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《続・「真説古代史」拾遺篇》(113)



「倭人伝」中の倭語の読み方(56)
「21国」の比定:(22)為吾国(その一)


 この国の比定も大変難しい。まずは語義と音についての水野氏の解説から。

 「為」は音「ヰ」、「なす」「つくる」「こしらえる」「なり」「たる」「なる」「いつわってよそおう」「はたらき」「しわざ」「よる」「あずかる」「まもる」「ため」「おもう」「たすく」などの義をもつ。「吾」は音「ゴ」「ギョ」で、「わ(『己』についていう。人によりていう時には『我』を用う)」、「ふせぐ(禦)」「とどむ(止)」「ささう(支)」「たがう(違)」「『子』や『兄』に冠して親しむ意を表わす」などの義がある。この国名も音の転写である。一般に「ヰゴコク」と訓む。

 「吾」の音は『諸橋大辞典』では次のようになっている。
(1)ゴ(漢音呉音共通)
(2)ギョ(漢音)・ゴ(呉音)
(3)ガ(漢音)・ゲ(呉音)
 「為吾」を「イゲ」と訓む可能性もある。

 引用文中の「吾」の意義についての文(「吾」は)「わ(『己』についていう。人によりていう時には『我』を用う)」の意味がよく分らない。手元の辞書で確認して分った。「自分の身についていう場合は吾といい、人に対して自分をいう場合は我という。」と説明して次の例文を挙げている。「我善く吾浩然の気を養う」。

大家たちの諸説

「邪馬台国」九州説者
本居宣長・橋本増吉・牧建二
 筑後国生葉(いくは)郡
宮﨑康平
 「ゴ」は「川」の義とし、「イ」は「石」「岩」の「イ」と考えられるとして、川岸の国の義とし、肥後国玉名郡の内で、現在の熊本県玉名郡の北半部の菊池川右岸地帯とする。

「邪馬台国」大和説者
内藤虎次郎
 三河国額田郡位賀(いが)郷または尾張国知多郡番(つがい)郷
志田不動麿
 伊賀(いが)国 米倉二郎
播磨国英賀(あが)

 九州論者たちの「イクハ」はどういう論理によって導き出されたのだろうか。推定すると、「ゴ→ク」という静音化+通音変化を想定しているのだろう。濁音化というのは分るが、日本語に清音化なんてあるのかしら。

 大和説者たちは「吾」の漢音「ガ」を選んで「イガ」と訓んでいるようだ。

楠原説
『[為吾](いご) - 福岡県浮羽(うきは)郡浮羽町・吉井(よしい)町付近』
 九州論者たちの比定地「生葉郡」と同じだ。 そこに至る論理は奇想天外と言うほかない。いろいろな問題を孕んでいて面白いので紹介しよう。

まず
「この国名はヲガハ(小河)を「為吾」と音写したものと思う。」
と始める。私はまずここで呆然としてしまう。「ヲガハ」を音写すると「イゴ」だというのだ。私には全く理解出来ない。

 この国名はヲガハ(小河)を「為吾」と音写したものと思う。カハという基本的な地形用語はどうやら地表を流れる一筋の流水系だけではなく、湧水もカハだったらしい。

 その語源について、有力な説に「ガハガハという水の流れる音から」とする擬音説(大矢透『国語遡源』、大槻文彦『大言海』)がある。

 擬音説には私は反対しないが、川の流れる音を耳で聞いて表現する擬音ならガハガハではなく、むしろゴウゴウではないか。

 川の語源説に「ガハガハ」という擬音説があるあるとは知らなかった。三種類の語源辞典をで調べてみた。

 『日本語源大辞典』(小学館)は出典を明らかにしている。

①ガハガハという水の流れる音からか<国語遡原=大矢透・大言海)。
②水が日夜カハルものであるところから(日本釈名・和語私臆鈔・言元梯・名言適・本朝辞源=宇田甘冥)。
③川水と海水と味がカハルところから(桑家漢諧抄)


 学者たちが悩んだ末に考え出した苦心の説に失礼かも知れないが、つい噴き出してしまう。

 『語源大辞典』(東京堂出版)は「未詳」としながらも朝鮮語起源説を取り上げている。

一説に、朝鮮語ケ(川)に結びつけようとする考えがあるが未詳。川を示す朝鮮古語カラムと関係があるかどうか。

「川」に限らず起源を朝鮮語に求める例はたくさんありそうだ。しかし、ほとんどは「?」なのではないだろうか。(単なる推測)

 『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)は「ガワガワ、カワカワ、語源説が有力です。」と書き、さらにもう一つの説を紹介している。次のようである。

「カ(気・水気)+ハ(ハウ・延フ)」で、水が長く延び続けたものという語源説もあります。

 造語成分(言素)によって分析している。このような方法はまともだと思う。しかし、形態をもとにした解釈は不当だろう。おおむね長く延び続けているということで済ましてもよいが、まっすぐに伸びた川もあれば、クネクネと蛇行する川もあり、ときには滝となって大きな落差を示すこともある。

 もっと普遍性のある起源説はないだろうか。次のように考えてみたけど、どうでしょうか。

 人類にとって太古の昔から川は飲料や沐浴の恵みを与えてくれる必要不可欠な存在だった。あるいは丸木舟のような素朴な交通手段を用いていた頃から重要な交通路でもあった。しかし、時には激流となったり氾濫したりする恐ろしい側面がある。人々は川を神として崇めたり畏れたりしたのではないか。ということで古田氏の言素論を拝借すると次のような起源説になる。 「カ」は「神」の「カ」で「神聖な水」を意味する。「ハ」は「張る」の「ハ」で「一面に満ちている」という意である。この「ハ」の方は『日本語源広辞典』でも造語成分として取り上げている。

 さて、楠原氏は川の擬音は「ガハガハ」ではなく「ゴウゴウ」がふさわしいと言う。これがどのようにしてヲガハ(小河)とつながるのだろうか。

 この説を傍証する資料が、ほかならぬ地名にある。その一つは、広島県北部に源を発し中国山地の脊梁(せきりよう)を越えて島根県中央部から日本海に流れる江(ごう)川の存在である。

 この大河は上流の広島県側ではエノカワ(可愛川)と呼ばれ、そのエノが「江ノ」と解されてさらに「江」を音読してゴウノカワーゴウカワと転じた、と推測されている。

 だが、この説には重大な欠陥がある。「江」という漢字の字音は呉音・漢音ともコウで濁らないのに、なぜ音読した段階で濁音化するのか。しかも、頭音は濁音にならないという日本語の「頭音法則」に逆らった現象なのに、である。

 しかも、ゴウ川の例がこの一例だけなら例外的現象と片づけることもできるが、実は「江」や「郷」の字のゴウ川がほかに五例もある。これら以外にも「甲」「鴻」「高」「神」などの字を使ったコウ~川も全国に数多い。これを、どう考えればよいのか。

 一般には、
  カハkaha→コウkou→ゴウgou
という転訛を考えたくなるが、それでは擬音のゴウから出発すべき順番が逆になる。そこで私は、次のようにカハ(川)の語源と思われる擬音のゴウゴウから出発する試論を立てた。

 ゴウゴウ→ゴウ→(清音化)→コウ
      ↓
      ガウ→ガフ→ガハ→(清音化)→カハ

 通音・通韻のほかに清音化まで入れての大転訛作戦である。どうやらここまでは「ゴウゴウ」が「川」の語源であることの証明のつもりらしい。

 ちょっと横道へ。

 川・河・江と川の意で使われる漢字がそろった。それぞれどのような意味なのか、改めて調べてみた。知らなかったことにたくさん出会った。(『新漢和辞典』(大修館書店)を用いています。)

 「川」は両岸の間を水が流れていることを表す象形文字である。音は「セン」。意味は「①かわ。水流」のほかに「②あな。③はら。平原。④四川省の略称」がる。

へぇ!川に「あな」という意味があるとは知らなかった。

【河】カ・ガ
①川の名。黄河の古名。もと、長江を江と呼ぶのに対し、黄河は単に河と呼んだが、後世、河を(大きな)川の意に用いることが多くなってから黄河と呼ぶようになった。
②かわ(かは)。(イ)小さいのを川、大きいのを河という。今は混同して用いる。「河川」(ロ)水利・潅漑・航行などのため、陸地を掘って作った水路。ほりわり。「運河」
③あまのがわ。天の河。天の川。銀河。天漢。[解字]
形声。水が意符、可が音符。黄河をいう。転じて、大きなかわの総称となる。

【江】コウ
①川の名。良江。揚子江。揚子江という名は近世に外国人が呼んだのに起こった名で、昔は単に「江」または「大江・長江」といった。
②大きな川。ことに中国南方地方の大河。③かわ。河川。囲え。海や湖などの陸地に入り込んでいる所。入江(いりえ)。
[解字]
形声。氵(水)が意符。工(コウ)音符で、また、つらぬく意を表す。長江は、大陸を東西につらぬいて流れているので江といわれた。

 へぇ!「河」と言えば「黄河」、「江」と言えば「長江」ということは知っていたが、それが慣用上の使用例ではなく、「河」「江」という漢字のもともとの意味だった、つまり固有名詞だったとは知らなかったなあ。(知らなかったのは私だけかも?)

 さて、楠原氏の苦心の程は分るが、ここで論理は私には理解不能な大飛躍をする。「ゴウゴウ→ワハ」を受けて、次のように比定地を決定しているのだ。

 この試論にもとづけば、弥生末期にヲガという国名があっても何も不思議はない。いやむしろ、「小河」という国名こそ、弥生末期~古墳時代に着手された河岸沿いの沖積低地を開発する拠点を呼んだシンボル的な地名かと思われる。

 そのヲガ国を、私は現・福岡県浮羽(うきは)郡浮羽(うきは)町と吉井(よしい)町の町境付近に比定する。『和名抄』筑後国生薬(いくは)郡小家(おえ)郷の地である。前項の「鬼(き)国」の対岸の約3㎞ほど下流で、筑後川に支流の隈上(くまのうえ)川が流入する。

 氏は「為吾 イゴ」は「小河 ヲガハ」の音写という無根拠の説を根拠にして出発した。いまその無根拠を問わないとしても、これまでの試論(「ゴウゴウ」・川語源説)から「弥生末期にヲガという国名があっても何も不思議はない。」となる理路が私にはさっぱり分らない。そして、どこでどうして「ヲガハ」が「ヲガ」になったのかの説明もない。その理由だけは分る。「オエ」(小家)につなぐためなのだ。だから、続いて氏は「小河→小江→小家という転訛」をテーマにしている。その議論は私の頭ではますます理解不能になっていく。ここで楠原説から別れよう。

(古田説は次回で)
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