2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《続・「真説古代史」拾遺篇》(13)

番外編:「矛」か「弟」か?(3)


 前回、「新たな問題が含まれている」と書いたが、その問題とは「詔」に関する問題である。

45「根国訪問」の段
 即其大神之生大刀與生弓矢及其天詔琴而逃出之時其天詔琴拂樹而地動鳴

 即ち其の大の生大刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)と、及(また)其の天(あめ)の詔琴(のりこと)を取り持ちて逃げ出でます時、其の天の詔琴樹(き)に捕(ふ)れて地(つち)動(とよ)み鳴りき。


 ここに出てくる二つの「詔」も真福寺本では明らかに「治」である。影印を 掲載する。

「詔」の影印

 この「天詔琴」は古田さんが取り上げている。

 他にも、「天沼琴(あまののりこと)」と〝直し″た上で、「当時(弥生時代)には『琴』はなかった」などと、注釈をつけている学者もいます。

 この「琴」は、平安時代などの「琴」ではありません。中国の編鐘(へんしょう)にもあるように、八つの(あるいは「やしろ」)の「ち」(神の古称)の「音(サウンド)」を出す、楽器のことを指していたのです。

 「天詔琴」についての文章はこれで全部だ。

 冒頭の「天沼琴」は明らかに「天詔琴」の校正ミスでしょう。しかし、古田さんが「詔」→「沼」とい訂正を念頭に置いている証左と考えてよいだろう。しかし、ここの琴が古田さんの解説のように『八つの「ち」の「音」』を出す楽器なら、「天治(ち)琴」の方がピッタリではないだろうか。

 「矛・弟」問題に戻ろう。今まで、本文だけで「矛(弟)」を調べていたが、序文第二段にも「矛(弟)」があることに気付いた。

4~5「序文第二段」
皇輿忽駕浚渡山川六師雷震三軍電逝杖矛擧威猛士烟起絳旗耀兵凶徒瓦解

皇輿忽ち駕して、山川を浚(こ)え渡り、六師雷のごとく震ひ、三軍電のごとく逝(ゆ)きき。杖矛(ぢやうぼう)威を擧げて、猛士烟のごとく起こり、絳旗(こうき)兵を耀かして、凶徒瓦のごとく解けき。


 ここの「矛」の影印も確かに「弟」としか見えない。だからといって、「杖矛」を「杖弟」ととし、「杖音(じょうおと)重箱読みが不可なら(つえおと)」だというのは無理ではないだろうか。これでは勝鬨をあげて戦意を高揚させる場面だ。この頃の軍隊で「杖」は何に使うのだろうか。指揮官の指揮棒だろうか。戦意高揚のための道具が指揮官の「杖の音」だけではサマにならないのではないだろうか。

 また、「杖弟」が正しいとすると、やはりおかしい。この序文は元明天皇への上奏文だ。その上奏文で、はっきりと「音」という字を用いずに「弟」を用いて、これを「音」の意にとって下さいという、そんなクイズみたいな上奏文がありえるだろか。

 この、なぜ「音」という字を使わないで「弟」を使うのかという疑問は、本文中での使用にも当てはまる。逆に言うと、全て「弟」で代用されていて「音」という字は使われていないのだろうか。分注では〈流の字以上の十字は音を以ゐよ〉のようにそこらじゅうで使われているので、本文中の「音」をさがすのは容易ではない。取りこぼしがあるかも知れないが調べてみる。

 意外に少ないのでびっくりした。

【上巻】

「須佐之男命の涕泣」の段
是を以ちて惡しき神の音(こゑ)は…

「天若日子」の段
此の鳥は、其の鳴く音(こゑ)甚(いと)惡(あ)し。

【中巻】

「本牟智和氣王」の段(垂仁記)
故、今高往く鵠(くきひ)の音(こゑ)を聞きて…。


「功皇后の新羅征伐」の段(仲哀記)
故、幾久(いくだ)もあらずて、御琴の音(おと)聞えざりき。

【下巻】

「枯野という船」の段(仁徳記)
茲(こ)の船、破れ壞れて鹽を燒き、其の燒か遺りし木を取りて、琴に作りしに、其の音七里(ななさと)に響(とよ)みき。

 「音(おと)」という例が2例あった。例数は少ないが「音(おと)」の代わりに「弟(おと)」を用いる必然性はない。

 次に、「矛」に変えられていた「弟」以外に、「弟」を「音」という意で用いている例があるのかどうか調べてみた。次の通りで、上巻には「音」という意で使われている例はない。(ページ数と〈大系〉での読みのみ記録する。)

40・45・55
 ともに兄弟(あにおと)
73
兄弟(はらから)
其弟(おと)木花之佐久夜毘賣
75
其弟(おと)火遠理命
其兄強乞徴故其弟(おと)破御佩之十拳劔

 75の二つ目の「弟」の影印を私は何という字か判別できない。二つの「其弟」を含む部分の影印を拡大して掲載する。

「弟」の影印1

76
是其弟(おと)泣患居海邊之時

 「矛」としか見えない例がまた出てきた。このケースも影印を掲載しよう。

「弟」の影印2

81
其弟(おと)玉依毘賣

 以上が上巻に現れる全部の「弟」だ。中巻・下巻については私には調べるつてがなく確認できない。古田さんの次の言葉を信頼しよう。

 新たな進展がつづきました。

 古事記の真福寺本の「矛」と「弟」の完全調査をした結果、やはり「矛」とあるのは「矛」、「弟」とあるのは「弟」だという自明の結果をえたのです。「弟」は「兄」に対する「弟」の意と、「音(サウンド)」の意と、どちらかに使われています。

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