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《続・「真説古代史」拾遺篇》(82)



「倭人伝」中の倭語の読み方(25)
「21国」の読み:二つの奴国(1)水野説


 奴国の古田説は『「女王の境界の尽くる所」(3)』で紹介済みである。ここでは「井の中」で行われている議論を紹介しよう。

 まず『評釈 倭人伝』で水野氏がまとめている過去の諸説と水野氏の説を見てみる。

 水野氏は諸説についてはその論拠までは書いていないので比定地だけの紹介になる。しかし、楠原氏も指摘していたように、ほとんど全ての説は類似音による比定なので、逆に国名を何と読んでいたかが類推できる。その推定を〈〉で付記しておく。

過去の諸説は大きく分けると三通りある。

①同名の国が二国あった。
肥後国八代郡大野村(牧建二)〈ノコク〉
信濃国伊那(山田孝雄)〈ナコク〉
陸奥国渟代(のしろ)(小中村表象)〈ノコク〉

 最後の説にはつい噴き出してしまった。小中村表象は初めてお目にかかる名前だ。ネット検索しても出てこないので、どういう方か分らない。渟代(現在の能代)は阿倍比羅夫の蝦夷征伐に出てくる地名である(「斉明紀」4年4月条)。

②同一国の重出である。
儺(博多)(三宅米吉・吉田東伍)〈ナコク〉

③一字脱落(誤脱)している。
 おおよそ次のように論旨のようだ。
 21国の中で奴の字を用いる国は、最後の奴国をのぞくと、弥奴国.姐奴国・蘇奴国・華奴蘇奴国・鬼奴国・烏奴国と、都合6ヵ国ある。それらは皆□奴国という形をとっているのだから、この最後の奴国も、実は□奴国とあったのが、上の一字を誤脱してしまったのである。

 では水野氏はどう説いているか。まず、
「女王国支配下に、同名の国が二つ存在することは、どうにも納得がいかない。」
と①説を退け、
「もし重出とするならばその理由の説明が必要となる。その説明はおよそ不可能であろう。」
と②説の退けている。そして次のような新説を掲出している。③説については
「今使訳通ずる所30国という記述と一致することになるので、ちょうど首尾一貫したことになるから、重出説よりも、誤脱説の方が正しいと考えられるかもしれない。」
「これも一応筋の通った説明のようであるが、誤脱した一字を補うすべがないのである。」
と、③説も退ける。そして次のように新説を提出する。

 「ヌコク」と訓む。最初に奴国があって、それとは別の国であるとするか、重出であるとみるかで、解釈はいろいろと異なってくる。私は奴国の重出ではなく、また、そうかといって、他の場合のように、奴国と二字の国名で記すのを脱字として、奴国と誤記してしまったとする説をもとらず、これは後に記されている狗奴国のことだという見解をとる。

 誤記説をとらないと言っているが、私には誤記説との違いが分らない。初出で「奴国」と表記し、次ぎに「狗奴国」と表記した理由が解明されなければ誤記としか解釈できない。氏はこの問題には全く触れず、次のように自説の正当性を説明している。

 魏に使訳通ずる三十国というのは、女王傘下の国が、こぞって通交したので、その連合体のすべての国数を示したのでは決してなく、これは女王傘下の国々と、女王の支配下に入っていない、連合体以外の倭人の国々の中で、女王の朝貢とは別に、単独に朝貢した国があれば、それをも加えて、倭人の国全体の中から朝貢した国の総数を示したものであると解することもできる。そうすると、女王傘下の国が、□奴国を含めて、都合三十国となると、女王国以外の倭の国国は一国も朝貢していなかったことになる。確証がないことであるから、それでもよいけれども、後段において詳説するように、女王国の統轄外の独立国である狗奴国が、単独で魏に朝貢していたということを、私は立証しているので、少なくとも、魏に使訳通ずる三十国という中に、女王国連合外の国が一国朝貢していたので、女王連合国が皆朝貢していたとしてもその数は二十九カ国以下でなければならない。そうすると、この最後の奴国をはぶくと、女王支配下の連合首長国は二十九カ国となる。それに狗奴国を合すれば、合計三十国となり、最初の使訳通ずる所の国数と合致する。

 狗奴国も魏に朝貢していたから30国には狗奴国も含まれる、というわけだ。では狗奴国も魏に朝貢していたことをどうのように立証しているだろうか。

 そこで私はこの奴国について次のごとく判断を下すのである。ここに列挙した二十一カ国は、陳寿が編纂に際して扱った魏の時代の原史料に、倭の朝貢国について、三十国とし、朝貢した国名を列挙した史料があった。それは女王支配の国を列挙し、最後に単独朝貢した狗奴国があげられていた。そして三十国の国名が明らかであった。そういう原史料によって、陳寿は国名を記載したのであるが、最後にある狗奴国は、女王に属しない国であると、陳寿自身記述しているのであるから、最後の狗奴国は女王傘下の国の中に加えるのはよくないので、これを取りのぞいたのである。しかし、伝書の間に後人が、狗奴国の朝貢した事実を考えずに、最初の三十国にひきずられて、最後に一国を追加すべきだとしたが、その国名がわからず、また狗奴国とあった原史料や、奴国の前の烏奴国の例にひきずられて□奴国として挿入したのが、□の欠字が消えて、印行時に奴国とのみのこされてしまったのではないかと推測するのである。そこで私はこの奴国を陳寿述作後の、後人による挿入としてはぶくのである。したがって私は女王統轄の連合体所属の国は二十九カ国とするのである。

 狗奴国も魏に朝貢していたことの立証など、どう読んでもない。そのかわり、何のことはない、自説も誤脱(誤記)説であることを表白している。その論理の要は氏が批判している「南を東と変える」手法とまったく同じである。
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