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《真説古代史・近畿王朝草創期編》(204)

「天武紀・持統紀」(119)


「大化改新」の真相(41)
古田説の検討(10):「東国」問題(7)


 これまでの「東国」調べの結果を簡単にまとめると次のようになる。

(1)
 「東国=東の方の国」という使われ方はヤマト王権自前の記事だけである。しかもその「東」とは近畿近辺に限られる。
(2)
 (1)以外は本来の「あづまの国」あるいは相模辺りまで拡大された「あづまの国」を指している。
(3)
 一例だけだが、はっきりと「東方諸國」と表記する例があった。
(4)
 「東国」・「西国」がペアで使われる例が一例あった。しかし「四方の国」を表す使用例ではない。
(5)
 筑紫・大和のいずれを起点としても「南国」・「北国」の使用例はない。

 (3)は「景行紀」の記事であった。次に再掲載する。

二十五年秋七月の庚辰朔壬午(3日)に武内宿禰を遣(つかは)したまひて、北陸(くぬがのみち)及び東方(あづま)の諸國の地形(くにかた)、且(また)百姓の消息(あるかたち)を察(み)しめたまふ。

 二十七年の春二月の辛丑の朔壬子に、武内宿禰、東國より還て奏して言さく、「東(あづま)の夷(ひな)の中に、日高見國(ひたかみのくに)有り。其の國の人、男女並に椎結(かみをわ)け身を交(もどろ)けて、爲人(ひととなり)勇み悼(こは)し。是を總べて蝦夷(えみし)と曰ふ。亦土地(くに)沃壌(こ)えて曠(ひろ)し。撃ちて取りつべし」とまうす。

 このような記事は『古事記』にはない。武内宿禰は「景行・成務・仲哀・神功・応神・仁徳紀」に登場している。あるときは将軍、あるときは外交官、あるときは司祭者、またあるときは歌人、と「七つの顔をもった男・多羅尾伴内」みたいだ。ともかく謎多き人物である。武内宿禰が登場する記事、特に外交関係記事は九州王朝史書からの記事を切り取って「景行紀」から「仁徳紀」間にばらまいたのではないかと思う。つまり、武内宿禰は九州王朝ゆかりの人物ではないか。「もしも」だらけになるが、さらにもしもそうだとすると、「東方諸國」はたった一例しかないが、九州王朝では「東國(あづまのくに)」と「東方諸國」という使い分けがあったのではないだろうか。

 さて、「東国」問題の古田説検討の最終点に到達した。「東国」問題部分の古田さんの文章はとても分かりにくい。というより、そこの論理が私には理解できないのだ。「東国」などが『日本書紀』でどのように使われているか調べれば分かるようになるだろうと思っていたが、やはり分からない。該当部分を再度引用しよう。(「畿内國」定義の読下し文に続いて次の文になる。)

 この「畿内國」を原点として「東国」を指すとすれば、当然「西国」も必要だ。中国や四国や九州である。しかし、それはない。いくら学者が近畿地方より東の、東海、北陸、さらに関東地方の〝重要性″を説いてみても、それらは結局、「西国、指示」の無用性の〝証明″にはなりえないであろう。やはり〝半端″なのである。

 しかも、この「畿内國」定義のすぐあと次の文面がある。

 「凡そ畿内より始めて、四方の国に及(いた)るまでに、」だ。とすれば、ここには、「東国=四方の国」という概念がしめされている。なぜか。その答えは一つ。

 これらの詔勅の〝原文面″における原点は九州である。

 九州を原点とすれば、この「東国」はすなわち「四方の國」となる。何の問題もないのだ。

 私はこれを次のようにまとめたのだった。

①「畿内國」が原点なら「東国」以外にも同類の表現(西・南・北国)が必要だ。
②「畿内より始めて、四方の國」という文言は「東国=四方の国」という概念をしめしている。
 ①・②から、これらの詔勅の原点は九州である、と結論している。

 ①・②から「原点は九州」という結論がどうして得られるのか。これが分からない。次のように解するほかないようだ。

 上の理路を汲み取る決め手はたぶん引用文の第一段落にある。古田さんは「東国国司の発遣」関連の詔勅は全国に向かって出されたものだということを大前提としている。近畿が原点なら「畿内より始めて、四方の國」という用例から「四方の国」と言うはずである。「東国」が「四方の国」と同じ意で使われているはず(大前提)だから、「東国国司の発遣」関連の詔勅の原点は九州ということになる。

 「東国国司の発遣」関連の詔勅は全国に向かって出されたものという大前提が間違いだと私は思う。「東国」が"重要"ということではなく、これらの詔勅が「東国国司」以外には必要がなかったと考えるべきなのだ。(このことはこれらの詔勅の元位置を考えるときにも顧慮されなければならない。)

 私は上にまとめた使用例以外での「東国」の使われ方はあり得ないと思う。原点が九州でも「全ての国」を表す言葉は「四方の国」を用いるはずだ。

645(大化元)年8月25日の「東国国司発遣の詔」の後に次の記事がある。

645(大化元)年9月1日
九月丙寅朔に、使者を諸國に遣わして、兵(つはもの)を治む。〈或本に云はく。六月より九月に至るまでに、使者を四方の國に遣はして、種種(くさぐさ)の兵器(つはもの)を集めしむといふ。

 詔勅の形をとってはいないが、これも九州王朝の史書からの盗用だろう。特に〈或本に云はく〉という分注そのように考えてよいのではないか。そこでは「四方の國」という言葉が使われている。「四方の國」は九州王朝の史書からの盗用であることがはっきりしている「白雉改元の詔」でも使われている。

又、詔して曰はく、「四方の諸の國郡等天(あめ)の委(ゆだ)ね付(さづ)くるに由りての故に、朕(われ)總(ふさ)ね臨みて御寓(あめのしたしら)す。今我が親祖(むつかむろき)の知らす、穴戸國の中に、此の嘉瑞(よきみつ)有り。所以(このゆゑ)に、天下に大赦(おほきにつみゆる)す。元(はじめのとし)を白雉と改む」とのたまふ。

 つまり九州王朝の史書では「四方國」あるいは「四方諸國」という言葉が用いられていた。「四方の国」という意味で「東国」を用いる必然性はない。  最後に、古田説の検討過程で一つの問題として気になったことがあるので書き留めておく。

 「凡そ畿内より……」という文言は646(大化2)年3月22日の詔勅の中に出てくる。これは冒頭があの「薄葬令」で、その後に「旧俗の改廃」(家族・婚姻問題など)の詔が延々と続く。その末尾の文章は次のようになっている。

……縦(も)し斯の詔に遑(たが)へらば、將(まさ)に重き罪科(つみおほ)せむ。
市司(いちのつかさ)・要路(ぬみのみち)の津濟(つわたり)の渡子(わたりもり)の調賦(みつき)を罷(や)めて、田地(たところ)給與(たま)へ。
凡(おほよ)そ畿内(うちつくに)より始めて、四方の國に及(いた)るまでに、農作(なりはひ)の月(つき)に當(あた)りては、早(すみやか)に田營(つく)ることを務(つと)めよ。美物(いを)と酒とを喫(くら)はしむべからず。清廉(いさきよ)き使者(つかひ)を差(さ)して、畿内に告(のたま)へ。其の四方の諸國の國造等にも、善(よ)き使を擇(えら)びて、詔の依(まま)に催し勤めしむべし」とのたまふ。


 「薄葬令」の部分だけ読んで、この詔勅の発布者は九州王朝と断定したのだったが、最後は「凡そ畿内より始めて、四方の國に及るまで」と発布者がヤマト王権であることを示す文言が出てくる。これはどうしたことだろう。

 私は次のように考えてみた。

 〈大系〉の頭注は「薄葬令」以後の「旧俗の改廃」部分を「第二部」と呼び、その全体を「12段」に分けて解説している。それほど雑多な事柄だ詰め込まれている。上の引用部分の冒頭は
「……縦(も)し斯の詔に遑(たが)へらば、將(まさ)に重き罪科(つみおほ)せむ。」
と、ここでこの長い詔が終わるような文言である。「ああ、これで終りだな」と思ったのにまだ続く。しかもその続きの部分は、それまでの「旧俗の改廃」とはまったく内容が異なる。いろいろな詔勅を掻き集めて一つの詔勅にまとめて記録したような体裁である。私は段落を付けて引用しておいたが、〈大系〉の頭注は「第三部」「第四部」と呼んでいる。少なくともこの「第三部」「第四部」は他の詔勅から切り取って付け足したもののようだ。この部分だけ、発布者はヤマト王権である。その内容から判断すると、九州王朝から近畿王朝への権力移行期のものと思われる。
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この記事へのコメント
「いろいろな詔勅を掻き集めて一つの詔勅にまとめて記録した」というのはその通りだと思いますが、九州王朝の詔と近畿天皇家の詔が混合されているとするのはどうでしょうか。薄葬令も含めて「九州王朝から近畿王朝への権力移行期のもの」すなわち九州年号大化期のものであり、近畿天皇家持統or文武の詔勅であったとされる方がすっきりしてはいないでしょうか。検討の程お願いします.
2011/08/03(水) 13:26 | URL | ブログに期待する一市民 #-[ 編集]
【気付き】
最近の事なのか,それは不明ですが……。

ここしばらくの記事に付された一連の[番号]に乱れが見られます。

過去に遡って“点検”し,速やかなる“訂正”を願います。
2011/08/09(火) 13:14 | URL | 隠居 #hvIICHmQ[ 編集]
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