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《続・「真説古代史」拾遺篇》(41)



狗奴国の滅亡(21)
崇神記をめぐって(12)
崇神の狗奴国攻め(3)


①タケハニヤスと崇神の縁戚関係 の続き

 タケハニヤスが戦死して、狗奴国軍は敗走する。その様子を『古事記』は次のように描写している。

 ここにその逃ぐる軍を追ひ迫(せ)めて、久須婆(くすば)の渡(わたり)に到りし時、皆迫め窘(たしな)めらえて、屎(くそ)出でて褌(はかま)に懸(かか)りき。故、其の地を号けて屎褌(くそばかま)と謂ふ。今は久須婆と謂ふ。
 又その逃ぐる軍を遮りて斬れば、鵜の如く河に浮きき。故、その河を号けて鵜河と謂ふなり。
 又その軍士を斬りはふりき。故、其の地を号けて波布理曽能(はふりその)と謂ふ。


 このくだりについては『ヤマト王権の近畿侵略史』:木津川の決戦で、教科書(a)段階での古田さんの解説を紹介した。教科書(c)では考察がさらに深まって、特に「くそばかま」については(a)とは異なる解釈となっているので、それを紹介する。


 そこでは、
(A)屎褌-「屎出でて褌に懸りき。」
(B)波布理曾能-「亦其の軍士を斬り波布理き。」
といった「汚ならしい〝いわれ″」が〝こじつけ″られている。もちろん「曲解」だ。

 「くそ」は〝不可思議な、古き神″だ。「奇(く)し」の「く」。「そ」は「阿蘇」「木曾」の「そ」。もっとも古い「神の呼び名」の一つである。「はかま」は〝神聖な水の出る、広い場所″の意。「は」は「茎(くき)」や「根(ね)」に対する「葉(は)」だ。「か」は〝神聖な水″。河(かは)の「か」である。「ま」はもちろん、日本語にもっとも多い接尾語。「やま(山)」「はま(浜)」などの「ま」である。大阪府枚方市の楠葉に当たるとされる。したがって「くそはかま」は〝不可思議な神による、神聖な水の出る広い場所″を指す。古い倭語だ。

 次に「はふりその」。現在でも「祝園」と書き、この〝訓み″が使われている(京都府相楽郡精華町に当たる。学研都市の在地)。「はふる」は〝神を祭る″意義。「祝」も、その意味をしめしている。「園」も、当然「古い倭語」だ。

 以上のような〝由緒ある古代倭語″地名に対し、あえて「汚濁に満ちた、侮蔑語」を〝あてはめた″のである。なぜか。

 崇神天皇「以前」には、この「建波邇安王」こそ、「正統なる王者」だった。中国風の称号である「王」を名乗っていた(「王」の問題は後述する)。

 この引用文の最後の段落の意味がとらえがたい。二通り考えられる。
(α)
 建波邇安王こそ「正統なる王者」であり、崇神「以前」にはその統治範囲に奈良盆地も入っていた。その建波邇安王を崇神が打倒して、建波邇安に代わって王となった。すなわち、崇神の叛逆である。
(β)
 崇神が征服する「以前」は建波邇安王は銅鐸圏国家の「正統なる王者」であった。奈良盆地はその統治範囲外の別勢力であった。その建波邇安王を崇神が打倒して、銅鐸圏も支配下に置いた。すなわち、崇神の侵略戦争である。

 言うまでもなく、私は今まで(β)という立場で理解していた。ところが、古田さんは教科書(c)では(α)と考えているのではないかと思われる個所がいくつかあるのだ。上の引用文の続きを読む前に、(「王」の問題は後述する)とある『「王」の問題』を取り上げておこう。

 「孝元記」の系譜ではタケハニヤスは「建波邇夜須毘古」と表記されている。この表記はここだけであり、その後の「崇神記」では「建波邇安」と表記されている。

 綏靖~孝元までの系譜では男子は全て「命(みこと)」という称号が付けられている。これが「開化記」になると崇神(御眞木入日子印惠命)以外の11人の男子は全て「王」という称号になっている。「開化記」以降にも「命」とともに「王」が連続して使われている。(教科書(c)P.307~308に「孝元記」の読み下し文が引用されているが、「開化記」の文章が混入している。P.307の後から4行目の下から5字目以降「次ぎに…」は全て「開化記」の文章である。1ページ飛ばして転記してしまったようだ。)

 なぜ「命」ではなく「王」を称号に持つものがいるのだろうか。〈大系〉の頭注がこの問題についての本居宣長の文章を紹介している。

 さて御代々々の皇子たちの御名、此より前は、此記にも書紀にも、みな某命とのみあるを、此に始て二記共に、王とあるは、某王と申すは、実に此王より始まれるか。はた某命と申し、某王と申すは、後の伝説のうヘの異のみにて、本より此異あるに非るか。慥には定めがたし。

 さて記中、王字を書るは、何れもみな美古と訓べし。

 この宣長の主張に従ったのであろう、〈大系〉は「王」を「みこ」と訓じている。この宣長のお手上げ的な判定に対して、古田さんは次のように批判し、「王」問題の考察を進めている。

 要するに、「命」とあっても、「王」とあっても、共に「ミコ」と訓めばいい。そういうのである。大変、〝楽(らく)な″結着点だけれど、本当の説明にはなっていない。わたしには、そう思われる。では、その〝真相″は何か。

 第一に、「王」というのは、東アジアでは、中国の王朝、その天子の配下の称号である。三国時代には「魏」「呉」「蜀」の三国の天子がそれぞれの配下に「大王」や「王」を〝もっていた″のである。

 第二に、したがって右の「崇神前後」の「王」は、魏朝にあらずんば、呉朝の配下の「王」である。先述の「大倭」のような称号は、いわばこの「魏朝の配下の『王』」に当たる存在であろうけれど、特別に、魏朝より「~王」を賜わった形跡はない。

 第三に、これに対し、右の「11王」などの場合、「呉朝の配下」において「王」を名乗っていたものではあるまいか。崇神自身は「魏朝側にいた」ため、あえてこの「~王」を名乗っていないのである。もし、「魏朝の任命下の『王』」であれば、当然「倭人伝」に表記されたことであろう。崇神の初期は、俾弥呼の時代に属していた可能性が高い。壱与の時代とは、必ず〝対応″しているからである。

 第四に、その点、右の「11王」たちは、「呉朝の配下の『王』」を〝名乗っていた″のではあるまいか。それが「崇神による討伐挙兵」の大義名分、少なくとも「挙兵の口実」とされたのではあるまいか。

 第五に、右のような状況は、当然、「呉朝の滅亡」(280)をもって終結した。その後に現れている「王」は、当然「呉朝」ではなく、「西晋朝」や「東晋朝」、さらに「南朝劉宋」などの南朝側の「配下」としての称号であろう。この点、次の項で詳述する。

 ともあれ、この「王」称号のテーマは、見逃がせぬ重要性をもつ。わたしにはそう思われるのである。

 「崇神前後」の時代では「王」称号を持つものは「呉親倭国」の支配者であると言っている。「11王」の中にはあの銅鐸圏(狗奴国)最後の王・沙本毘古王の名が見える。

 「親魏倭国」の支配者は魏から「王」の称号を得ていない。称号に「命」を持つものは「親魏倭国」の支配者とみなすことができる。「崇神記」冒頭の系譜記事では男王7名全て「命」である。「垂仁記」では男王13名中、先の8名が「命」で後の5名が「王」である。「命」と「王」を併用しているが、はっきりと前後に分けられている。(「景行記」以降は「混在」になる。)

 以上のように、「崇神前後」の時代(「開化」~「垂仁記」)の「王」は銅鐸圏の系譜から「偽入」であることがあからさまに示されている。私は古田さんによる「王」問題の解明を正解だと思う。ただし、この結論からはまだ「(α)か(β)」の決着を付けることは出来ない。いまだどちらにも可能性が残されている。(なお、「この点、次の項で詳述する」とあるが、これについては必要になったときに取り上げることにする。)

 さて、最初の引用文の続きは次のようである。
 「是に国夫玖(くにぶく)命の弾(はな)てる矢は、即ち建波邇安王を射て死にき。」庶母による「不倫の子」は、機をえて果断に行動し、運命を逆転させた。その「名」の通り、恵まれた第一歩を進みはじめたのである。不遇と逆境によって、かえって鍛えられていたのであろう。

 三世紀後半、日本列島の西部から中央部にかけて生じた、画期をなす事件だった。それを「空白部」によって「予告」したもの、それが倭人伝がしめす姿、その〝内蔵する″史料性格なのである。

 「その名の通り恵まれた第一歩」というくだりには説明が必要だろう。孝昭と崇神は和風諡号に「御真」という共通文字を持つこと、そしてそれが任那の「みま」であることを「崇神の和風諡号 」で論じたが、孝昭と崇神にはもう一字「惠」という共通文字がある。

孝昭…御眞津日子訶惠志泥命
崇神…御眞木入日子印惠命

 この「惠」について古田さんは次のように解釈している。

 この「恵」は「え」ではなく、「ゑ」の「もと字」として有名だ。「恵」の草書体が「ゑ」となったのである(広辞苑)。

 「知恵(ちゑ)」は、仏教語だ。もちろん、ここでは「仏教語」として用いられているわけではないけれど、親(名付け親)の「子」を思う、「幸あれ」「恵まれてあれ」といった〝願い″の表現と見て、まちがいはないであろう。この「恵(ゑ)」字を、両者(孝昭と崇神)は〝共有″しているのである。

 「その名の通り恵まれた第一歩」はこの解釈をふまえた文言だった。

 もう一つ、この引用文で古田さんは崇神を「不倫の子」と呼んでいる。そしてその「不遇と逆境」が崇神の原動力であったと言う。これについては私には異論がある。少し長くなりそうなので次回に論じよう。
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