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《続・「真説古代史」拾遺篇》(91)



「倭人伝」中の倭語の読み方(34)
「21国」の比定:(13)弥奴国(その一)


 この国名の訓みについて、水野氏は次のように解説している。

 「弥」は音「ビ」「ミ」で、……奴は「ド」「ヌ」を音とし、「ナ」という音はない。……「ナ」と訓むのは「ヌ」に転じたものと解しての訓みである。

 『「ナ」という音はない。』と正しい指摘をしていながら、『「ナ」と訓むのは「ヌ」に転じたもの』と訳の分からないことを述べている。私なりに解釈すると、
「もともと倭語としては「ナ」という音であったが、ある時期から「ヌ」という音韻変化が起こり、「奴」という漢字が適用された。」
というところだろうか。氏は「奴国」を「ヌコク」と正しく訓んでいるが、例の金印「漢委奴国」の訓み「かんのわのな国」を受け入れているので、このような根拠のない解説を必要としていると考えられる。

大家たちの諸説

「邪馬台国」九州説者
新井白石・牧建二・橋本増吉
 「ミヌ」と訓み、肥前国三根(みね)郡に比定。
宮崎康平
 「ミヌ」と訓む。「ミ」は海。「ヌ」は「ヌエ」、すなわち水田で、初期の干拓地のこと、海に面した水田の国のという意味。それで、肥前国三根郡・神崎郡・佐嘉郡の地で、現在の佐賀県神崎郡および佐賀市附近から、筑後川河口にかけての一帯の地と比定している。

「邪馬台国」大和説者
内藤湖南
 「ミノ」と訓み、美濃国に比定。
米倉二郎
備前国御野に比定。

 論拠も紹介されているけれど、宮崎説にはいつも悩まされる。水田のことを「ヌエ」と言うなんて、本当?!

楠原説
 氏はまずは「この国名から連想する後世の地名用語はまずはミノ」と議論を始めている。つまり「ミノ」と訓み「美濃国」を想定している。そして、その地名語源を次のように解説している。

美濃という国名は、語源はミ(水)・ノ(野)で、国府所在地(現・岐阜県不破郡垂井町)からややずれるが、現・大垣市一帯の大湧水地帯(関ケ原扇状地の扇端部)や木曽三川がつくる大湿地帯を表現した国名である。

 「ミノ」という地名について詳しく調べてみることにする。『日本古代地名事典』は「ミノ」と呼ばれている地名として、 (1)美濃国・(2)備前国御野郡・(3)石見国美濃郡・(4)讃岐国三野
の四例を取り上げている。そして、その語源については、全てに
『「みの(御野)」の意で、原野を美称したもの』
というような同じ説明をしている。しかし、このような説明は「好字令」後の漢字使用に引きずられた解釈である観をまぬがれない。上の楠原氏のようなその土地の地形や地質に語源を求める方法の方が信憑性があると思う。

 図書館で増井金典著『日本語源広辞典』を繙いていたら、「接頭語・接尾語」という用語と区別して、「造語成分」という用語を用いていた。これは古田氏の「言素」と同じような意味合いをもたせていると思う。「言素」は「接頭語・接尾語」とは区別して扱うべきだという私の主張と同じと思えて興味が湧いた。試みに「み」の項を引いてみる。

み 造語成分…「水」、ミナト(港)、ミカミ(水神)、ミクサ(水草)、タルミ(垂水)、ミギワ(汀)、ミクマリ(水配り)、 ミギリ(砌)、ミヅク(水漬く)屍、ミナクチ(水の口)。

み 造語成分…甲類ミ(真)、ミ(神)、宮、命、操、緑、峯などのミ。乙類ミ(実)、幹、皆、ミノルなどのミ。

み 造語成分…接頭語「御、美」美称。または尊敬。例‥みこころ。御世。

 「美濃」の語源については次のように解説している。

みの【美濃】
 国名のミノの語源の有力説は、五説あります。
説1は、「美しい野の国」が語源です。
説2は、「水+ヌ(湿地)」が語源で、水利のよい国です。
説3は、「御+野」で、皇室の御料地語源説です。
説4は、「美+の+尾」で、山沿いの丘陵の国です。
説5、部民、美濃部氏由来の国です。
 他に、蓑、箕、真野に係わる説がありますが疑問です。

 ほとんどの地理・地形に関わる言葉の起源は、はるか石器時代にまでさかのぼるであろう。「説3・説5」などは真面目に取り上げるのもバカバカしい逆立ちをした説だと、私は思う。楠原氏は「美濃国」の場合の語源を「説2」で説明しているが、今のところ私はこれが一番信憑性のある説だと思っている。

 「ミノ」の語源が「弥奴国」比定の決め手になるのではないかと思い、それにに拘っていてつい長くなってしまった。ついでなので『日本地名ルーツ辞典』も調べることにした。

 『日本地名ルーツ辞典』によると
「現在、全国でミノと呼ばれる地名を拾ってみると、美濃・美嚢・見野・蓑・耳納・箕などを含めて20例ほどある」
そうだ。その中から4例取り上げている。それぞれ岐阜県・島根県・徳島県・香川県の例である。先の例には徳島県のものはなかった。これを(5)とすると、私の手許にある「辞典」では、合わせて
(1)美濃国(岐阜県)
(2)備前国御野郡(岡山県)
(3)石見国美濃郡(島根県)
(4)讃岐国三野(香川県)
(5)阿波国三好郡美濃郷
の5例が取り上げられていることになる。以下、『日本地名ルーツ辞典』から、地名の語源解説の部分を取り出してみる。

【美濃】
 (岐阜)県の南部の旧国名で、東山道八ヶ国の一つ。国名は三野・御野・美乃・三乃などとも書かれたが、律令制下で美濃に改定し定着した。
美濃の由来は、
①青野・大野(賀苻野)各務野(かがみの 鏡野)の三つの野があるので三野と名づけられた、
②真野(まの)から転訛した、禁野(きんの)の意、美称して御野と称した、
③道の左(飛騨)、右(美濃)の意
などの各説がある。
 柳田国男は、一方が山地でわずかな高低のあことを意味した地名であるとし、島根県美濃郡、岡山県三野県(みのあがた)などを例示した。ミノのミは接頭語で美称、ノは野で、山に対する語。野を墾(ひら)いたところが原である。

【美濃】
 (島根)県西部、石見地方の南西部に位置する郡名。「美乃」とも書いた(『日本三代実録』)。中国山地から流れ出る高津(たかつ)川・益田川水系流域の山地の多い地域。承和10年(843)に郡の南西部を分離して鹿足(かのあし)郡が成立した(『続日本後紀』)。
 郡名の由来については、

 『石見外記』に、「美濃ハ三野ナルベシ、三野トハ此地ニ大農・美濃・小野ト大中小ノ三野アリシヲモテ遂ニハ一郡ノ総名トセシニヤアラン」としている。

 自然地名として考えるならば、ミノのミは美称、ノは野の意とする説もあるが、実情に合わないのでミは水であって湿地と考えるほうがよい。
郡内の美濃郷が地名の発祥地と思われるが、この地は高津川・益田川の河口地帯で、「ミノ」が湿地と解すると実情に合う。

【三野】
 徳島県北西部の吉野川中流左岸にある町。三好郡に属する。明治22年に清水・加茂之宮・勢力・芝生(しぼう)・太刀野(たちの)・太刀野山の六か村が合併し、旧郷名の「三野」を採って三野村とし、大正13年に三野町となった。
 『和名抄』の三好郡のなかに「三野郷」がみえ、現在の三野町から三加茂町に広がる地域と考えられる。
「三野」とは「御野」の意味で原野の美称であり、吉野川中流のこの地域にみごとな原野があったことに由来する。

【三野】
 香川県西部の高瀬川河口付近にある町。三豊郡に属する。久安元年(1145)の古文書に「三野郷」とある。この三野郷は三野郡に由来したものと考えられ、郡名は『正倉院文書』天平19年(747)の条に「三野郡」としてみえる。
 地名の由来は、

 『全讃史』によると、三野郡には山菅(すげ)が多く、これで蓑(みの)を作っていたので、ミノと呼ばれるようになったという。
 ところで、岐阜県の旧美濃国や岡山県の旧御野郡は「三野」の文字も使用し、いずれも美しい原野が広がっていた所と解釈されている。ここでも

 「御野(ミノ)」の意で、原野の美称からきた地名
とも考えられる。

 以上調べたことが「弥奴国」比定の決め手になるのかどうか不明だが、とりあえずここまでにして、先に進もう。(次回へ続く。)
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この記事へのコメント
 『日本地名ルーツ辞典』にあるとおり、久留米から大分県境にかけての筑後川南岸に水縄・耳納(みのう)という有力地名があります。「巳百支」が筑後川北岸の「把伎」なら、南の「水縄・耳納」が「弥奴国」の可能性もあるのでは?「美濃」は素直に読めば「みのう」ですしね。
 なお、大野城市出土の須恵器銘文に「大神部(おおみわべ)見乃官」というのがあり、「見乃」が筑紫・筑後の地名だという可能性も指摘されています(古賀達也氏)。朝倉郡(旧夜須郡)に「大三輪村(おおみわむら)」もありましたし・・。
2012/06/21(木) 23:58 | URL | 愛読者 #KUmnAu4w[ 編集]
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