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2006年9月4日 ホームページ『「日の丸・君が代の強制」と闘う人たちと勝手に連帯するレジスタンスの会』からの引越し完了しました。
《真説古代史・近畿王朝草創期編》(146)

「天武紀・持統紀」(61)


筑紫君薩夜麻とは誰か(2)
みどりこの母の歌(1)
『万葉集』196番~198番


 『人麿が「壬申の乱」を詠った?(6):城上の宮』で、「城上の宮」に関する〈大系〉の注について、次のように書いた。

 実は、〈大系〉の注は「明日香皇女、木缻(きのへ)の殯宮の時、柿本朝臣人麿の作る歌」(196~198)の「注を見よ」との指示に従って、そこの注を書き留めたものである。上記引用文中に「明日香皇女の殯宮のあった城上岡の北方約半里の地點に當ってゐる」とあるが、「明日香皇女」の陵墓についての記載は「延喜式」にはない。「明日香皇女の殯宮のあった城上岡」というのは、逆にこの万葉の長歌によって比定されたもののようだ。要するに「高市皇子尊の城上の殯宮」はどことも分からずじまいなのである。

 表示文字は異なるが、196番~198番の題詞に「きのへ」があり、長歌にも「きのへ」が使われている。「みどりこの母の歌」ではこの196番~198番が取り上げられている。

明日香皇女、木缻(きのへ)の殯宮の時、柿本朝臣人麿の作る歌一首幷に短歌

(196)
飛鳥(とぶとり)の 明日香の河の 上つ瀬に 石橋渡し一に云ふ、石並み 下つ瀬に 打橋渡す 石橋に一に云ふ、石並みに 生(お)ひ靡(なび)ける 玉藻もぞ 絶ゆれば生(お)ふる 打橋に 生ひををれる 川藻もぞ 枯るればはゆる 何しかも わご王(おほきみ)の 立たせば 玉藻のもころ 臥(こや)せば 川藻の如し 靡かひし 宜(よろ)しき君が 朝宮を 忘れ給ふや 夕宮を 背(そむ)き給ふや うつそみと 思ひし時 春べは 花折りかざし 秋立てば 黄葉(もみぢば)かざし 敷栲(しきたへ)の袖(そで)たづさはり 鏡なす 見れども飽かず 望月の いやめづらしみ 思ほしし 君と時々 幸(いでま)して 遊び給ひし 御食(みけ)向(むか)ふ 城上(きのへ)の宮を 常宮(とこみや)と 定め給ひて あぢさはふ 目言(めごと)も絶えぬ 然れかも一に云ふ、そこをしも あやに悲しみ ぬえ鳥の 片戀嬬(つま)一に云ふ、しつつ 朝鳥の一に云ふ、朝霧の 通はす君が 夏草の 思ひ萎(しな)えて 夕星(ゆふつつ)の か行きかく行き 大船の たゆたふ見れば 慰むる 情(こころ)もあらぬ そこ故に せむすべ知れや 音のみも 名のみも絶えず 天地(あめつち)の いや遠長く 偲ひ行かむ み名に懸かせる 明日香河 萬代(よろづよ)までに 愛(は)しきやし わご王(おほきみ)の 形見かここを

短 歌 二 首 (197)
明日香川しがらみ渡し塞(せ)かませば流るる水ものどにかあらまし一に云ふ、水のよどにかあらまし
(198)
明日香川明日だに一に云ふ、さへ 見むと思へやも一に云ふ、思へかも わご王(おほきみ)の御名忘れせぬ一に云ふ、御名忘らえぬ

(原文)
飛鳥 明日香乃河之 上瀬 石橋渡一云、石浪 下瀬 打橋渡 石橋一云、石浪 生靡留 玉藻毛叙 絶者生流 打橋 生乎烏礼流 川藻毛叙 干者波由流 何然毛 吾能 立者 玉藻之母許呂 臥者 川藻之如久 靡相之 君之 朝宮乎 忘賜哉 夕宮乎 背賜哉 宇都曽臣跡 念之時 春部者 花折挿頭 秋立者 黄葉挿頭 敷妙之 袖携 鏡成 雖見不猒 三五月之 目頬染 所念之 君与時々 幸而 遊賜之 御食向 木缻之宮乎 常宮跡 定賜 味澤相 目辞毛絶奴 然有鴨一云、所己乎之毛 綾尒憐 宿兄鳥之 片戀嬬一云、為乍 朝鳥一云、朝霧 往來爲君之 夏草乃 念之萎而 夕星之 彼徃此去 大船 猶預不定見者 遺流 情毛不在 其故 爲便知之也 音耳母 名耳毛不絶 天地之 弥遠長久 思將徃 御名尒懸世流 明日香河 及万代 早布屋師 吾王乃 形見河此焉

  短 歌 二 首
明日香川 四我良美渡之 塞者 進留水母 能杼尒賀有万思一云、水乃与杼尒加有
明日香川 明日谷一云、佐倍 將見等 念八方一云、念香毛 吾王 御名忘世奴一云、御名不所忘


 〈大系〉の「大意」は次の通りである。この歌の場合も、苦しまぎれの変な意訳がいくつもある。

(196)
明日香河の上流の瀬には石橋を渡し、下流の瀬には打橋を渡してある。その石橋に伸びなびいている玉藻も、切れれば新しく伸びてくる。打橋に伸び繁っている川藻も、枯れると新しく芽を出してくる。それなのに何故、わが皇女は、お立ちになれば玉藻のように、お臥しになれば川藻のように互になびき合った、立派な背の君の朝宮をお忘れになるのであろうか。夕宮をお背きになるのであろうか。この世の人であった時、春には花を折りかざし、秋になれば黄葉をかざし、袖をつらねて、鏡のように見ても飽きることなく、満月のように、いよいよ見たく讃うべく思っておられた背の君と、時々お出ましになってお遊びになった城上の宮を、今は、永久の宮とお定めになって、お逢いになることも言葉を交されることも絶えてしまった。そのためか、何とも言えず悲しく思って、片恋に苦しむ背の君、朝鳥のようにお通いになる背の君が、悲しみにしおれて、夕星のようにあちらに行きこちらに来して、心も静まらずにおられるのを見ると、自分の心をどう慰めてよいか分らないことだ。それ故、どうするすべも知らないが、せめてその音だけでも名だけでも、絶えず、天地のように遠く長くお偲びして行きたいと思う。なつかしい明日香という御名を負っている明日香河を、万代までも。あわれ、ここは、追慕の念に耐えないわが皇女の形見の所である。

(197)
明日香川にしがらみを渡して水をせきとめたならば、流れる水もゆったりとしていることであろうに。

(198)
せめて明日だけでも(お逢いしたいが)、お逢い出来るだろうとは思えないのに、わが明日香皇女の御名を忘れることができない。
(「一に云ふ」の場合の大意)
明日もまたお逢い出来るだろうと思っているからか、明日香皇女の御名が忘れられない。
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