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537 新新宗教批判(4)
天理教の教義
2006年6月28日(水)


 天理教の教祖中山みきが神憑りになったのは天保9年41歳のときであった。 そのときの入眠幻聴は教義書の記載では「我は元の神、実の神である。この 屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降った。みき を神のやしろに貰い受けたい。」というものであった。もちろん、これはとと のえられた表現で、じつさいは土俗宗教に特有な<女性>の降神体験の幻聴の、 しどろもどろな表現であったにちがいない。
中山みきの入眠体験から演繹された宗教的な本質とその段階は、みきが<親神> とした天理神の性格づけと、天地創造神話によってとらえることができる。

 まず第1点目の『天理神の性格づけ』をしている教義は教団では「人間を生か し育てる10の守護」と呼んでいる。教団はその意義を次のように述べている。

「この世は、親神の身体であつて、世界は、その隅々にいたるまで、親神の恵に 充ちています。そして、その恵は、有りとあらゆるものの生命の源であり、すべ ての現象の元なのです。つまり、私たちの命はいうに及ばず、天地自然の間に行 われる法則、人間社会における秩序など、ことごとく、親神の守護によるので す。その守護の理は、これに、神名を配して、説きわけられています。」

 そして親神=天理神(天理王命)の成り立ちを次のように説明している。

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[十全の守護]

くにとこたちのみこと
  北・人間身の内の目うるおい、世界では水の守護の理

をもたりのみこと
  南・人間身の内のぬくみ、世界では火の守護の理

くにさづちのみこと
  南東・人間身の内の女一の道具、皮つなぎ、世界では万つなぎの守護の理

つきよみのみこと
  北西・人間身の内の男一の道具、骨つっぱり、世界では万つっぱりの守護の 理

くもよみのみこと
  東・人間身の内の飲み食い出入り、世界では水気上げ下げの守護の理

かしこねのみこと
  南西・人間身の内の息吹き分け、世界では風の守護の理

たいしょくてんのみこと
  北東・出産の時、親と子の胎縁を切り、出直しの時、息を引きとる世話、世界では 切ること一切の守護の理

をふとのべのみこと   西・出産の時、親の胎内から子を引き出す世話、世界では引き出し一切の守護の 理

いざなぎのみこと
  中南・男雛形―種の理

いざなみのみこと
  中北・女雛形―苗代の理
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 これに対する吉本さんの分析を要約する

 「空間的方位概念―人間の身体性―世界の総和概念」という対応づけをしている 点は「垂加的な神道理念の影響」であるが、その点を除くと、天理神の概念は、 <性神>の概念と<農耕神>の概念とを結びつけたものである。そしてここで 示されている時間性は、農耕社会の起源の時期まで遡行できるもので、この段階 では制度的には国家以前の<国家>、いわば血族の共同性を基盤とする集落国家 しか想定することはできない。

 大和王権(天皇制)の宗教的な教義書として『古事記』を読んで比べると、 古事記には<農耕神>の概念はあるが<性神>信仰の概念は想定することがで きない。つまり時間性としては、中山みきがしめしている天理神の方が時間性と しては古い段階にある。
 従って天理教をはじめ、あらゆる新興宗教(土俗宗教の教義的な本質は大和王 権(天皇制)のもつ宗教的本質と同質であるが、ぎりぎりのところでは根本的に 対立するほかはない。一方は一方を否定することによってしか存立しえない本質 をもっているといえる。

 当然、天理教の天地創造神話は『古事記』に記載された天地創造神話と異って いる。天理教の天地創造神話はつぎのようである。

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 この世の元初まりは、どろ海であった。月日親神は、この混沌たる様を味気 なく思召し、人間を造り、その陽気ぐらしをするのを見て、ともに楽しもうと 思いつかれた。

 そこで、どろ海中を見澄されると、沢山のどぢよの中に、うをとみとが混じっ ている。夫婦の雛型にしようと、先ずこれを引き寄せ、その一すじ心なるを見澄 ました上、最初に産みおろす子数の年限が経ったなら、宿し込みのいんねんある 元のやしきに連れ帰り、神として拝をさせようと約束し、承知をさせて貰い受け られた。

 続いて、乾の方からしやちを、巽の方からかめを呼び寄せ、これ又、承知をさ せて貰い受け、食べてその心味を試し、その性を見定めて、これ等を男一の道具、 及び、骨つっぱりの道具、又、女一の道具、及び、皮つなぎの道具とし、夫々を うをとみとに仕込み、男、女の雛型と定められた。
 いざなぎのみこと いざなみのみこととは、この男雛型・種、女雛型・苗代の 理に授けられた神名であり、月よみのみこと くにさづちのみこととは、夫々、 この道具の理に授けられた神名である。

 更に、東の方からうなぎを、坤の方からかれいを、西の方からくろぐつなを、 艮の方からふぐを、次々と引き寄せ、これにもまた、承知をさせて貰い受け、 食べてその心味を試された。そして夫々、飲み食い出入り、息吹き分け、引き 出し、切る道具と定め、その理に、くもよみのみこと かしこねのみこと、を ふとのべのみこと たいしょく天のみこととの神名を授けられた。

  かくて、雛型と道具が定り、いよいよここに、人間を創造されることとなっ た。 そこで先ず、親神は、どろ海中のどぢよを皆食べて、その心根を味い、こ れを人間のたねとされた。 そして、月様は、いざなぎのみことの体内に、日様 は、いざなみのみことの体内に入り込んで、人間創造の守護を教え、三日三夜の 間に、九億九万九千九百九十九人の子数を、いざなみのみことの胎内に宿し込ま れた。

 それから、いざなみのみことは、その場所に三年三月留り、やがて、七十五日 かかって、子数のすべてを産みおろされた。
 最初に産みおろされたものは、一様に五分であったが、五分五分と成人して、 九十九年経って三寸になった時、皆出直してしまい、父親なるいざなぎのみこと も、身を隠された。
 しかし、一度教えられた守護により、いざなみのみことは、更に元の子数を 宿し込み、十月経って、これを産みおろされたが、このものも、五分から生れ、 九十九年経って三寸五分まで成人して、皆出直した。
 そこで又、三度目の宿し込みをなされたが、このものも、五分から生れ、九十 九年経って四寸まで成人した。その時、母親なるいざなみのみことは、「これま でに成人すれば、いずれ五尺の人間になるであろう」と仰せられ、にっこり笑う て身を隠された。そして、子等も、その後を慕うて残らず出直してしもうた。

 その後、人間は、虫、鳥、畜類などと、八千八度の生れ更りを経て、又もや皆 出直し、最後にめざるが一匹だけ残った。この胎に、男五人女五人の十人ずつの 人間が宿り、五分から生れ、五分五分と成人して八寸になった時、親神の守護に よって、どろ海の中に高低が出来かけ、一尺八寸に成人した時、海山も天地も日 月も、漸く区別 出来るように、かたまりかけてきた。

 そして、人間は、一尺八寸から三尺になるまでは、一胎に男一人女一人の二人 ずつ生れ、三尺に成人した時、ものを言い始め、一胎に一人ずつ生れるようにな った。
 次いで、五尺になった時、海山も天地も世界も皆出来て、人間は陸上の生活を するようになった。
 この間、九億九万年は水中の住居、六千年は知恵の仕込み、三千九百九十九年 は文字の仕込みと仰せられる 。
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 バカバカしくて読んでいられないぜ、と言いたくなるが、信者にとっては 「真理」以外のなにものでもないのだろう。教団はこれを「この世の元初まりの真実 話」と御託宣している。
 記紀の天地創造説には縄文国家から弥生国家への歴史的推移の反映を抽出 できるという史料的意味がある。しかし史料的意味を離れれば、その天地創造 説のバカバカしさは中山みきの天地創造説となんら変わりがない。いや、どの 宗教の天地創造説も私にはバカバカしい。

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