので国譲りをまったく考慮しなかったのだろう。

(「邪馬壹国」の「壹」が恭順の意を表していることの論証は「『魏志倭人伝』の和訳文(3)」の後半で取り上げています。参照して下さい。)
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 コメント
この記事へのコメント
数年前までは、「たっちゃん」さんと全く同じ理由で、古田さんも「躬臣国」を出雲に比定していました。(文書化されているかどうかは未確認ですが)
2012/09/19(水) 09:41 | URL | 西村秀己 #-[ 編集]
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