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《続・「真説古代史」拾遺篇》(88)



「倭人伝」中の倭語の読み方(31)
「21国」の比定:(11)伊邪国


 「伊都国」を「イトコク」と訓み、「邪馬壹(台)国」を「ヤマイチ(タイ)コク」と訓んだのなら、「伊邪国」は「イヤコク」と訓むほかないと考えるのがまともな思考だと思うが、「井の中」ではこういう思考方法は成り立たないようだ。

 水野氏は例によって漢字の意味を書き並べて論じているが、この場合も倭語を音写したケースであり、漢字の意味をあれこれ論じるのは意味がない。氏の記述中、訓みの部分だけを紹介しておく。

 「伊」は音「イ」、「邪」は「邪馬壹」の「邪」と同じで、音「ジャ」「ヤ」「ヨ」である。(中略)国名としては「イヤ」「イサ」と訓まれているが、「イヨ」とも訓める。

 「邪」には「サ」などという音はないのに「イサ」と訓んでいる学者がいる。また、「邪馬台国」では「邪」を「ヤ」と訓んでいながらここでは「サ」と訓むというのも不当だ。それぞれの訓みについて、比定地は次のようになっている。

大家たちの諸説

「邪馬台国」九州説者
牧建二
 「イサ」と訓み、豊前国宇佐郡に比定
宮崎康平
 「イヤ」と訓み「ヤ」は入江であるから、岩石の入江の義。肥前国松浦郡の一部で、とくに現在の伊万里湾沿岸の地とし、佐賀県伊万里市を中心とする地に比定。

「邪馬台国」大和説者
米倉二郎・志田不動麿
 「イヨ」と訓み、伊予国に比定。

 正しい訓みを採用しているのは宮崎氏だけだ。伊万里湾が「岩石の入江」にふさわしい地なのかどうか、私には分らないが、それ以前に「イ」が岩石で「ヤ」が入江だという地名解釈が成り立つのだろうか。その解釈はどのような根拠によるのか、図書館に『まぼろしの邪馬台国』があるようなので、次の機会に調べてみよう。

楠原説
 楠原氏はここでもいろいろと紆余曲折した理路を披瀝している。

 第Ⅳ章の「伊都」の項で、長田夏樹「洛陽古音」で「伊」はウに通じ、「伊都」はウト(空洞)の意と述べた。それによれば、この「伊邪」はウヤと読まなければならなくなる。

 ところが、現在われわれが知る日本語(古語も含め)では、ウヤという語は有耶無邪(うやむや)のウヤぐらいしか思い出せない。その有耶無邪について国語辞典類は「有や無や」と説くが、もう一つすっきりしない。

 『「洛陽古音」って何?』で確認したように、「洛陽古音」は根拠薄弱で使用に耐える代物ではない。「ウト」などという訓みは初めから成り立たないのだ。ちなみに、長田氏の「洛陽古音」によると「都」は「タ」と訓むそうだ。「伊都」を「ウタ」または「イタ」と訓んでいる。また、「奴」は全て「ノ」である。これだけでも「洛陽古音」とやらは「眉唾もの」と考えることができよう。

 「ウタ」をあきらめた楠原氏は次のように続けている。

 そこで、「伊邪」の「伊」をイと読んでみると、どうか。「邪」のほうは第Ⅱ章の「邪馬台国」の項で、ヤマ(山)の語源は「(高度が)いや増す」地形ではないかと述べた。この副詞イヤ(弥)は同じ副詞のイヨイヨと同語源である。

 だから「邪」はヨとも読め、実際に「洛陽古音」では「伊邪」をウヤのほかイヨとも読ませている。

 「伊邪」がイヨと読めるのなら、手がかりが出てきた。沖永良部方言でイヨウは「ほらあな」をいうとあり、新潟県中蒲原(なかかんばら)郡の山中では「岩窟」をイユと呼ぶという。「伊邪」とはすなわち「岩窟・岩穴」のことではないか。

 このくだりの『「邪」はヨとも読め』るという結論に至る論理は何ともひどい牽強付会としか言いようがない。しかも、この詭弁は「ヨ」から「岩窟・岩穴」を導くための手段だったようだ。氏は「イヨ」ではなく「イヤ」という訓みを採用している。つまり、氏は「岩窟・岩穴」のある「イヤ」地名を探し始めることになる。

 イヤに近い音の地名を探してみると、長崎県北松浦半島を西流する佐々川の中流に北松浦郡世知原(せちはら)町岩谷口免(いわやぐちめん)という大字(おおあざ)があり、先土器時代から古墳時代までの複合遺跡である岩谷口遺跡が存在するという。

 「いわや」が「イヤ」に近い音だという訳だ。イヤハヤだ。これは私には受け入れられない方法だ。ちなみに、地図で確認したら、世知原町(楠原氏は「せちはら」と訓んでいるが、正しくは「せちばる」)は北松浦郡の外にあった。行政区画はよく変わる。実に厄介である。世知原町は2005年に佐世保市に編入されていた。

 氏はこの後、例によって、岩谷口免遺跡と土蜘蛛に蘊蓄を傾けているが、省略する。

古田説
 もちろん、古田氏は「類音探し」という方法は採らない。次のように論じている。

 ながらく〝解けず″にいたのは「伊邪(イヤ)国」である。それが解けた。四国の徳島県の「祖谷(イヤ)」である。

 今までは、平野部の地名に〝目が縛られ″ていた。それが、「邪馬(ヤマ)」や「為吾(イゴ)」(生駒)の例から、「山地の名」へと、わたしの目は、向かってきたのである。


 古田氏は「21国」を「倭人伝」の記載順に取り上げていない。私は倭人伝」の記載順に取り上げているの少し齟齬が起こる。ここではいきなり「為吾」が出てきた形になってしまった。「為吾国」については後に詳しく取り上げる。

 古田氏は次のように続けている。

 考えてみれば、当然だった。

 三世紀は「弥生の時代」だ。稲作がしめすように、平野部や泥湿地帯に「人口」が集中しはじめていた。しかし、それ以前、「縄文時代」さらに「旧石器時代」には、逆だった。「山」こそ人間にとって〝依るべき場所″だったのである。

 第一に、収穫。山々には果樹が実り、人間に対して「食」を与えてくれる「生産と収穫の場」だったのである。

 第二に、安全。野獣、他の部族からの襲撃を。〝いち早く″発見し、「対抗」するための、絶好の場所だったのである。「石を投げる」際にも、「上から下へ」と「下から上へ」と、いずれが有利か、言うまでもない。津波等の襲来に対しても、「山」の方がより安全なのである。「山」こそ、縄文以前の、人間の〝拠点″だった。その〝拠点″には、当然「地名」がつけられた。

 三世紀という時代、その「弥生時代」に新たにつけられた地名より、はるかに「長い歴史をもつ地名」、それは「山の地名」だったのである。地名の、質・量ともに「中心」は、他ではない『山の地名』だったのである。

 わたしの両親は土佐(高知県)の出身である。父親は高知市、母親は安芸市である。室戸岬に近い。祖母(父親の母)が幼いわたしにいつも土佐の思い出を語ってくれた。その中で石鎚(いしづち)山と剣山が畏敬の対象だった。その剣山のそばに「祖谷(いや)」がある(郵便番号帳にもある)。この「祖谷」ではないか。そう考えたのだった。吉野川の上流である。

 これまでのわたしは、平野部に「目」をつけてきた。このような高山の周辺など、まるで「目」もくれなかった。しかし、前述のように、「旧石器時代」や「縄文時代」は「山」を中心とする時代であり、その「山」の周辺にはすでに「地名」があった。

 三世紀の倭人伝の中の「地名」は、「山」を中心とする「地名」だったのである。質・量ともに、そうだったのである。

 わたしは、孫のわたしに対して飽きずに語ってくれた祖母に対して、厚い感謝の念をささげたい。

 「祖谷」以外に「イヤ」と訓む地名はないだろうかと、吉田茂樹『日本地名大事典』を調べてみた。二件あった。「祖谷」を「祖谷山」という表題で取り上げていた。

 いややま[祖谷山]
 徳島県東祖谷山・西祖谷山両村の地名。「イヨヨカ(森)」の「イヨ」の変化と考えており、山谷の地で樹木が高くそびえていた所とみたい。

 もう一件は次のようである。

 いや[揖屋]
 島根県東出雲町の地名。奈良期(出雲風土記)に「揖夜(いふや)」、で見え、鎌倉初期(建久十年)に「揖屋庄」とある。「イフヤ(い吹屋)」で、金属加工の仕事場によるのであろうか。

 東出雲町は今は松江市に編入されている。揖屋は中海(なかうみ)の西南岸にある。(山陰本線・揖屋駅は松江駅と安来駅のちょうど中間辺りになる。

 『出雲風土記』で「揖夜」を探したが本文中にはなかった。意宇(おう)郡の神社名の中に「伊布夜社」とあった。これを「揖屋」に比定しているということだった。

 確かに漢和辞典では「揖」の音は「①ユウ(イフ)②シュウ(シフ)」である。「揖」は古代では「イフ」と発音されていたようだ。「揖」という漢字を用いている地名といえば手延べ素麺「揖保の糸」。「揖」を先頭に使っている地名を拾い出してみた。(『日本古代地名辞典』と『日本地名ルーツ辞典』を用いた。)
揖斐(イビ 美濃国大野郡)
揖可(イフカ 美濃国武芸郡)
揖理(イフリ 紀伊国伊都郡)
揖宿(イブスキ 薩摩国揖宿郡)
揖保(イボ 播磨国揖保郡)

 古代では揖斐・揖保も「イフビ」「イフボ」と発音されていた可能性大である。地名由来の信憑性は「当るも八卦…」の類ではないかと思っているが、「揖屋」の地名由来「金属加工の仕事場」にちょっと惹かれるところがあった。所在地(出雲国)といい地名由来いい、一時は「揖屋」が「伊邪国」ではないかと思った。しかし、本来の訓みが「イフヤ」だったのなら、「揖屋」を比定地にはできないだろう。

 ということで、「伊邪国」の比定地は古田説を採択する。
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