2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《続・「真説古代史」拾遺篇》(12)

番外編:「矛」か「弟」か?(2)


(図書館の『盗まれた神話』(ミネルヴァ書房版)は借り出されていた。この頃は古田さんの著書はよく借り出されるようになって、私が独占できなきなくなってきた。喜ばしいことです。そこで私は丁度よい機会なので、遅蒔きながら「古代史コレクション」シリーズを全部購入しました。)

――――――――――

(以下、『盗まれた神話』所収「日本の生きた歴史(三)」の第二「古事記と銅鐸」論が教科書です。)

 まず古田説のあらましを箇条書きで示しておき、必要に応じて本文の引用をする。


 大阪にある「ぬで神社」の「ぬで」には「鐸」という字が使われている。銅鐸は「ぬで」と呼ばれていた。

 小銅鐸は上部の取っ手部分(鉦 ちゅう)に紐(ひも)をかけ、つるして使用する。本体と紐を合わせて「ぬで」と呼ぶ。本体部分が「ぬ」である。

 「天の沼矛(ぬぼこ)」の「沼(ぬ)」は小銅鐸のことである。

 真福寺本では「矛」はすべて「弟」と書かれている。「天の沼矛」は本来「天の沼弟(ぬおと)」である。「八千矛神」も「八千弟(おと)神」である。

 「天沼弟」「八千弟神」の場合の「弟(おと)」は「音 sound」の意である。

 さて、前回「八千弟」が正しいとすると歌謡の中で使われている「夜知冨許」と矛盾することを指摘した。この点を古田さんはどう解決しているか。該当部分を読んでみよう。

 もう一つ、大切なことを〝注意″させていただきます。

 先の「八千第(ヤチオト)神」と「沼河(ヌカワ)比売」の対話の歌で、比売(ヒメ)は相手に対し、

「夜知富許能 迦微能美許登波(ヤチホコノ、カミノミコトハ)」

と、くりかえし〝呼びかけ″ています。ここでは「八千矛の、神の命」です。要するに、
(A) 「ヤチオト」
(B) 「ヤチホコ」
という、二種類の名称が〝使い分け″られているのです。そしておそらく(B)の方が「呼びかけ」の尊称として用いられているのです。

 この「大国主命」が、同時に「大穴牟遅」(オオナムチ)と呼ばれているように、同人物・同一神に「別称」のあること、珍しくはありません。ここでもそうなのです。

 なるほど、「八千弟」が正しいとすればこのような解釈しかあり得ないだろう。しかし、古田さんの文には一つ事実誤認がある。「沼河比賣求婚」の段には歌謡が二つあるが、二つともが沼河比売の歌ではない。一つ目は大国主の呼びかけの歌で二つ目が沼河比売の返答歌である。大国主は尊称「ヤチホコ」で名乗ったことになる。神だから自分に尊称をつかっても取り立てておかしいわけではないけど、一応指摘しておこう。

 上で私は「正しいとすれば」と判断を保留した言い方をしたが、まだ指摘しておきたい疑問点がいくつかあるからだ。それらの問題に納得できる解が見いだされるまでは、私には古田説の全てを正しいとは言い切れない。そうした問題の一つは次の通りだ。

 『古事記正解』のテキストでは「沼矛」の「沼」が「治」になっていて、影印は確かに「治」らしい。この問題はどうなるのだろうか。

 『古事記正解』には「上巻」の影印しかないという限界があるが、従来「沼」とされている文言を全て調べてみた。(数字は真福寺本のページ数)

10「国土の修理固成」の段
 「沼弟」が2回出てくるがどちらも「治」のようだ。該当の文章は前回「弟」について調べるために引用した。そこで私は、三つ目は「矛」に見える、と書いた。其の部分の影印を切り取ってみた。(「弟」は一行目の下から2字目)

「矛」の影印

 その後、「弟」を全部調べたが、
75「火遠理命 1 海幸彦と山幸彦」の段
にまったく同じ字体があった。この書写者の筆癖なのかも知れない。「弟」と判断してもよいかも知れない。

「矛」の影印2

 今は「沼」がテーマでした。戻ります。

46「沼河比賣求婚」の段
 沼河比賣
…薄い字で判定しがたいが、どちらかというと「治」

54「大国主の裔」の段
青沼馬沼押比賣
…「治」と読める。

82「鵜葺草葺不合命」の段、上巻最後の一節
合命娶其姨玉依毘賣命生御子名五瀬命次稻泳命次御毛沼命次若御毛沼命亦名豐御毛沼命亦名神倭伊波禮毘古命四柱故御毛沼命者跳浪穗渡坐于常世國稻泳命者爲妣國而入坐海原也

 このケースには新たな問題が含まれているので影印を掲載しよう。

numa.jpg

 「沼」が4回出てくる。1回目と2回目は「治」、4回目は判読しがたいがやはり「治」だろう。

 ところが3回目の字はなんと「詔」ではないか。この書写者は「沼」の旁はこのように書いている。念のため「詔」をいくつか調べたら、全て同じ字体だった。このことからもいままで取り上げた「沼」は全部「治」と判定してよいのではないか。

 もしも私の影印読取りの判断が正しいとすると、「矛」だけ「弟」にし、「沼」はそのままで「治」とはしないのは、片手落ちではないだろうか。
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この記事へのコメント
「沼」と「治」
こんにちは

このブログの最後から2つ目のパラグラフの意味が理解できなかったので
真福寺本で「詔」の影印をざっとチェックしてみると

私には
  この書写者は「召」を「台」のように書く
  つまり「沼」を「治」のように書く
というように見えます。

以上

滋賀県野洲市吉地1468
向井 藤司


PS. 『82「鵜葺草葺不合命」の段、上巻最後の一節』では
  (3つ目ではなく)2つ目の「沼」が「ごんべん」のように見えます。
2011/10/02(日) 16:39 | URL | 向井 藤司 #-[ 編集]
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