2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《続・「真説古代史」拾遺篇》(9)



「狗奴国」は何処?(4)
「女王の境界の尽くる所」(2)


(今回から資料③「講演1」を加えます。)

 再度「倭伝」の拘奴国記事を掲載する。

女王国より東、海を度(わた)ること千余里、拘奴国に至る。皆倭種なりといえども、女王に屬せず。

 この「千余里」が「短里なのか長里なのか」を見極めることが問題解決のカギとなった。「短里」と「長里」の変遷史についてはおおよそのことは既に私(たち)の知るところだが、「講演1」で詳しく語られていてそこには私にとって初めての知見もあるので紹介しておきたい。

 中国には長里と短里があった。周代は短里である。周代にできた『四書五経』の史料は、すべて短里である。それを現代中国をはじめ、みんなが、長里で解釈するのは間違いである。そうわたしは言いました。それにたいして秦の始皇帝が陰陽五行の概念を信じて、長里という概念をつくった。今までの里を六倍にした。彼は六という数が非常に神聖であるとあると信じていたようだ。天子を引く馬の数も六頭にする。従う車の数も六の倍数にする。そのように変に縁起をかついだ。そのようなことは、司馬遷の『史記』始皇本記に書かれている。それで里単位も六倍にされた。それまでの周代の一里・七六メートルあまりから、六倍の四三五メートルに拡大された。その拡大された長里を前漢が受け継ぎ、後漢も受け継いだ。これに対して魏・西晋は、周の短里に復帰した。周を受け継いでいるとして復古した。ところが、その西晋が滅んで東晋になると、また長里に復帰した。その東晋以後、南朝劉宋・陳など、すべて長里です。以上が短里と長里の歴史です。

 秦の始皇帝が「六」が好きで短里の六倍の長里となったというくだりが私には初耳だった。なお、76の6倍が435になっている誤りがあるが、講演録なので言い間違いかテープ起こしのときの手違いだろう。「「長里=約450km」と理解しておこう。

 さて、「倭伝」の拘奴国記事が後漢時代の史料にもとづくなら「千余里」は長里である。また范曄は東晋・劉宋の時代に生きた人だから、とうぜん彼も「千余里」を長里として理解していた。

 ところで、「百問百答」8(1)の回答「変遷」の②で古田さんは次のように書いている。


 読者からの注意によって訂正。後漢書倭伝の情報によれば、倭国(糸島・博多湾岸中心)の〝東″にあり。瀬戸内海領域と考えた。(「東、千余里」を「短里」によって理解。)

 これは古田さんの勘違いのようだ。実際には資料②「失われた」では次のように書かれている。

『地図を見よう。「児島半島 - 讃岐」間の海峡中心領域は、まさに博多湾岸を基点として、その方向(東)、その距離(約450キロメートル)に位置するのを見るであろう。それは、「吉備 - 讃岐」を中心とする王権、東なる内海王国であった。』

 つまり「失われた」では既に「千余里」を長里と考えている。しかし、地図上でコンパスを使って調べたが、博多湾から450kmは「吉備 - 讃岐」にならない。古田さんは資料②「失われた」では距離の目測を誤ったと思われる。それに「吉備 - 讃岐」はイワレヒコ(神武)が東侵の際に長逗留し軍備を補強した地である。そのあたりの国が女王国(倭国)と敵対していたとは考えがたい。また、「講演1」には次ようなくだりがある。そこで語られている「先入観」にとらわれていたためかも知れない。

 わたしも狗奴国については、以前からだいぶ苦労して考えていました。それで讃岐というサヌカイトがある古代文明の地も知ったのですが。それらは全てチャラ。すっ飛んでしまった。あるいは河野水軍の地ではないか。これは合田さんが、四国の郷土史家の見解を紹介して、どうでしょうかと尋ねていただいた。これも以前に、本居宣長が河野水軍が拘奴国ではないかと紹介しています。
 またわたしが少年時代を過ごした広島県三次盆地は古来、甲奴(こうぬ)郡と言いましたし、友人がいた甲田市という町もある。これもあやしい。あやしいけれども、これも国の中心になりそうにもないし、鉄器の中心でもない。鉄器の中心は瀬戸内海では圧倒的に四国香川県の詫間が中心である。ですから鉄器を中心に考えれば、詫間が中心になるけれども、そこにはべつに「コウヌ」「コヌ」という名前はありません。ですから分裂していて、考えは星雲状態にあった。しかし今回の場合は整合性がある。後漢代の范曄が、金印とおなじく後漢代の独自史料を使ったと考えますと、范曄が短里を使ったはずはない。長里で表現している。すると瀬戸内海では収まりきれない。東まで、近畿まで来る。銅鐸国になるのではないか。そういう見通しになった。

 私のコンパス測定でも博多湾から450km(直線距離で)は確かに最終結論の
『近畿の一端、大阪府の茨木市・高槻市あたりとなろう。すなわち、当時の「銅鐸圏の中枢部」(東奈良遺跡等)』(「百問百答」8(1)の回答より)
になった。

 ついでながら、倭人伝の
女王国の東、海を渡ること千余里。復た国有り、皆倭種。
の場合は短里であり、関門海峡辺りになる。そこから始まる中国地方や四国地方(瀬戸内海側)の「女王に属する倭種」の国を指していることになる。これは「倭伝」の拘奴国記事が「倭人伝」の複合記事ではないことを示している。そしてさらに、「倭伝」と「倭人伝」の記事が矛盾なく整合していることも分る。

 それでは「女王の境界の尽くる所」で拘奴国と接している「女王に属する」国はどこか。関門海峡以西の「女王に属する」国は次の21カ国だった。

次に斯馬国有り、次に己百支国有り、次に伊邪国有り、次に都支国有り、次に弥奴国有り、次に好古都国有り、次に不呼国有り、次に姐奴国有り、次に対蘇国有り、次に蘇奴国有り、次に呼邑国有り、次に華奴蘇奴国有り、次に鬼国有り、次に為吾国有り、次に鬼奴国有り、次に邪馬国有り、次に躬臣国有り、次に巴利国有り、次に支惟国有り、次に烏奴国有り、次に奴国有り。此れ女王の境界の尽くる所なり。その南に狗奴国あり、……

 「奴国」で終わっている。「奴国」は二度目の登場だが、もちろん一度目のそれとは異なる国である。一度目は、一大国から海を渡り末廬国・伊都国を経て、「東南奴国に到る百里」とある。この「奴国」は明らかに筑紫内の国である。

 上の21カ国のうち「奴」を表記に含む国が7国もある。『「狗奴国」は何処?(1)』で確認したように、この「奴」の音を古田さんは「ヌ」または「ノ」としている。そしてどちらの場合もその音の意義は「野」であると言っている。(②「失われた」)

 「二十一国」中、「奴」のつく国は多い。弥奴国・姐奴国・蘇奴国・華奴蘇奴国・鬼奴国・烏奴国・奴国、つまり、三分の一の国は「奴」字が出現しているのである。しかも、二字あるときは、下の方の字となっている。これも、「野」の意義とすれば、きわめてわかりやすい。人の聚落(しゆうらく)し、集邑(しゅうゆう)を作る地形に適しているからである。このことは、地名比定の場合、二つの点が注意されねばならぬことを示している。


 「―奴国」という形の場合、本来の固有名詞部分は、上の一字であった、という可能性がある。
② 
 「奴国」だけの場合は、いたる所に類縁地名が存在し、一地点特定力が稀薄である。

 さて「倭人伝」では、二番目の「奴国」が「女王の境界の尽くる所」の国であり、その南に狗奴国があると言っている。逆に言うと奴国は狗奴国の北にあることになる。古田さんは資料③「講演1」で「京都府舞鶴近辺」を候補地に挙げている。

 これは仮説というか、試案が入ってきますが。この二回目の「奴國」。これは京都府舞鶴近辺ではないか。籠(この)神社がある。この神社は「ノ」をいれて、かならず「コノ」神社と言う。ですから、先頭の「コ」が、神様の「コ」か、子供の「コ」か知りませんが接頭語を付けた「コノ」ですから、むしろ語幹が「ノ」で、実体を表している。

 それで、この「奴国ノコク」。昔は「奴国ヌコク」と読んでいましたが、最近では奴隷の「奴」は、「ノ」と読んで良いのと言われていますので「奴国ノコク」。

 なぜ舞鶴近辺かと言いますと、とうぜん「国ゆずり」という奪権の後では、出雲は倭国の支配下に入っています。広く考えれば越の国(福井・石川・富山)も出雲と仲が良かったから、そこも支配下に入ったと考えられないこともありません。ですが、それでは新潟県まで女王国の支配下に入って、その南のほうに狗奴国があるということになる。そうであってもかまわないが、それでは、そんな遠くの狗奴国と倭国が戦争していたことになり、もう一つぴんと来ない。また高地性集落が関東・東海あたりに比較してたくさんあるという話も聞かない。そうしますと越の国は、独自の勢力を持って、屈服しなかった。

 それで越の国は、ストレートに倭国・天照大神の支配下に入らなかったと考えてみました。そうしますと、女王国の勢力は、舞鶴止まりである。そうしますと二番目の奴国は、籠(この)神社のある舞鶴となる。

 この考えは仮説を入れた考えですから、ぜったい間違いないというつもりは、ありませんが、一つの見通しとして考えて良いのではないか。

 「奴国」の比定では高地性集落が重要なきめての一つになることが示唆されているが、このことは次回に再論されるだろう。
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