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《続・「真説古代史」拾遺篇》(38)



「倭人伝」中の倭語の読み方(1)
読み方のルール(1)


 久しぶりの図書館に行った。別の目的があったのだが、分厚く(約700ページ)ひときわ目立つ本が目に付いた。
水野祐著『評訳 魏志倭人伝』(雄山閣 新装版 初版発行が1987年3月20日)

 水野氏は「井に中」の学者の中でも信頼できる方と思っていたので、何かと参考になるのではないかと、特にこれまでに行われてきた「井の中」での議論を知るのに便利だと思い借りて来た。この本をこれまでの「井の中」の「倭人伝」研究の集約資料とし、
菊池秀夫著『邪馬台国と狗奴国と鉄』
を「井の中」の最新説として利用していこうと考えている。(以下それぞれを「評釈倭人伝」・「狗奴国と鉄」と略称する。)

「評釈倭人伝」の「第一章『魏志倭人伝』概説」に「『魏志倭人伝』の研究方法と問題点」という節がある。とてもいいことを言っている。その部分を引用する。

 本書(管理人注:「魏志倭人伝」のこと)に記されているところは、あくまで本書によってのみ知りうる事象であって、それ以外の何物でもないことを、とくに注意しておきたい。このことは本書を日本古代史研究の史料として用いる場合に、最も基本的に大切な点なのである。この基本点を踏みはずして研究を進めるならば、それはかえって有害無益、むしろ本書のような中国史料がなかった方が、日本古代史の究明には幸いであったということになりかねない。

 たとえば『日本書紀』が女王卑弥呼について、日本側の伝承資料に全くその人物が現われてこないのを縣念して、あえて神功皇后に擬定しようとした彼らの偉大なる誤りが、それ以後の日本の史家に伝統的に継承されて、ついにいわゆる邪馬台国論争をまきおこし、今日に至るまで、長い実りの少ない論争が繰返されてきているのであるが、いまだに結論がでていない。

 しかし、もし本書がなかったならば、女王国も、邪馬壹国も、またその他の国も、卑弥呼の存在も、何もわからず、したがって邪馬壹国論争などは全く起らなかったわけである。けれども現実には本書が厳存し、その中に他には全くみられない文献上の事実が、記しのこされているのであるから、われわれは何としても、その実態を確認し、究明していかなければならないし、その点に本書の研究の究極の目的が存するのである。

 この目的を達成するためには、まずもって、本書の記載についてそれを正確に、忠実に、一字一句を読解する必要がある。虚心坦懐に記されたままを素直に本文に即して読むことから出発し、次いで、その検討に際しては、『三国志』の中の文章と比較検討し、とくに「東夷伝」の他の記載との異同を比較検討してその真実を探究することが必要であろう。そうして、倭人伝の記載内容を確定し、記載を固定化したうえで、なにほどの先入観をももたずに、その正当な解釈をし、それがどのような史実を意味しているのかを、史料批判のうえに立って推定するという手続きによって、正しい研究方法を確立させていくことが、絶対に必要であり、今後の研究の指針とすべき点だと思う。

 邪馬壹国の位置の決定は、それがどんなに不正確で、如かな記載はなくても、本書に記されている方角と里程によって、それで決定する以外にはないのである。ただ何らかの先入観に禍いされて、自説に都合のよいように恣意的に本書の字句を改訂したり、勝手に解釈したりして、邪馬壹国はここだといってみても、それは全く価値のない研究にすぎない。

 水野氏は「邪馬台国」ではなく一貫して「邪馬壹国」を用いている。また、赤字部分はまるで古田さんの研究方法の紹介のようである。そして、次の段落では「井の中」の学者たちへ正当な苦言を呈している。しかし「評釈」に入ると、見事に古田理論を無視して「井の中」に舞い戻っている。有言不実行なのだ。

 例えば、里程の検討では1里の距離(短里・長里)の検討など全くない。1里の距離不明のまま「邪馬壹国」を山門に比定している。なぜこのような手品みたいな事ができるのか。「狗奴国と鉄」で菊池氏がその秘密を明確に述べている。菊池氏の方法論の核心は次のようである。

 先ほどから「魏志倭人伝」の問題点ばかりを述べてきた。それでは「魏志倭人伝」を信じてはいけないのだろうか。実は結論はその逆で、「魏志倭人伝」に書かれていることの本質は全て真実だったと思われる。歴史を解明する原則は、書いてあることを勝手に解釈と変更してはいけない。そうかと言って事実ではない情報が紛れ込んでいることも事実である。

 それではどのように判断していけばよいのであろうか。答えはそう難しいものではない。「魏志倭人伝」を解釈するには、文の流れを重視し、迷いの生じる情報はとりあえずペンディングして考えていけばよいと思う。そうすると最終的に迷いのない答えが見えてくるはずである。

 「事実ではない情報が紛れ込んでいる」という断定が理論の恣意性を生む。水野氏の指摘のように「自説に都合のよいように恣意的に本書の字句を改訂したり、勝手に解釈したり」する根拠となっている。

 ペンディング(pending)とは「保留する」あるいは「懸案事項とする」という意だろう。確かにペンディングは一つの方法として有効だが、もしも何でもかんでもペンディングしなければならなくなったら、恣意的な解釈がまかり通ることになるから、その点を留意しなければならない。

 例えば、菊池氏は里程をどう扱っているだろうか。

 「魏志倭人伝」には、帯方郡より女王国まで一万二千余里という記述と、帯方郡より狗邪韓国までが七千余里という記述がある。これに海を渡る部分の計三千里を合計すると差し引き末盧国から女王国まで残り二千里となる。重要なのは実際の距離と対比することよりも、これらの比率つまり、朝鮮半島内が七・朝鮮半島から北部九州までが三・北部九州から邪馬台国までが二という大枠な比率で中国の人が朝鮮と日本の位置をとらえていたことにある。

 つまり困ったあげく、「比率で……とらえていた」という何の根拠もない断定をする。そして、実際に「魏の使者の行程」を検討する段になると、
「〈方四百里〉…ペンディングしておく。ここでも〈方三百里〉…前回と同様ペンディングしておく。…先ほどペンディングにした…計七百里を三千里に足しても引いてもこの話の大勢にはあまり影響はない。」
と勝手な論理を展開する。

 たぶん、水野氏をはじめ、「井の中」の「邪馬台国」九州論者は全てこれと同じ論法で里程問題を処理しているのだろう。そして、里程を実距離として考える論者は、長里しか念頭にない(あるいは知らない)から、「邪馬台国」は九州に収まらない。「邪馬台国」近畿論者にならざるを得ないのだ。

 さて、水野氏も菊池氏も「狗奴国」を「クナコク」と読んでいる。「狗古智卑狗」はそれぞれ「クコチヒコ」・「ククチヒク」である。「狗」を「ク」と読んだり「コ」と読んだりしている。。ずいぶんと恣意的だと思う。なお、「クナコク」という読みは不当であることを『「狗奴国」は何処?(1)』で論じている。

 「倭人伝」に現れる倭国の国名・官職名・人名の読み方が恣意的であることが、倭人伝」をめぐる議論が何時までも錯綜としている原因の一つだと、つくづく思う。もしも全ての国名が正しく読めれば、その位置も比定することが可能になり、「狗奴国」問題にも決着がつくのではないだろうか。

 倭国の国名・官職名・人名を正しく読むルールはないのだろうか。実は『俾弥呼』(第4・5・6章)で古田さんがそのルール作りを試みている。すでにその一端を「任那の読みと意味(1)」で紹介している。そこでは次のようなルールが指摘されていた。

「倭人伝の漢字は、三世紀以前に伝来した文字と〝訓み″であるから、基本的には、右の『呉音』、より正しくは『南朝音』の方が妥当する。もっと厳密に言えば、〝妥当する可能性が高い″のである。」

 このほかにどのようなルールがあるのだろうか。それをキチンと学習するのがこのシリーズの目的です。
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