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552 新新宗教批判(18)
超人にされたシャカ
2006年7月16日(日)


 ヨーガ修行の第三ステージを麻原彰晃は「夢見のヨーガ」と呼んでいる。 桐山靖雄の解説では第4段階となっている。

アナハタ・チャクラ(胸腺・心臓・肺臓を制御する。)
 他心通の力があらわれてきて、他人の心が手にとるように分るようになると 同時に、他人の心を自由に動かす力が出てくる。

 つづいて、目に見えぬものの高い心(聖霊、神霊、主導霊と表現する)と心を 交流することができるようになる。自分にとって不可解な、理解できぬことなど を、天地にみちた、すぐれた心、智恵のエネルギーに同化してそこから聞くこと ができる。つまり、人の肉体はほろびても、その人の持っていた心のエネルギー はこの空間に痕跡をとどめているので、このチャクラでその心の波動と同じ波動 になれば、その心が持っていたすべてのもの、意識も、知能もみな自分と同化し て自分のものになるということである。そういう意味で、このチャクラに十分熟 達すると、霊界(四次元)の世界と交流の道がひらけるのである。

 大川隆法のパラノイア症候が描く「霊界」との交流と重なってくる。
 麻原彰晃の体験談は次のようである。

第三 「夢見のヨーガ」
アナハタ・チァクラ(みぞおちのところの霊的なセンター)への精神集中の修練 がやってくる。著者のいうところによればこの段階で「この世」とちがうべつの 世界を創り出し、そこで遊ぶことができるようになる。その創られた世界では、 触れることも、見ることも、聞くことも、匂うことも、味わうことも、またか んがえることもできると書かれている。そして著者はこういう実体験とおなじ 如実な感覚体験がこの創られた世界でできることが逆に「この世」も無常なイ メージにすぎないのではないかと感じさせる根拠になるという興味ぶかいヨーガ 体験観を述べている。

 吉本さんのコメント

 わたしは麻原彰晃のこの述懐を読みながら二つのことを連想した。ひとつは 『古事記』の初期神話やアイヌ神話にある「あの世」は「この世」と対称的で そっくりおなじ世界になっていて、死者はおなじ暮らしをしているというイメ ージだ。もうひとつは現在作られるいちばん高次な映像体験であるバーチャル ・イメージの世界だ。そこでは映像の世界に自分が入り込んで、触れることも、 見ることも、聞くことも体験できる感じになる。わたしはこの未開、原始の世 界と超現在の世界の両方に通底したイメージ体験は、著者が記述しているアナ ハタ・チァクラの体験と関係があるとおもった。

 次は桐山解説では第5のヴイシユダー・チャクラ。

ヴイシユダー・チャクラ(甲状腺・上皮小体=副甲状腺・唾液腺)
 超人的な聴力がそなわる。実際に、このチャクラが使えるようになると、 それまで全く聞こえていなかったある音響を聞くことができるようになる。 これは私自身の体験であるが、その音がどんな音であるかは、ここでは伏せ ておく。
(中略)
 また、いろいろな声を開く。主導霊の声をはっきり耳にするようになる。
 ヨーガ・スートラにある「あらゆる生きものの叫び声の意味がわかる」という 能力が身にそなわる。仏教の天耳通(てんにつう)である。
 また、このチャクラは、頭部、上肢(両腕)及び胸部の筋肉運動に深い関係 を持つ。

 麻原体験談。

第四 「幻身のヨーガ」
 ヴィシュッダ・チァクラ(のどぼとけの霊的センター)を開発するための 精神集中によって、時間や空間を超えた場所に移動できる。ある人が渋谷の バス停で著者を見かけたが、その時刻この段階の三昧をやりすぎて気絶して いたという経験を述べている。顔や体つきが瞬間的に変ってしまうことがあ る。

 このチャクラでは桐山解説と麻原体験談は全く異なるものになっている。 麻原の体験談の方は「時間や空間を超えた場所に移動できる。」などとバカ話の 領域に入っていく。「霊」の存在を信じている人はこのバカ話も信じてしまう のだだろうか。

 吉本さんのコメント。

 ここの記述も役の行者の伝説みたいで興味ぶかい。民間伝承にあるこの種の 説話は著者のヨーガ体験観からすれば「普通の人間」が時として偶然こんな体 験に出会ったり、未開の心性では普通にありうることだったことを暗示してい る気がする。
第五 「光のヨーガ」
 アージュニァー・チァクラ(眉間の霊的センター)に精神を集中する段階が やってくる。巨大な球体光のなかに自分が溶け込んだ感じになる。頭頂と心臓 から二本の赤紫色の光が出て、この球体光と結ばれる。中心の透明な部分に 細かい点が無数にうごいていて一粒一粒が情報の塊で、中心の点は宇宙レベル の情報、外側にゆくほど個人レベルの情報になる。他人から予言を頼まれたと きはここで情報を得ると著者は記している。
 そのうちにアージュニァー・チァクラが崩壊して、常時この光の世界にいら れるようになって、〈光のヨーガ〉が完成する。

この「光のヨーガ」は桐山解説では第六段階となっている。

アジナー・チャクラ(脳下垂体)
 異常な透視力を持つようになる。ヨーガ・スートラにある「心の発現にそ なわる光をあてることによって、どんなに微細なものでも、人目につかぬと ころにかくされているものでも、はるか遠くにあるものでも知ることができ る」という能力である。
 テレパシー能力が生ずる。ヨーガ・スートラにいう〝大脱身″が可能にな るのはこのチャクラである。
 このチャクラは、また、命令のチャクラ、願望成就のチャクラ、自在力の チャクラともいわれ、熟達すると、自然に命令してこれを自在に動かし、自 由に支配することができるようになる。すなわち、八種の自在力をそなえる ようになる。
 八種の自在力とは、次の八種である。
 1 身体を極限まで小さくして、岩などを自由に通り抜ける力
 2 からだを大空にいっぱいになるほど大きくする力
 3 蓮の糸や綿くずよりも軽くなる力
 4 望みのままに、月にでも指をふれることができる力
 5 自分の意志するままに、どんなことがらでも実現できる力
 6 世界を創造し、支配する力
 7 万物を自分の意のままに従わせる力
 8 大地のように身を重くすることのできる力、あるいは、自分の意欲の 対象を必らず手に入れることのできる力

 おやまあまあ、西遊記の主人公・孫悟空なみの超人になるというわけだ。 というより、西遊記の作者がヨーガの教書を下敷きにして孫悟空を創造した のだろう。

 吉本さんが取り上げなかったのか、麻原彰晃が最終段階のチャクラを修得でき なかったので書かなかったのか、いずれかは分からないが桐山解説ではもう 一つ最終段階のチャクラがある。ついでなので転載しておく。

サバスララ・チャクラ(松果腺・松果体・視床下部)
 頭のなかの光明といわれるチャクラである。梵の座、梵の裂け目という 頭蓋骨の接合するところの真下に位置する。梵の座、梵の裂け目とは、梵すなわち 聖なるもの、と一体になる場所という意味である。
 このチャクラを目ざめさせると、この部位に光明があらわれて、燦然とかが やく。頭のなかの光明である。
 このチャクラはすべてのチャクラを統合してこれを自由に制御する。すべて のチャクラを自由に制御することができるようになると、彼は次第に変身す る。昆虫が全身を覆うかたい表皮を次第に溶かし、しなやかな、しかし丈夫な 羽翼を自然に身につけて、空飛ぶ蝶に変態するごとく、彼はヒトからべつな 生物に変身する。三次元生物のホモ・サピエンスから四次元生物の超・ヒト、 ホモ・エクセレンスに変身する。ヨーガでは、これを聖なるものと一体にな る、と形容した。このチャクラを、聖霊が宿り、聖霊と交流するところで あるといっている。
 このチャクラを完成した修行者を、超人、大師、救済者、と呼ぶ。超人は、 物質世界を超越し、時間と空間の制限を受けない。ヨーガ・スートラにある ように、自由に自分の肉体を消失させ、一瞬のうちにヒマラヤの奥地から東 京に飛来し、一刹那のうちにヨーロッパへ去る。彼は、四次元世界の時間 と空間の秘密を体得しているのである。二次元(平面)世界の生物にとって、 三次元(立体)世界の生物の行動はナゾとしか思えぬように、三次元生物 のわれわれには、四次元世界に住む超人の動きは全く理解できない。
 インドでは、仏陀が超人であるとして、このチャクラの完成者であること を、形を以て示している。

 頭のテッペンに大きなマゲがついたような仏像があるが、それが最終段階のチャクラを 完成したことを示すその形だという。これはマゲではなく肉留といい、頭骨が 発達して盛りあがったものであるという。

仏陀
 修行中のシャカの頭骨はこのように盛りあがりを見せず、普通の人とおなじ 頭蓋をしている。修行を完成して仏陀に変身したとき、シャカの頭骨はそのよ うな形に変化したのだという。

どうやらシャカがこの段階に到達した最初で最後の超人ということらしい

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